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エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第14回 [バックナンバー]

ECD、RHYMESTER、PUNPEE、長谷川白紙らを手がけるillicit tsuboiの仕事術(後編)

バランスは取らず、個性を生かす

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RHYMESTERは僕がどれだけ無茶をできるかにかかってる

──RHYMESTERについても聞かせてください。

僕が初期の段階にコンテストに出ていたって話をしましたけど、彼らはそこにGALAXYっていうサークルで出ていて、その頃から知っているんですよ。彼らは完全にヒップホップに振り切っていて、僕はそうじゃない時期があったので付かず離れずって感じだったんですけど、最近また一緒にやるようになって。彼らはもう年齢も価値観も一緒なので、完全に任せてもらってます。僕がどれだけ無茶をできるかにかかってるって言われてます。

──「It's A New Day」(2013年リリースの「ダーティーサイエンス」収録曲)はタイム感がいびつというか、リズムのヨレが激しいドラムですが、これはエンジニア側でエディットしていますか?

もともとそうなっていたので、僕はエディットしていないですね。むしろ、普段はそのリズムのヨレを聴かせるためにボーカルの位置関係をものすごくシビアにエディットで追い込むことが多いです。僕の中ではエディット8割、ミックス2割なので。直すためのエディットではなくて、よく聴かせるためのエディットですね。ボーカルを一字一句切り刻んで、音量もコンプとかリミッターで調整するんじゃなくて、手動で全部やっています。ただ、Mummy-Dはタイム感に命をかけている男なので、この曲はエディットはしてないです。最初からバッチリなので、言うことないです。

──MCが複数人いるときに、それを流れで聴かせるのはけっこう難しいことだと思いますが、どう対処していますか?

エンジニアの血が騒いじゃうのか自然とバランスを取りたがっちゃうので、なるべく個性を生かしつつ、バラバラでよしとできるように心がけています。「ここから先はマスタリングの人にお願いします」みたいな(笑)。最近マスタリングをSterling Sound(※ニューヨークにあるマスタリングスタジオ)とかに頼むことが多くて、むしろ不完全な状態にしておいたほうが伸びしろがあるんですよ。長谷川白紙くんとかはそんな感じでやっていて、「マジックを起こす余地を残すには、8割くらいにしておいたほうがいいよ。それで最後にマスタリングで仕上げてもらうほうがいいから」って言って、「エアにに」(2019年リリース)ができたんですよ。

踊Foot Worksは職人気質

──KEIJU(KANDYTOWN)の「get paid」では声の質感が刻々と変わっていくのを感じたのですが。

おお! よくわかりましたね。あれは情景を変えたかったので、コンプレッサーをUREI 1176の青、黒、銀と3台使って(※UREI 1176は年代によってパネルデザインや音質が違う)、3本のちょっと質感の違うトラックを作って、それをモーフィングするようにミックスしていったんですよね。起承転結だとありきたりなので、それを逆にして“結転承”ときて最後に“起”が来るようなイメージで。誰もわからないだろうなと思ってやっていたから、指摘されてびっくりしました。もとの素材がちょっと物足りないと思ったときに、マテリアルを変えずにドラマ性を持たせる手法の1つですね。

──踊Foot Worksの「GOKOH feat. オカモトレイジ」でも、場面転換のときにギミックを入れてつないだり、ドラムの音色が急にステレオになったりしていますよね。

あれは僕のアイデアも半分ありつつ、最初からメンバーの希望でもあったんですよね。彼らも僕と同じで引き出しがいっぱいあって、それを1つの曲にしていくタイプなんですよね。

──踊Foot Worksは作風のバリエーションが多いから1枚のアルバムにまとめるのが大変だと思うのですが。

僕もそう思っていたんですけど、一貫したポリシーがあるので、わりと質感も最初からまとまっていてやりやすかったです。ヒップホップのボトムとか骨格の作り方に対する憧れがありつつ作風としてはエモい感じで、それを曲ごとにどういうさじ加減で成立させるかを考えていった感じですね。違う手法を使ったりしていても、欲しい音が一貫してあって、彼らはそのバランスが取れているんですよね。もうちょっと破茶滅茶やっても面白いと思うんですけど、職人気質なんですね。

興味を持った人は連絡ください

──CHEHONの「韻波句徒」はレゲエなのに低音がなくてびっくりしました。

実は僕、レゲエもけっこうやっていて、ダブのミックスも日常茶飯事なんですよね。これは大阪のリディムメーカーの人が作っているんですけど、ちょっと変わった音を作っていて、それをそのまま出していますね。昔はヒップホップとレゲエは全然違うリズムだったんですけど、今は接近して来ていて、そんな中で面白いセンスでやっている人ですね。ベースは低音のないシンベみたいな感じで、おもちゃみたいな音ですけど、あれでマスタリングはトム・コイン(※A Tribe Called QuestやDe la Soulの作品や、ディアンジェロ「Voodoo」などを手がけたマスタリングエンジニア)ですからね。おかげさまで、あの曲はいっときアンセムになっていて、どこでもかかっていましたね。

──いろいろなジャンルを手がけていますが、どのジャンルからも依頼されるための秘訣はありますか? また、自分はどこの人かという帰属意識はないんでしょうか?

無茶苦茶やってみて、それを許してくれるアーティストなりレコード会社がいればラッキーって感じでやっていますね。これは全然ダメですねって言われることもあるんですけど、それに恐れをなさないたくましい精神力でやってるという。それも外部じゃなくて、このスタジオでギリギリまでミックスできるからやれている部分なんですけど。もう今日上がってないと出せないっていう締め切りのギリギリまでやってたりしますからね。帰属意識については自分でも定義付けられない感じはありますね。僕のスタンスを面白がってくれる人から、たまに「ソロアルバムを作ってください」って依頼がくることがあるんですよ。ただ、僕が構想を話すと「面白いけど無理でしょうね」って言ってみんな離れていくという(笑)。

──どんな構想なんでしょう?

よくモノマネ番組で歌ってる途中で背後から本人登場ってあるじゃないですか? ああいう感じで、サンプリングなのに途中から本人演奏に差し代わるのをやりたいんですよね。あとは、“エンジニアバトル” みたいな感じで、基本同じマテリアルなんだけど、途中でエンジニアが4人スイッチするというのもやりたくて。ほかにもアイデアはいろいろあるので、もしこの記事を読んで興味を持った人は連絡ください(笑)。

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The Anticipation Illicit Tsuboi

1970年生まれのエンジニア、プロデューサー、DJ、レコードコレクター。ロックおよびヒップホップ系サウンドエンジニア、サウンドクリエイターとして活躍する傍ら、ステージで観客をアジテートしたり、ターンテーブルを破壊したり火を付けたり、度の過ぎたヴァイナル愛によってレア盤を割ってしまったりと強烈なパフォーマンスを行うことでも知られている。長年にわたってアンダーグラウンドからオーバーグラウンド、表方から裏方まで多面的に活躍を続けている。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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illicit tsuboi @modulo2008

先週公開になりましたナタリーでの自分のエンジニア記事、後編公開になりました。https://t.co/2HOqhQGDbR 長年構想しております自身のソロアルバムに関しての考察もありますので興味ある方は是非チェックしてみてくださいませ。

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