アーティストが作り出した楽曲の世界観やイメージをよりわかりやすくリスナーに伝えるために、音楽と映像を統合して表現する短編ムービー。それがミュージックビデオだ。音楽ナタリーではそんなMVの制作をはじめ、音楽系の映像を手がけているクリエイターに焦点を当てる連載をスタートさせた。2回目は、加藤マニのインタビューの後編。加藤は自身が影響を受けたミュージックビデオについてなどを話してくれた。
取材・
変なガラクタの所有率はほかの方より高い気がします
1本の撮影はほぼ1日で終わらせます。2日以上かけることはまずないです。でもそれは「2日以上かけると人件費や場所や機材のコストが増える」ということ以外の理由はないです。かけられるならかけたほうがいいので……でもわたしは「俺の頭の中にある世界を必ず表現したいから、みんな付いてきてくれ」みたいな人間でもないので、大規模な撮影になってしまうと、ただただ「迷惑をかけてすみません、わたしが面倒ごとを思いついてしまったのが悪かったんです」って気持ちになっちゃうんですよね……ディレクターとしての責任上、もちろん付いて来てくださらないと困っちゃうんですが、こうじゃなきゃ絶対ダメ!っていう物事があまり多くはないので、できるだけサクサク進めたいです。
撮影ではいつも時間が足りなかったり、例えばロケ地が地味だったりといった中で、「いかに少しでもよく見せるか」を考えてますが、別に低予算でやることをポリシーにしてるわけじゃなくて、お金の使い方がわからなかっただけなんですよね。貸しスタジオも知らなかったくらいだし。でも最近、思い通りのものを作ろうとしたときに150万円ぐらいはすぐなくなっちゃうんだなって気付いて、小学生みたいですけど「お金がいっぱいあったらいいな」って思うようになりました。昔観たシャ乱Qか誰かのMVで、ヘリコプターに乗ってるメンバーを、もう1台のヘリコプターから撮ってるシーンがあって、それを観て「すごーい、2機!」って思ったんですよ。今だったら飛ばさないでしょう。2機は。どうでもいいこと、って言っちゃいけないですけど、そこまで重要ではない要素にまでたっぷりお金を使えるのって、作る人の立場からしたら最高ですよね。最近は少しでも予算があれば、カメラマンに入ってもらいたいです。普段は自分で回しているのですが、カメラマンが入るともう天国ですね。昔は指示をうまく伝えられなくて結局「うーん!(カメラ)貸してみ?」ってことになってしまってたんですけど、最近はわたしも多少は指示を出せるようになってきました。
カメラもレンズも1個ずつしか持っていないので、機材については何も言えないです。「いろいろ使ってきたからこうなんです」って言えるほどいろいろ使っているわけではないんですね。レンズが1本しかないのは、この仕事をしている人にしては異常なことって気はしますけどね。撮影中にレンズをカチャカチャ付け替えるより、ほかのことに時間を使いたいのかもしれないです。その代わりじゃないけど、スモークマシンとかスノーマシンとか、LEDのカーテンみたいなやつとか、そういうプチ特機みたいなのは個人で所有してるんです。変なガラクタの所有率はほかのディレクターより高い気がしますね。スモークは、焚くと光の線がはっきり見えてステキ度が上がるから、常に車に積んでおいて現場で「とりあえず足しちゃおうか」みたいに使ってます。スモークマシンって本体は1万2000円くらいだし、液も安くて、1日撮影で焚きまくったとしても3000円くらいなんですよ。あと、ノートPCのモニタを白くして照明代わりにしたり、モニタに花火の映像を流して顔をカラフルに照らしたりとかもしてます。もともと貧乏なんで、そういう“生活の知恵”レベルのことはがんばってました。
※LEDカーテンライトやスモークマシンなどを使用した、ステレオガール「GIMME A RADIO」のMV。
怒られるのだけは本当にすっごくイヤ
自分のMVディレクターとしての特徴は“なんかちょうどいい”な気がしますね。「予算が20万円だったわりには50万円くらいに見える」とか、「50万円で作ったにしては100万円ぐらいかけましたか? に見える」とか。予算が足りなかったり小道具や光の量が少なかったりしても、“そのわりにはちょっとだけよく見えるもの”を作れる人でありたいとは思います。制作期間についても、「1週間後に公開したいんだけど」って言われたら「そうしたら1週間後に公開できる用の企画でやりましょう」って答えてるんですよ。例えば頭からラストまで1カットで撮るから編集が必要ないとか。そういう提案をすると向こうも納得してくれるから、お互い「ワーイワーイ」ってなって、あんまり揉めることはないです。
作品を作るうえで心がけていることは“アーティストが嫌われないものにしたい”ってことですね。怒られたくないんで。この場合はファンからですね。でもわたし本当に怒られ慣れてないから、たまーに怒られるとびっくりしちゃって、しばらく落ち込んじゃいます。わりとパロディ的な表現もやってますけど、怒られるのだけは本当にすっごくイヤなので、いつもそれなりに気を使って作ってます。
撮影中で怒号が飛び交う、みたいなのもイヤで。わたしの現場でもそれなりに過酷なことはやってるとは思うんですけど、ほかの方の現場に潜り込んでみたら、スタッフやエキストラが人間扱いされてないみたいなのもしばしば見かけて、そういうふうにはしたくないんです。例えば「これからエキストラの皆さんがライブハウスでライブを観ながら踊るシーンなので、もっとテンション上げてー!」っていう状況で、後ろから怒号が聞こえてきたらテンション上がらないでしょう。あと、せっかく踊ってくれてるのに「ちょっと違うんだよなー、隣の人と位置を変えて」なんて言っちゃったら、その人めっちゃイヤな気持ちになるじゃないですか。「いい感じなので、隣の人も同じくらい映れるように、位置だけ入れ替えてもいいですか?」みたいに、誰も傷付かない感じで進めたいです。怒られ慣れてない分、人への怒り方もわかんないんですけどね。あんまり怒りの感情が出てこないです。申し訳なさのほうが強い。
最近やっと「映画を作りたいな」って思えてきました
このペースで何年もMVを作り続けてきて、最近まずまずの生活ができるような状態になってきましたけど、しばしばギャラを削って撮影予算に突っ込んじゃうのを本数でカバーしようとしてるから、やっぱりくたびれますよね。文化祭は楽しいですけど、毎日毎日毎日毎日何年も何年も何年も文化祭をし続ける……というのはなかなか大変です。今年33歳になるんですけど、40歳までにはなんか違うことをしていなきゃ無理だと思います。例えば、これが既製品をどんどん作り続けるような仕事だったら作業をシステム化できるだろうけど、今やっている仕事は結局、全部特注なんですよね。
で、最近やっと「映画を作りたいな」って思えてきました。これは恥ずかしがらずに口に出していこうと思ってます。3、4分のMVでヒーヒー言ってるので根性が続くかどうかわかりませんが、変に背伸びせずに、MV業界で働くADさんの悲喜こもごも、みたいな映画を撮るのがいいんじゃないかなと思ってます。挿入歌よりも短いスパンで、ストーリーにあってたり真逆だったりのMVをワンコーラスずつくらい、メイキングと行ったり来たりしながら入れていきつつストーリーが展開していく。そういう映画だったら得意種目の領域にひっぱり込めそうな気がしますね。
加藤マニが影響を受けたMV
Foster The People「Houdini」(2012年)
開始10秒で、演奏しているバンドの上に照明のトラスがドーンって落ちてきてメンバー全員死んじゃうんです。それでレコード会社が「明日ライブなのにどうすんだ!」って困った末に、メンバーの死体をサイボーグに改造して、黒子にその死体を操らせるんです。そしたらダンスもできるようになって、こっちのほうがすげえじゃん! ライブも大成功! イエイ! でもラストでギョッとしつつションボリする、という内容です。ビックリ始まりで、お話も面白いし、画もキレイだし、これはもう最高ですね。半端ねえです。
Coldplay「The Scientist」(2002年)
クリス・マーティン(Vo)が歌いながら街の中を歩いている映像を逆再生で録ったMVです。映像が進むにつれてMVの中の時間は過去に戻っていきつつ、終盤にクリスが森の中に入っていって車の運転席に乗ったあたりで、なかなかに衝撃的な事実を知ることになります。こういう短い文章で説明できて「なんか面白そう」って思えるものがいいMVって感じがしますね。
バックナンバー
- 加藤マニ
-
1985年東京都青梅市生まれ。2008年に早稲田大学川口芸術学校を卒業し、大手編集プロダクションに入社するが即時撤退。Webサイト制作会社に勤務しながら映像制作を続ける。2011年に過労で救急搬送されたことをきっかけに会社を退社し、2012年に独立。ミュージックビデオ監督として名が知られるようになり、2014年に冨田ラボ「この世は不思議 feat. 原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆう」、2015年にキュウソネコカミ「ビビった」で「SPACE SHOWER TV MUSIC VIDEO AWARD」のBEST VIDEOを2年連続で受賞する。2016年秋にマニフィルムス株式会社を設立した。
関連記事
タグ
リンク
- manifilms
※記事公開から5年以上経過しているため、セキュリティ考慮の上、リンクをオフにしています。
高菜🍡オフィシャル @takana774
怒られたくない加藤マニ | 映像で音楽を奏でる人々 第2回 https://t.co/NV644LYuqc