映画評論家の
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は8月30日より全国でロードショー。
町山智浩「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」レビュー
「昔、むかし、ハリウッドで……」
タイトルで明らかなように、タランティーノの新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、おとぎ話だ。
歴史的事実をベースに、タランティーノが自由奔放に想像の翼を広げている。「イングロリアス・バスターズ」と「ジャンゴ 繋がれざる者」がそうだったように。だけど、その2作よりもずっと明るく楽しくポップでカラフルな、60年代ワンダーランドだ。
舞台は1969年のロサンジェルス。カウンター・カルチャーの最盛期。サイケデリックなファッションのヒッピーがマリファナやLSDでトリップし、ミニスカートに白いブーツの美女がゴーゴー・ダンスを踊る、陽気で華やかでラブ&ピースな時代。
そこに時代遅れの男が2人。
リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)はかつてTV西部劇のスターだった。だが、主演した劇場用映画は当たらず、番組も終わって、今は他のドラマに悪役としてゲスト出演して食いつないでいる。このままじゃ、サンセット・ストリップを登った丘の上に買った家のローンも払えない。
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マーヴィン・シュワーツ(実在のプロデューサー。演じるはアル・パシーノ)に誘われたリックは落ち目の自分が悔しくて泣いてしまう。リックはめっちゃくちゃメンタル弱くて、ちょっと心が揺れるとすぐメソメソする。
そんな泣き虫男の肩を優しく抱いてくれるのは、ずっと彼のスタント・ダブルを務めてきたタフガイ、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)。ブラピはサービスで上半身裸になって、今年56歳とは思えない肉体美を披露する。ブラピとデカプーはこれが初共演だが、2人の相思相愛ぶりが見ていて楽しい。
そのリックの家の隣に新婚カップルが引っ越してくる。ポーランド出身でハリウッドに渡り、ホラー映画「ローズマリーの赤ちゃん」を大ヒットさせたばかりの映画監督ロマン・ポランスキーと、ハリウッド映画「哀愁の花びら」に主演した新進女優シャロン・テイト(マーゴット・ロビー)。彼女はピュアでキュートでチャーミング。ラブ&ピースの時代を象徴する妖精のよう。
この3人の3日間を描くのが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」。タランティーノは「『アメリカン・グラフィティ』(1973年)みたいな映画だよ」と言っている。「アメリカン・グラフィティ」はジョージ・ルーカス監督が高校を卒業した1962年の夏、カリフォルニアの田舎町の一夜を描く。若者たちはそれぞれの車に乗って、街をクルーズ(周回)する。カーラジオから当時最新のロックンロールを鳴らしながら。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」でも、カーラジオやレコード・プレイヤーから、1969年当時のさまざまな歌が流れ続ける。
タランティーノ映画はいつも選曲が抜群だが、今回はかっちり60年代縛り。「白人版JB」と呼ばれたロイ・ヘッドの「トリート・ハー・ライト」でファンキーに始まり、ポール・リヴィア&レイダース、ディープ・パープルにストーンズ、ニール・ダイアモンド、ヴァニラ・ファッジ……フォークからサイケまで何でもアリの60年代ヒット・パレードでこれまた楽しい。
音楽だけじゃない。デカいアメ車、テレビ番組、CM、街角の映画ポスター、ファッション……60年代のロサンジェルスに育ったタランティーノは、子供の頃に好きだったものを片っ端から、この映画に詰め込んでいる。これはフェリーニの「アマルコルド」(1973年)やウディ・アレンの「ラジオ・デイズ」(1987年)、アルフォンソ・キュアロンの「ROMA / ローマ」(2018年)と並ぶ、映画作家の原風景映画なのだ。
さらに、ハリウッドの内幕ものでもある。リックとクリフのコンビは、TV西部劇「拳銃無宿」(1958~1961年)に主演したスティーヴ・マックイーンと彼のスタント・ダブルだったバド・エイキンズの友情がヒントになっているそうだ。エイキンズは「大脱走」(1963年)でマックイーンの代わりに、スイス国境のバリケードをバイクで飛び越える名スタントを演じたことで有名。で、「ワンス・アポン・ア・タイム」では、「大脱走」のマックイーンの役はリックが演じていたかもしれない、という話も出てきて、映画マニアとしてはゾクゾクする。
シャロン・テイトは「サイレンサー破壊部隊」というスパイ映画に出演するために、あのブルース・リーの武術指導を受ける。そのブルース・リーとクリフが対決する! 「ファイト・クラブ」(1999年)でリーの仕草を真剣にコピーしていたブラピが!
そんな、ワクワク楽しい日々に暗い影が忍び寄る。クリフはハリウッドの北にある牧場を訪れる。そこではヒッピーの少女たちが共同生活をしている。彼らはチャールズ・マンソンという教祖を信奉する「ファミリー」というカルト集団で、史実では、1969年8月9日、シャロン・テイトの家に押し入って、妊娠8カ月の彼女を惨殺したのだ。この事件はラブ&ピースの時代を、華やかなカリフォルニア・ドリームを終わらせてしまった。
その事実を知っていると、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」はたまらなく美しく儚く、ハッピーでせつない。タランティーノがかけた映画の魔法が、歴史まで変えてくれればいいのに。
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町山智浩 @TomoMachi
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