映画業界のセクハラ・性加害対策はこの10年で“前進”したのか?深田晃司×森崎めぐみと考える
ワインスタイン事件、「#MeToo運動」の広がり、インティマシーコーディネーターの導入…ハラスメント意識はどう変化したか
2025年12月23日 20:30 3
「起きてほしくない」バックラッシュへの危惧、大切なのは過程に目を向けること
──パワーバランスのある関係性でNOと言う難しさがあるからこそ、インティマシーコーディネーターが必要なんですね。映画業界のハラスメント対策がさらに前進し、苦しむ方が1人でも減ることを期待したいです。
深田 ここで、あえて男性の立場でこのインタビューを受けた中で触れておきたいのは、今後当然起きてくる、というよりも今もうすでに世界的に起きているバックラッシュの問題です。もちろん性加害は男性も女性も等しく受ける可能性があり、女性が加害者になることもあるということは大前提にありますが、やはりその被害者は圧倒的に女性が多いわけです。その中で女性が男性を相手に性加害を告発すると、まるで男性全体の尊厳が傷付けられたかのような被害者意識を抱いてしまう男性がいます。あるいは抑圧されてきた女性たちが声を上げ相応な権利を回復していく中で、自分たちの権利が侵害されていると感じてしまう。でもそれは、これまで下駄を履いて生きてきた男性たちが、その下駄を脱がないといけなくなってきたということだと私は思っています。目の前の不利益や変化に過剰な被害者意識を持ってしまうのはどこかで仕方がないことなのかもしれませんが、でも一度立ち止まって、なぜその変化が求められたのかを考えるべきだと思います。
映画業界は、現在においても男性社会なわけですよね。女性のプロデューサーも増えてきましたが、しかし本当に決定権を持つ映画会社の幹部や出資会社のジェンダー構成を見ればやはり圧倒的に男性が多い。そのコミュニティの中で女性だけが声を上げてもなかなか制度は変わらない。権力構造においても優位にあり、マジョリティである男性が変わらないと、映画業界は永遠に変わらないんです。だからバックラッシュは起きてほしくない。
──セクハラ問題は世代間でも考え方に差があるとは思うのですが、若い方とお話しをする際にバックラッシュを感じることはありますか?
森崎 若い方は「ハラスメントはあってはならない」という意識がある方が圧倒的に多いです。バックラッシュ以前に「当たり前でしょう」という感じで、ハラスメントにあったときに、現場を去る(仕事を辞める)のも潔いです。
深田 自分は、ここ2年ほど忙しくてお休みしているんですが、もともと映画美学校のアクターズ・コース(俳優の育成講座)で「俳優の権利と危機管理」という授業を担当していました。森崎さんには今も講師を務めていただいているんですが、その授業ではハラスメントについても伝えていて、そうするとハラスメント問題が増えたんです。どういうことかというと、学校を修了して外で実作に携わるようになった人から「これってハラスメントじゃないでしょうか?」と相談が来るようになった。つまりそれまでハラスメントと認識できていなかったことが、学びを経て認識できるようになったということ。今はある意味、過渡期だと思っていて、そういったハラスメント教育が一切なかった上の世代と、変わりつつある下の世代が同じ現場で働いているわけですよね。だから理想を言うと今がハラスメント問題のピークで、このあとどんどん減っていくといいなとは思っています。
森崎 最近はその「俳優の権利と危機管理」の授業を受けたくて入学してくださる学生もいます。皆さんリテラシーがどんどん高くなっています。
深田 学生に授業をしている立場から若い世代のバックラッシュ問題でいうと、表現におけるポリティカル・コレクトネスに対して過剰だと反発を覚える人は一定数いるように感じます。そこに対して問題意識を持つこと自体はいいことだと思いますが、一方で意識してほしいのは「なぜそもそも、その選択や考え方が必要とされたか」ということ。さかのぼれば、有色人種の俳優がキャスティングされにくい時代があったり、そもそも物語に取り上げられなかったりした歴史があるわけです。日本人だって欧米では差別の対象でしたし、歴史を見ずに結果だけを見て不自由や面白くなさを感じたときに、エンタメを享受していた自分たちの権利が侵害されたと受け取ってしまう。女性の権利にしてもそうですし、アジア人を含めた有色人種の権利の向上にしても、ある日に突然、降って湧いたわけじゃなくて、長い歴史の中で声を上げてきた人たちがいたからこそ、少しずつ前進して、今私たちはそれを享受しているわけです。過程に対して目を向けるためにも、教育は大事だと思います。
映画を語るうえで欠かせないお金の事情
──映画業界のセクハラや性加害問題に関して、映画ナタリーを含めメディア側に求めることはありますか?
森崎 ご自身のハラスメント被害を告白した人の足を引っ張らないでいただきたいです。興味本位の報道をされると、たたかれてしまうケースがありますから……。あとは「仕事上のハラスメントは労災」という認識がまだまだ浸透してないので、広めていただけたらうれしいです。映画の撮影現場は物理的にも精神的にも人と人の距離が近いことから、ハラスメントが起きやすい環境です。メディアの方にも持続可能な方法で向き合っていただきたいです。
──お二人が今後、特に取り組んでいきたいことを教えてください。
森崎 教育面に力を入れていきたいです。映画業界で働くフリーランスの方々が使えるようになった法制度についてだけでなく、誰もが気持ちよく働くためにハラスメントを防止するための対策やハラスメントの被害者を助ける方法、加害をしたことで仕事をできなくなった人が社会復帰できる方法、相談窓口の使い方など、あらゆるノウハウを学んでいただきたいです。
深田 監督としては(セクハラ問題を解決する)正攻法があるとは思っていません。森崎さんと同じく教育を大事にしたいと考えています。何度も言いますが「自分は大丈夫」と思っているときが一番危ない。自他ともに変わっていくためにも、繰り返し教育の機会を作っていく必要があると思います。
森崎 2023年度から2年間、文化庁からハラスメント防止対策への支援があって、初めて研修をする方に喜ばれていたのですが、今年度は廃止されてしまいましたね。
──ハラスメント対策には資金の工面も必要ですよね。深田さんはご著書「日本映画の『働き方改革』: 現場からの問題提起」(平凡社新書)で、映画業界の労働問題は「そのほとんどがお金で解決できる」と書かれていました。
深田 例えばフランスには国立映画映像センター(CNC)、韓国には韓国映画振興委員会(KOFIC)があって、労働環境の改善のためにすごくお金を使っています。財源の1つとして、フランスには映画入場料の10.72%を徴収し映画支援に運用する「チケット税」があります。そもそも映画の制作予算に余裕があれば撮影日数が伸びて1日の労働時間は短くなりますし、環境改善につながっていきます。
国内の映画支援全体を統括する互助的な公的団体がない日本の映画業界は、どうしても文化庁や経産省、省庁の予算方針の影響を大きく受けてしまいます。映画業界の中でお金を循環させる仕組みを作っていかなければなりません(※)。そうすれば、映画業界内の必要性に寄り添う形で、ハラスメント講習だけでなく、例えば子供を持つスタッフや俳優のためのベビーシッター制度なども整えることができ、より働きやすい環境になるかもしれない。もっとみんなが気軽にメンタルケアの相談を受けられるような体制ができあがるかもしれません。
※編集部注:深田は、映画業界全体の適正化及び国際競争力向上のための活動等を所管する統括機関の設立を求める団体「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」の理事に名を連ねている
「避けては通れない」──終わりのない問題に向き合い続ける理由
──たくさんお話を聞かせていただき、ありがとうございました。お二人が努力をされて、映画業界のハラスメント撲滅に向けて活動されていることがわかりました。終わりがない問題ではある中、お二人がこのような活動を続けるモチベーションはどんなところにあるのでしょうか。
森崎 私は主に社会保障の面でフリーランスの芸能従事者の法的保護や、取引の適正化などに向けて行政の門をたたきましたが、快く理解を示してくれました。スピーディーに改善が進んでいると思います。そもそもこの活動を始めたきっかけは、自分が気持ちよく芝居をしたいと思ったことでした。現場の誰もが元気で事故もけがもなく過ごし、観る方に喜んでいただけるよう、よい作品にすることに集中して楽しく映画を作りたい! どの現場でもそう思えるようになることが、ゴールかなと思っています。
深田 最近は趣味が社会運動なんて言っていますけど(笑)。先ほどお話しした通り、映画業界に入りたての自分はハラスメントを当たり前に受け入れて、しょぼーんとしていた1人です。その後自主映画を撮り始めるわけですが、低予算な映画作りの中でサバイブしてきてしまった自分は大きな十字架を背負ったと思っています。自分だけでなく、2000年代にビデオカメラを片手に映画を作り始めた多くの監督が、劣悪な労働環境の中で映画を作ってきてしまったという十字架を背負っていると思うんです。
正直に言うと、結局自分は運がよかったんだと思います。40代半ばになった今もなんとか映画を作れているのは、努力と才能だけじゃない。もしかしたら、ハラスメント耐性が強かったのかもしれない。男性だからセクハラに遭いづらかったのかもしれない。東京出身だから東京で働きやすかったのかもしれない。いろんな偶然が積み重なって自分は映画業界に残っている。逆に言えば、このような努力や才能とは関係のない壁にぶち当たって映画作りをあきらめた人がたくさんいるんですよね。そういった人を1人でも減らしていくというのは、たまたま映画業界にサバイブできてしまった人間がやるべきことだと思う。これから映画業界で働く若い人たちが同じ苦労に遭わないように環境を整えるのは、避けては通れない仕事の1つだと思っています。
深田晃司(フカダコウジ)プロフィール
1980年生まれ、東京都出身。映画美学校卒業後、平田オリザ主宰の劇団・青年団に所属した。2016年に「淵に立つ」で第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査委員賞を受賞。主な監督作に「よこがお」「本気のしるし」「LOVE LIFE」などがある。2020年に濱口竜介とともに「ミニシアター・エイド基金」を立ち上げた。「日本芸能従事者協会」「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」「表現の現場調査団」のメンバーとしても活動中。1月23日には新作映画「
森崎めぐみ(モリサキメグミ)プロフィール
東京都出身。俳優として1993年に映画「人間交差点~不良~」主演デビュー、キネマ旬報「がんばれ日本映画!スクリーンを彩る若手女優たち」に選出。主な出演作に映画「893タクシー」「CHARON」「そして父になる」など。ディズニー映画「ファインディング・ニモ」の日本語吹替版にも参加した。2021年に全国芸能従事者労災保険センター、2025年にフリーランス安心ネット労災保険を設立し、母体法人の一般社団法人日本芸能従事者協会の代表理事を務める。森崎がこれまでに集めたアンケートは、現場のハラスメントや過酷な労働環境、口頭契約の実態を示す重要なデータとして、数々の法整備をめぐる議論の後押しをしてきた。文化庁文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議委員も務めた。2026年1月6日にはイベント「知って活かす!(5) フリーランス法【ハラスメント等編】オンライン勉強会」が開催。質疑応答パートのファシリテーターで森崎、コメンテーターで
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