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映画業界のセクハラ・性加害対策はこの10年で“前進”したのか?深田晃司×森崎めぐみと考える

ワインスタイン事件、「#MeToo運動」の広がり、インティマシーコーディネーターの導入…ハラスメント意識はどう変化したか

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なぜ日本で#MeToo運動は盛り上がりづらかったのか

──ニューヨークタイムズでの告発に対して、日本の映画業界はどのように反応していたかも聞かせてください。

深田 自分の周囲のことについてしか語れませんが、僕は独立映画鍋で労働環境にまつわる勉強会もやっていた立場です。だから比較的、問題意識の高い人が周りにいたとは思うんですが、それでも欧米や韓国ほどは#MeToo運動が盛り上がっているとは感じられなかった。

──なぜ日本では盛り上がらなかったと考えますか?

森崎 同じような問題があるとはわかりつつ、対岸の火事というか、多くの人が日本では同じことはできないと思っていたと思います。私はハリウッドから来た#MeToo運動の主催者から運動のハウツーを教わりました。その掟の1つに「1人で声を上げてはいけない」というものがあって、1人だと攻撃されやすいからだと教わりました。だから“MeToo(私も)”と連携して、みんなで一緒にやるといいと。これは日本でも同じことが言えると思います。そのときに「タッチハラスメント」という考え方を教わりました。例えばダンサーの振付師やリフトの相手役が演技で身体に触らざるを得ないときがあっても、事前にどこまでがOKかを伝えるルールまで考えられていました。ほかにも必然性のないヌードシーンを制御するヌード条項(nudity clause)の実施強化まで検討していると聞き、アメリカは何周先まで行ってるんだろうと驚きました。

少しでもいいところを取り入れていこうと発案したのが、日本芸能従事者協会で出した「さわってほしくないチェックリスト」です。タッチハラスメントの対策がすでに進み始めていた2018年の欧米では、事前打ち合わせや衣装合わせの段階で「このパーツには触ってほしくない、見せたくない」と話し合えるという状態になっていました。日本に導入したいと思っていましたが、直接話すのは難しいと思うので、紙で共有できる形にしました。2019年はILO(国際労働機関)が設立100周年を記念して、ハラスメント、いじめ、差別を撲滅するための世界条約(仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約)を採択する流れにありました。日本国内でもようやくパワハラを防止する義務を制定する機運が高まっていたのですが、フリーランスと就活生は“会社に雇用された労働者ではない”という理由で、適用外のままでした。今ここで声を上げなかったら、私たちだけハラスメントから守られない状況が続いてしまうと危機感に迫られて、立法に必要なデータを作るために、業界のタブーを破る覚悟でアンケートを始めました。芸能・メディア界で働くフリーランスのハラスメント・アンケートを実施することで、長年苦しんできた多くの芸能従事者の実態を明らかにしたかったんです。

「さわってほしくないチェックリスト」記載例

「さわってほしくないチェックリスト」記載例 [高画質で見る]

深田 日本の映像業界では、同じ事務所の俳優同士だとしても、会って話をする機会がまったくないという人も多いんです。そもそも横でつながらず分断されていることも、#MeToo運動が大きく盛り上がらなかった理由かなと思いました。労働組合が弱く、さらに個よりも全体の調和を重んじる風土の中で、声を上げづらい空気感がある。

また、事務所と俳優の関係も複雑なので、そういった意味でもメンタルケア相談窓口が立ち上がったのはとてもいいことだと思いました。俳優の理想や利益が、事務所の利益と必ずしも一致するわけではありません。所属する俳優がある現場でハラスメントを受けていたとしても、事務所からすると監督やプロデューサー、映画会社との間に波風を立てることや組織全体の不利益になることを恐れて、結局俳優側に我慢を強いることになるような話は実際に耳にしています。俳優はいったん組織の論理から離れて、個人として相談できる場所が必要なんです。

森崎 海外はもっと俳優同士が連携しやすい空気があります。例えばアメリカでは俳優組合の交渉力が強く、契約書も組合の規定に則って作られます。だから契約違反があればすみやかに団体交渉ができます。

深田 1946年から1948年頃にかけて東宝で大規模な労働争議が起こったことがありました。あの頃は俳優も含めみんな社員だったので、連帯しやすかったということはあると思います。ただその後に時代が変わり映画スタッフや監督、俳優のほとんどがフリーランスになっていった。時代に合わせてフリーランスなりの連帯の仕方を構築していかないといけなかったはずが、後手後手になってしまった。

アンケートの効果と地道な積み重ね…セクハラ問題の転換点

──それでは、この10年でセクハラ問題の転換点となったと思う出来事はありますか?

森崎 きっかけは特別労災保険だったと思います。労災保険はハラスメントが原因の精神疾患も補償されます。私は仕事上のハラスメントは労働災害だと理解しています。労災保険の加入者を雇う側は安全対策のためにハラスメントを防止する役目を強く意識することになります。この感覚はまだ浸透していないかもしれませんが、詰まるところ政府がハラスメント防止を進める理由は病気になる人を減らすためだと思います。こういう根拠をもってハラスメントの防止措置を行えるようになったことは、とても重要な出来事だったと思います。

──森崎さんは政府の審議会に呼ばれたり検討委員を委嘱されて実態をお話ししていますし、保険適用にまつわる改正の際に大きな協力をしました。改正時の大きなポイントとして、森崎さんたちが実施された芸能従事者の方々のアンケート回答がありますよね。

森崎 最初にハラスメント調査を始めるにあたって、実態を浮き彫りにするためにあらゆる工夫をしました。身元がわからないようにセキュリティを確保したら、これまでにない回答が集まりました。匿名で回答できることが重要です。

──ご著書によると、アンケートの質問は起承転結を意識して回答しやすいようにしたと。例えば、最初は属性などの一般的な質問、中盤では同業者ならではの悩み、意外性を持たせた質問を入れて、最後は仲間的な連帯感を感じさせつつ自己主張を促すようにしたとか。物語性があるんですね。

森崎 クリエイティブな人が回答するにふさわしい、気持ちの流れが途絶えない全体像を心がけました。脚本を読んだり書いたりするプロが、不信感を抱かない内容にするべきだと思ったので。

──こうして集まった回答が、制度改正を促す根拠になったわけですよね。“労働者”という枠で認められていなかったフリーランスの芸能従事者の方々が労災保険に入れるようになったことで、やっと一般企業の人たちと同じように声を上げやすくなったと。当たり前の主張もしやすくなりましたよね。

森崎 はい。社会保障の保護枠に含まれる立場になったことで、ハラスメント対策を含めた健全な労働環境であることが当然と思われるようになった。会社員とフリーランスは残念ながら同じ扱いではありません。しかし適用された政府の労災保険に加入する人には、会社員と同じ安全対策をすることが必要ですから、制作サイドも対策をしないといけないという意識が芽生えるでしょうし、責任感も強まると思います。芸能従事者は労働者に準じて保護するべき業種と認められたのですから。

深田 そういった意味では本当に転換点ですね。

森崎 海外でもハラスメント対策と社会保障の適用は、社会的地位の積み上げにつながると言われています。

──深田さんは、この10年でセクハラ問題の転換点となった出来事はなんだと思いますか?

深田 何か1つの出来事が意識を大きく変えたというより、積み重ねだと思います。欧米や韓国ほどではないにしろ、#MeToo運動が日本にまったく影響を与えなかったわけではなく、森崎さんの一連の活動もそうですし、2020年頃からは日本でもセクハラに限らず、ハラスメントに対して勇気を持って“声を上げる”事例も起きています。一方で、コロナ禍というのも大きく影響していると思っています。映画業界は、コロナで大きな打撃を受けました。経済的にも精神的にも多くの映画関係者が仕事ややりがいを失い、またミニシアターが窮地に追い込まれていく中で、近年の映画業界ではあり得なかったほど、社会運動が立ち上がった。「ミニシアター・エイド基金」や「SAVE the CINEMA」、俳優たちが動いた「Mini Theater Park」もそうですが、連帯したり社会に対して声を上げることが特別なことではなくなったタイミングだと思うんです。そういった社会の変化もまた、ハラスメントに対して声を上げていくことの後押しになったのではないかと思います。

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森崎 確かにコロナ禍によって、声を上げる仕組みが醸成されたと思います。誰にとっても影響があったので、コロナに関するアンケートは千単位の回答が集まりました。ハラスメントのアンケートを先に取り始めましたが、コロナ禍によって、さらに「アンケートなら声を上げられる」と思う人が増えてきたと思います。

──森崎さんが数々の法整備を求めてアンケート調査などを始められた2019年頃と比べると、近年ではセクハラについて声を上げる人が増えてきたということでしょうか。

森崎 そうですね。一番言いづらいのがセクハラだと思いますが、例えばアンケートの自由記述に「なんとかしてください」というSOSのような声も書かれるようになりました。同じ作品名や同じ名前が浮かび上がってくることもありますから、皆さん事実を打ち明けてくださっているのだと思います。

深田 ただやっぱり性加害に関しては、どうしても体験を発信することの困難さがあります。ある種の抑圧として、そもそも性被害を恥と思ってしまう、思わせてしまうような、性的なことを言いづらい風潮がありますよね。また自戒を込めて本当に監督の目は節穴だと思うんですけど、基本的に監督は周囲から気を遣われますし、問題が起きてもなるべく監督の耳には届かないようにする。ましてや自ら「解決してほしい」と直談判できる被害者はほとんどいません。だから自分はその可能性に気付いたらこちらからノックをして「問題起きてませんか?」と聞いたりもするんですが、被害を受けた方の中には「もう思い出したくない」「逆恨みされたら嫌だ」「そっとしておいてほしい」という方もいます。性加害を告発することは、第三者が安全圏から想像するよりも、何重にもハードルが高いだろうと感じます。

森崎 先ほど話したように、重要なのは「1人で声を上げるのは危険だ」ということです。自分の被害を告発するということは相手(行為者)がいますよね。相手は自分が何をやったか知っているはずです。自分の立場を守るために必死に攻撃してくるかもしれない。メディアに釈明することもありえます。そうなれば被害者はさらにダメージを負います。それは1人では引き受けられないかもしれません。そもそも性加害は密室で起こることが多いことから、証明しにくい点にも難しさがあります。だから私たちのような団体を頼って一緒に活動してくれたらと思います。

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映画業界のセクハラ問題は、撲滅に向け前進しているか

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