
福原冠、ニューヨークの稽古場を巡る Vol. 5 [バックナンバー]
福原冠と三橋俊平が描く「稽古場から生まれる、パフォーマーと観客の新たな関係」
クラスを通じてシェアしたい、舞台の新たな楽しみ方
2025年4月8日 17:30 5
2024年11月から12月にかけて、ニューヨークに滞在し、“稽古場のリサーチ”を行った
なお4月18・19日には神奈川・STスポットにて、福原冠・三橋俊平 ニューヨーク滞在報告会「WORD of MOUTH ー口コミの冒険、その記録ー」を開催。ニューヨークで劇場、スタジオ、学校などを巡った記録を展示とトークで振り返る。
取材・
“経験や知識を共有する場”を求めてニューヨークへ
──お二人が稽古場やワークショップに注目するようになったのは、何かきっかけがあったのですか?
福原冠 俳優として活動していると、何か決まっている本番が先々にあって、そこに向けての準備や稽古が繰り返されるのですが、あるときその予定しているものが何もない瞬間があって、「自分って何なんだろう。本当に今、俳優なのかな?」と不安になったことがあったんです。どうしたら自分が保てるかを考えて、「本番がなくても稽古をしてみよう」と思い、“稽古をする会”を始めたのが発端です。当初は友達の俳優に声をかけて「読んだことがない戯曲を読んでみよう」と2人で稽古をやってみたのですが、井上ひさしさんやシェイクスピアの戯曲は登場人物が多いから2人では限界があって(笑)。で、もうちょっと輪を広げてみたくなり、三橋俊平さんに声をかけたところ、稽古に来てくれるようになったんです。しかも、割と頻繁に(笑)。僕は演劇も好きだけれどダンスや音楽、美術にも興味がある俳優で、俊平さんも興味の幅が広いダンサー。以前から気が合いそうだと思っていました。そのうち「ちょっと身体を使ったワークをシェアしてくれない?」という話になって、“稽古をする会”がただ戯曲を読むだけじゃなくなっていったんです。
その後、その“稽古をする会”に「
──福原さんは、“何もない時間の不安から稽古を始めた”とおっしゃいましたが、ダンサーの場合は、本番の有無に関わらず日々、トレーニングをされている方が多いのかなと感じます。
三橋俊平 そうですね。
──そんな三橋さんが、“稽古をする会”に参加したり、ニューヨークに行こうと思ったのはなぜですか?
三橋 僕は、ダンサーではありますがダンスの見方ってわかりづらいなと常々思っていて、劇場で上演されるダンスをどう観たら面白がれるのかがわかったら、お客さんはもっとダンスを楽しんでくれるんじゃないかなとずっと考えていました。しかもダンスって、観るより踊るほうが絶対に楽しいと思うので、ワークショップを通じて楽しみ方を感じてもらうやり方もあるなと思っていたんです。そんなときに彼のアイデアを聞いて、「さまざまな人種が集まるニューヨークだったら、そういったワークショプもあるんじゃないか」と興味が湧き、だったら行ってみよう!と。また個人的にも、僕はコンタクトインプロビゼーションなどをきっかけにダンスに入っていったので、その源流であるニューヨークのジャドソンチャーチなどに行ってみるのは面白いんじゃないかという思いがありました。
──ちなみに三橋さんは福原さんにどんな印象を持っていたのですか?
三橋 巻き込む力が本当にすごいと思っています。僕自身は、自分1人で作品を作ることも多く、周囲を巻き込むのが苦手な部分があったりするのですが、彼はそこまで先のことを考えずに人を巻き込んでいく力がある。でも巻き込んでもらえたら僕にも協力できることがあったりもするので。そんな彼のコミュニケーション能力の高さはすごいなと思っています。
福原 (照れながら)いや、僕にもっと能力があったら1人で完結していると思うんですよ。でも僕のエネルギーやパワー、発想、行動力、センスだとある程度のところまでしかいかないんです。なので自分1人ではなくみんなの色が入るとより最強になるっていうか……。
──でも最初に手を挙げる人って大事ですよね。
三橋 すごい大事です! しかも、自分がやりたいことだけじゃなく自分がいる環境に対して“今後こういうことがあったらいいんじゃないか”と考えて手を挙げることができる人は、あまりいないと思います。
感動したクラス、反面教師になったクラス…参加したからこそわかること
──福原さんの記述によると、2カ月間で約70コマのクラスに参加されたそうですが、渡米前に想定していたことと、実際に行ってみてからギャップを感じたことはありますか?
三橋 想像以上だったという意味で、ギャップを感じたものはありますね。アートのジャンルの中でもクロスがあり、アートシーンと生活にもクロスがあって。街中のグラフィティでさえ生活に根付いているし、そういうグラフィティがブランドとコラボしたりということがある。何かと何かが“混じり合う”ポイントの多さは、想像以上でした。
──クラスにはお二人一緒に参加していたのですか? それぞれ参加したものもありますか?
福原 一緒のクラスに参加したりもしましたし、別々のものもありました。最初のうちはやっぱり情報が足りなかったので一緒のクラスを受けて、その場で「こんな目的で来てるんだ」と自己紹介すると、「俳優だったらこれがオススメ。ダンサーならこれがいいよ」と同じクラスの参加者に教えてもらって、徐々に自分でピンときたクラスにそれぞれ行くようになったり。
三橋 僕たちの間でも、その日の終わりに「今日はここに行ったよ」って報告し合ったりね。
福原 そうそう、「あ、それは俺も興味があるから来週受けてみようかな」とか。
──それぞれ印象的だったクラスを教えていただけますか?
福原 強烈だったクラスの1位は、やっぱり「サークルシング」かな?(笑) ガイア・ミュージック・コレクティブという団体なんですけど、インプロビゼーションでコーラスを作っていくという団体で。ファシリテーター的な人がいて、でもほぼ何も説明がないまま、本当にその場で集まった人たちと歌うんです。最初は「ンー♪」という感じのハミングで始まり、そこから90分くらいノンストップでずーっと歌い続ける(笑)。でもただインプロビゼーションで歌うだけじゃなくて、次第にメロディに乗って身体が揺れ始めると「じゃあそのままちょっと空間を歩いてみよう」と言われたり、人によっては「歌いながらちょっと演劇的な交流をしてみよう」と言われたり。単に音楽とか声楽みたいなレベルじゃなく、いろいろなパフォーミングアーツの要素が混ざり合いながら、インプロビゼーションで音楽を作るんです。本当に心の底から感動して、もう1回このクラスを集中的に受けに、ニューヨークに行きたいくらいです。
三橋 「サークルシング」もすごく良かったのですが、僕がけっこう印象に残っているのは「ストーリーテリング・フォー・ダンサーズ」っていう2日間の集中クラスですね。僕は演劇にも興味がある人間なので、どんなクラスなんだろうと思って受けてみたところ、別にダンスでストーリーテリングするためのコツを教えてくれるわけじゃなくて、レペティションとか演劇のトレーニングを実直にやりました。そこで感じたのは、どうしてもコツみたいなものに頼りがちだけれど、ちゃんと基本を踏むことの大切さ。
福原 ちなみにそのクラスは2人で一緒に受けたんですが、ファシリテートしてる人が現役のダンサーだったんです。フィジカルシアター的なこともやってきた人で、だから説得力がすごかった。
三橋 しかもマイズナーをやり始めたのはここ数年だと言っていて。
福原 それは本当にニューヨークのすごいところで、ダンサーでも俳優でも「これが勉強したい!」と思ったら近くに学べる場所がある。アクセスポイントが同じテーブルの上に全部あるという感覚がうらやましいですね。
──新しいクラスの開拓は、口コミを頼りにすることが多かったのでしょうか?
福原・三橋 そうですね。
福原 もちろんインターネットでも調べましたが、決定打となるのはけっこう口コミでした(笑)。
──ではネガティブな意味で印象に残っているものは?
福原 “初心者大歓迎”と書かれていながらめちゃくちゃ難しくて、参加者の半分くらいがついていけない、モダンダンスのクラスがありました。だから「自分がやるときは絶対に“置いていかない”クラスをやろうという学びがありましたね。ただ、別の角度から考えると、この経験を数カ月重ねていくと、ちょっとずつついていけるようになるのかもしれませんけど……。
三橋 僕がびっくりしたのは、あるクラスで参加者が僕ともう1人だけだったんですよ。そうしたら講師の先生が「今日は人が少ないな。チケットは払い戻すから、今日はキャンセルで」ってクラスがなくなってしまったことがあって。
──え!
三橋 人が少ないことに対して講師の先生は明らかに不機嫌そうな感じだったんですけど(笑)、びっくりした反面、教える側も客商売ではありつつちゃんとプライドを持ってクラスをやっているんだなと感じて、ティーチャーとしての思いや大変さもあるのかもしれないと感じました。
教える人、集う人たちの顔ぶれ
──講師や受講者には、どんな人が多いと感じましたか?
福原 講師は現役のパフォーマーで講師“も”やっているという人と、教えることに特化している人に二分化されるかなと思います。
三橋 受講者は、普通におじいちゃんやおばあちゃんもいましたが、Instagramのフォロワーが15万人もいるようなプロのダンサーが、サバティカルでニューヨークに来ている間、クラスを受けに来ているという姿も見かけました。同じクラスを受けたわけではないのですが、同じ空間にそういう人たちがいてクラスを受けていることに驚きがありました。
──どういう空間でクラスは行われているのですか? いわゆるカルチャースクールみたいなところなのか、稽古場みたいなところなのか……。
三橋 クラスのためのスタジオですね。僕はギブニーというところにメインで行っていたのですが、そこは本当にクラスをやるためのリハーサルスタジオで、スタジオの貸出もやってはいますが、何十個ものクラスが毎日行われている感じで。
福原 ギブニーはヨーロッパでいうダンスセンターみたいなところで、大小含めてスタジオが20個くらいあり、日夜いろいろなクラスが行われていました。ちなみに一般貸し出しの場合は、ダンスだけじゃなく殺陣やマーシャルアーツ(武芸)をやっている人たちもいましたね。ギブニーはそのように本当にすごいシステムができているのですが、それ以外は日本にもあるダンススタジオのようなところもありましたし、僕が経験した演劇のクラスは、演劇学校がやっているスタジオで行われていました。そこでは1日単発で参加できるクラスもあれば、年間で通っている人しか受けられないものもあり、オープンなものもあればクローズドなものもあって、さまざまでしたね。演劇の参加者は、もうキャリアを始めている人という人もいたのですが、圧倒的に多かったのはアクターになりたくてニューヨークにアクティングを学びに来ました、という人たち。また、仕事をしながら表現に関わってみたくて参加している人もいて、そういう人たちが1クラスに数人いることが僕はすごいなと思いました。プロを目指している人とそうではない人たちが場を共有して、即興的に表現に携わり、その場限りの交流が生まれていることに感動したんです。
目指すのは、“シェア”の場
──ニューヨークでの経験を経て、これからどんな展望を持っていますか?
福原 ここまでは“稽古会”をやってきましたが、今後は具体的に場所を持つというほうへ動いていきたいと思っています。が、資金も場所もこれから考えていく段階ですね。個人的には今、「演劇の手前」っていうワークショップを始めているのですが、そういった1つひとつのワークショップの具体的なプログラムの概要を、外に向かって展開してきたいし、さらに展開を広げていきたいなと思っています。なので、僕たちの活動に興味を持ってくださる方、大歓迎です!(笑)
それと、ニューヨークに行って刺激を受けたことの1つに、キュレーションの大切さがあります。「自分のところにはこんなスペースがありますが何かやりませんか?」ではなく、「自分のところではこういう切り口でやっています」という目線が、どんな小さなギャラリーやクラスにもあるということを痛感したんです。なので自分の仲間や若い人たちと一緒に、僕がキュレーションする形でショーケースをやっていきたいと思っています。キュレーションする企画のタイトルはもう決めているんです。「都市の伝説」!(笑)
一同 あははは!
三橋 僕は舞台表現のハードルを下げる、ということをやりたいと思っています。作り手としては、創作途中のものを見せたくないという思いはあったりもするのですが、その一方で気軽なアウトプットの場が欲しい部分もあって。観る側も観せる側も、気持ちのハードルを低くして観られる場所が持てたら、最初にお話ししたようなダンスの楽しみ方をもっとシェアできたりするのかなと思っているので、そういう場を作りたいと思っています。
福原 少し前までは、パフォーマンスをすることが自ずと俳優の存在意義だと思っていたから、パフォーマンス以外のことに関わることに抵抗がありました。でも舞台上で「お客さんとつながりたい」と言いながら、舞台じゃない場所でクールぶるのってなんか変な気がして。僕たちが稽古場で何を面白がり、舞台上でどういう思考回路で行動しているかということがもっと共有されると、観客もアブストラクトな表現を楽しんでくれるんじゃないかと思うし、もっとダイレクトにお客さんとつながっていくことは、温かみがあって楽しいことなんじゃないかと思い始めて。たとえばラグビーのワールドカップは本当に丁寧に解説してくれるから、おそらくそれまでラグビーに1ミリも興味なかったようなおじさんたちも「今のはタッチダウンだろう!」って専門用語交えて熱弁していたりしますよね(笑)。そういうことが舞台でも起きるといいなと思っているんです。
三橋 ニューヨークに滞在しているときには、谷桃子バレエ団のドキュメンタリーYouTubeをよく観ていたよね(笑)。
福原 そうそう、ニューヨークで勉強されている日本人の方が「谷桃子バレエ団の動画を見ていると、ルッツとかポワントとか、専門用語がわかってくるよ」と教えてくれたんです(笑)。そうやってわかってくると確かに観るのが面白くなるし、じゃないと“わかりやすくてすぐに刺激があるもの”に負けるような気がするんですよね。
──作り手と観客の垣根が低くなり距離が近くなることで、パフォーマンスの新たな楽しみ方が生まれるかもしれません。
福原 ニューヨークのクラスではよく、communityという単語が会話の中に出てきました。コミュニティって言葉は僕たちも当たり前のように使うけれど、彼らが話しているコミュニティとはちょっと概念が違うようで、彼らが言うコミュニティって、どうやら“分け、与え、育み、育て、守る”具体的な場のことであり、つながりのことのようだと感じました。そう考えると、コミュニティを育むってことはつまり文化を育てること。みんなが文化を育てるコミュニティの一員だという意識を持って手を取り合えたらいいな、クロスするような形でつながっていきたいなと思っています。
プロフィール
福原冠(フクハラカン)
神奈川県出身。範宙遊泳所属。2015年からインタビューによって作品を立ち上げるユニット・さんぴんを始動。劇団以外でも古典劇から現代劇まで幅広く出演。近年はダンス公演にも出演している。近年の出演作に山本卓卓演出「バナナの花は食べられる」「心の声など聞こえるか」、福原充則演出「ジャズ大名」、三浦直之演出「BGM」「オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)」、永井愛演出「探り合う人たち」、杉原邦生演出「グリークス」、森新太郎演出「HAMLET -ハムレット-」、中村蓉演出「花の名前」など。
三橋俊平(ミツハシシュンペイ)
東京都出身。ソロプロジェクト・大人少年を主宰。ソロ作品を創作するほか、さまざまな振付家の作品にダンサー、演出アシスタントとして参加している。近年の主な作品に大人少年「わたしたちは還る土すらもたない」、踊る『熊谷拓明』カンパニー YohaS「RAIN or SHINE」、THEATRE MOMENTS「Le Petit Prince-わたしと小さな王子さま-」「#マクベス」、ARU.「聞こえない波」など。
無題の稽古会(ムダイノケイコカイ)
俳優の福原冠、寺内淳志によって立ち上げられた、多様な出自や年齢の、多彩な興味関心を持つ俳優やダンサーたちが集う“本番のない稽古場”。
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昨年のニューヨーク滞在での経験を、ステージナタリーでたっぷりインタビューしていただきました!
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4月18日(金)・19日(土)にはSTスポットで報告会「WORD of MOUTH ー口コミの冒険、その記録ー」を開催いたします。
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