辻本知彦

あのダンスの生みの親 Vol.1

ダンスの可能性を拡張し続ける辻本知彦

踊り手の心をも解放させる振付家

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みんなで一緒に踊れるダンス、観ているだけで圧倒されるダンス、人目を盗み1人でまねして舞ってみたくなるダンス……今やダンスは舞台に限らず日常にあふれている。このコラムでは、気になるダンスや振りを手がけたコレオグラファーたちを紹介していく。

第1回で紹介するのは、ダンサー・振付家の辻本知彦。現在フジテレビで放送中のテレビドラマ「パリピ孔明」のすべての振付を担当している辻本の足跡を振り返る。

米津玄師から「聖なる獣」と称されたダンサー

1977年、大阪府生まれの辻本知彦。彼のダンス人生は1995年、18歳のときにスタートした。ダンサーとして決して早いとは言えないスタートだがすぐに頭角を現し、2004年に金森穣率いるNoism04に所属、2007年にはシルク・ドゥ・ソレイユで初の日本人男性ダンサーとして起用された。そんな異才の持ち主である辻本を、多くの仕事でタッグを組む米津玄師は「聖なる獣」とラジオで紹介したこともある。全国的なブームとなった「パプリカ」の振付が象徴するように、辻本の振りはキャッチーでわかりやすく、それでいて“何度でも見返したくなる”世界観を持っている。今や多数のMV、CM、テレビ番組、映画、舞台などに携わる辻本は、多くのクリエイターやアーティストの厚い信頼を得て、さらに活動の場を広げている。

「INFINITY DANCING TRANSFORMATION」より、辻本知彦(中央)。(提供:ルネッサンスクラシックス/DAF、撮影:新井秀幸)

「INFINITY DANCING TRANSFORMATION」より、辻本知彦(中央)。(提供:ルネッサンスクラシックス/DAF、撮影:新井秀幸)

ダンサーから世界的なアーティストへ

辻本の活動の幅広さは、彼の“ダンスルーツ”も大きく影響している。ストリートダンスに惹かれて18歳でダンスを始めた辻本は、バレエ、アクロバット、ジャズダンス、舞踏、コンテンポラリーとジャンルを問わずに“踊り”を体得していった。さらにシルク・ドゥ・ソレイユでは27カ国485公演を経験し、唯一無二のキャリアを積み上げる。

一方、振付家としては2008年にブロードウェイミュージカル「RENT」日本公演の振付を担当。現在もさまざまな顔合わせで上演されている「RENT」だが、2008年の上演版は当時勢いがある若手として注目されていた森山未來、K.Ryohei、米倉利紀らが出演しており、話題を呼んだ。

その後、辻本と森山は2010年にパフォーマンスユニット・きゅうかくうしおを結成。きゅうかくうしおはダンス作品を生み出すだけでなく、ダンスの可能性そのものを探ることを目指している団体で、自分たちで開墾した山林に舞台を建てて泥まみれで踊ったり(「地鎮パフォーマンス」)、言葉から踊りを作り上げたり(「素晴らしい偶然をちらして」ほか)と、ダンスの在り方や集団としての創作方法を研究している。

振付家として、さらに影響力を拡大

2014年までシルク・ドゥ・ソレイユの新作「マイケル・ジャクソン ザ・イモータル ワールドツアー」に参加していた辻本は、その後、日本を拠点に振付家としての仕事を拡大させていく。その1つ、土屋太鳳に振り付けたSia「Alive」日本版MV(2016年)では、狂気を帯びた表情を見せる土屋が、自身のすべてを解放させるような動きを披露し、振付家としての辻本の名が知られる大きな契機となった。また当時はダンス未経験だった米津が初めて踊る姿を見せた「LOSER」MV(2017年)では、米津の脱力した雰囲気や歌唱中に生まれた自然な動きが、長い脚が絡まりそうな不規則なステップとして表現され、注目を集めた。その後も多数のMVやライブで米津と辻本がタッグを組んでいることは、よく知られているところだ。

辻本の著書「生きてりゃ踊るだろ」によれば、2017年は世界を股にかけて活躍するダンサー・菅原小春と、森山を通じて出会った年でもある。翌2018年、米津プロデュースのキッズユニット・Foorinの「パプリカ」に辻本と菅原は共同で振りを付け、日本中を巻き込む大ブームを起こした。「パプリカ」のサビの終盤で、無邪気にはしゃぐ子供たちの様子はダンスの楽しさ、豊かさを強く印象付けた。その後も辻本と菅原は、MISIAデビュー25周年記念アリーナツアー「MISIA THE GREAT HOPE」に帯同したり、清川あさみの個展「ADASTRIA 美女採集」開催記念に東京・表参道ヒルズでパフォーマンスを披露したりと、幾度もセッションを重ねている。

また辻本の振付仕事を語るうえで、NHK紅白歌合戦での活躍も欠かせない。2016年の第67回では郷ひろみ「言えないよ」で踊る土屋に、第68回では平井堅「ノンフィクション」に出演した義足のダンサー・大前光市に、第69回では米津の「Lemon」で踊った菅原にそれぞれ振付を提供。第73回では、MISIA「希望のうた」で辻本の振付のもと、辻本、菅原を筆頭にダンサーらが踊った。歌の“バック”にある存在としてではなく、歌と共演するものとして、辻本はダンスの存在を高めていった。さらに2021年には、NHK大河ドラマ「青天を衝け」オープニング映像のダンスを担当。吉沢亮演じる渋沢栄一が光に手を伸ばしたり、彼の周囲を江戸の群衆が囲んで活発に舞い踊ったりと、渋沢が幕末から明治の激動の時代を駆け抜けた様子が走馬灯のように体現され、作品の世界観を伝えた。

このほか近年の活動には、米津の「Flamingo」「馬と鹿」「感電」「カムパネルラ」「POP SONG」、MISIA「Higher Love」、RADWIMPS「カタルシスト」、MAN WITH A MISSION「2045」、STU48「風を待つ」「無謀な夢は覚めることがない」、yama「世界は美しいはずなんだ」などのMV、総勢760人の高校生が魂のダンスを見せたポカリスエットのCM、深田恭子、多部未華子、永野芽郁が「淋しい熱帯魚」に乗せて踊ったUQモバイルのCM、吉岡里帆が劇場でミュージカル風に舞い踊るエリクシール ルフレCMなどがある。

ダンサーとしても活動域を広げ続ける

振付家として次々と話題作を生み出す辻本だが、近年はダンサーとしての活動も新たなフェーズに突入している。「東京2020オリンピック競技大会」の開会式では、主要ダンサーの1人として出演。棟梁役の真矢ミキを筆頭に、ダンサーや俳優扮する大工職人たちが群舞やパーカッションを届けるコーナーで、ソロダンスを披露した辻本は、技術の高さを見せるのではなく、人々のエネルギーを伝えるかのような力強く全身に力を込めた動きや、宇宙に向けて祈りを捧げるようなポーズで未来へのメッセージを届けた。また昨年には舞台「千と千尋の神隠しSpirited Away」初演で菅原とWキャストでカオナシ役を担っている。個性的なパペットや衣裳で表現される神様や生き物などのキャラクターに比べて、お面と黒い衣裳というシンプルな装いのカオナシは、中の人の“動き”そのものが肝心だ。辻本が作り出したカオナシは、人間離れした、くねくね、ぬるぬるとした動きで注目を惹きつけるだけでなく、フッと現れては消えたように見える緩急のある佇まいで色濃く役を表現した。

テレビドラマ「パリピ孔明」では振付を担当

テレビドラマ「パリピ孔明」より、辻本知彦の振付で踊る関口メンディー扮する前園ケイジ(中央)。(c)フジテレビ

テレビドラマ「パリピ孔明」より、辻本知彦の振付で踊る関口メンディー扮する前園ケイジ(中央)。(c)フジテレビ

そんな辻本の最近の印象的な仕事といえば、フジテレビ系水10ドラマ「パリピ孔明」の振付だ。同名マンガを原作にしたこのドラマでは、中国三国時代の天才軍師・諸葛孔明が現代の東京・渋谷に転生し、プロの歌手を目指すアマチュアシンガー・月見英子を音楽業界で成功に導く“音楽青春コメディ”が展開する。森山や菅原、森崎ウィンといった舞台ファンの心をくすぐる顔合わせもポイントだが、実写版では、本格的なライブシーンも見どころの1つ。

テレビドラマ「パリピ孔明」より、辻本知彦の振付で踊る菅原小春扮するミア西表(中央)。(c)フジテレビ

テレビドラマ「パリピ孔明」より、辻本知彦の振付で踊る菅原小春扮するミア西表(中央)。(c)フジテレビ

ライブシーンの楽曲は本ドラマのために書き下ろされたものも多く、上白石萌歌演じる英子の曲には幾田りら、菅原演じるミア西表には作詞のMEZZと作曲のDr.Pay、関口メンディー演じる前園ケイジにはPURPLE NIGHT、八木莉可子演じる久遠七海が所属するアイドルユニットAZALEAにはCMJK、といったように、それぞれのイメージに合わせて異なるクリエイターが楽曲を提供している。そしてそれら多彩な楽曲の振付を、辻本が一手に引き受けているのだ。辻本は原作のイメージを重んじつつ、実写キャストが作るキャラクター像に合わせたパフォーマンスを構成している。9月27日から毎週水曜22:00に放送されている水10ドラマ「パリピ孔明」では、10月25日オンエアの第5話で英子の新たなライバルが登場。ライブシーンにもぜひ注目しながら、物語の行方を追っていこう。

テレビドラマ「パリピ孔明」より、八木莉可子ら扮するAZALEAが辻本知彦の振付で踊るシーン。(c)フジテレビ

テレビドラマ「パリピ孔明」より、八木莉可子ら扮するAZALEAが辻本知彦の振付で踊るシーン。(c)フジテレビ

プロフィール

1977年、大阪府生まれ。来年1月、笠井叡が振付・演出・構成を手がけるポスト舞踏派 ダンス公演「魔笛」に、森山、菅原小春、島地保武、大植真太郎、笠井と共に出演。「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」のオフィシャルテーマソングであるコブクロ「この地球の続きを」の振付を担当した。

※辻本知彦の「辻」は一点しんにょうが正式表記。

※初出時、画像キャプションに誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

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