パンチライン・オブ・ザ・イヤー

パンチライン・オブ・ザ・イヤー2023 (前編) [バックナンバー]

Bad Bitch 美学、Elle Teresa、¥ellow Bucks、舐達麻、PUNPEE……2023年のラップはどうだった?

言葉という観点からシーンを振り返る日本語ラップ座談会

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2023年を語るうえでビーフは避けて通れない

──ボースティングは全開であればあるほど気持ちいいですよね。

二木 それで言うとIsaacさんが選んだ¥ellow Bucksは、自己賛美のやり方が粋ですよね。ライブやMVを観ると、その立ち振る舞いや表情に人を食ったような色気があって。

Isaac とはいえ¥ellow Bucksはものすごく勢いがあった一昨年に逮捕されちゃったじゃないですか。僕が選んだ「Money in the bag」の「楽しさと意義をかき分けて / アートとビジネスを成り立たせる」というラインは、その意味でもすごくリアルだなと思いました。「Money in the bag」にはほかにも「オレもお前らも変わりはない / 売ってるものが違うだけ / 全てのHustlerに幸あれBe alright」というラインがあったり。僕、この曲をライブで聴いたんです。

¥ellow Bucks「Money in the bag」

※動画は現在非公開です。

渡辺 CLUB CITTA'でやった「¥ellow Bucks『Higher Remix Release Live』」?

Isaac そうです。マジですごかったっす。社会的地位の低い人たちが自己表現をアートに高めて成り上がっていく様をまざまざと見せつけられたというか。このラインを選んだのもライブを観たのがきっかけです。アートとビジネスは切っても切れないし、同時にエンタメとして楽しくもあり、社会的な意義もある。

──それらを同時に満たすのはものすごく難しいことですよね。でも¥ellow Bucksはそれを体現した。

Isaac ホントそうです。僕もGOLDNRUSHというポッドキャストをやってるんですが、わりと中身のない軽い話のほうがバズりやすいんですよ。そういう面白い話も好きだけど、僕としては意味のあることを伝えたい。とはいえ、特にYouTubeショートなんかは数字の取り合いゲームみたいなとこもあって。すっごいジレンマがあったから、¥ellow Bucksのラインはマジで食らったっすね。

二木 Isaacさんのポッドキャストには志保さんも出演されたんですよね?

Isaac はい。志保さんの回はフルバージョンの本編がすごく再生されてます。カルチャーが好きな人が観に来てくれた感じ。そういう意味では自分がやりたいことを両立できました。志保さんには感謝しかないです。

渡辺志保 今の日本のHip-Hop業界が危うい理由とは!? GOLDNRUSH PODCAST Ep.62

二木 僕はまだ聴けてないんですけど、「今の日本のHip-Hop業界が危うい理由とは!?」というタイトルでしたね。舐達麻とYZERRを中心としたビーフについても話したんですか?

Isaac あ、ビーフについては特に話してないですね。僕は基本的に中立です。でも2023年の日本のヒップホップシーンについて語るうえでビーフは避けて通れないと思ったので、¥ellow Bucks「Higher REMIX」で客演したYZERRの「気の合う仲間と耕す会社 / 10億じゃ売らねえいくらで売却?」と、舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」でのBADSAIKUSHの「俺たちとこいつらがどうグルで / 色眼鏡ゴーグルで / 膨らまされた風船 / 次の空気入れがもう来るぜ」を両方選びました。

¥ellow Bucks「Higher Remix(feat. YZERR, Tiji Jojo, eyden, Bonbero, SEEDA)」

舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」

──間違いないです。舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」のBADSAIKUSHのラインは二木さんもノミネートされていました。

二木 自分はBADSAIKUSHの「お前の曲はパクリで / 俺のはレクイエム」を選びました。これは曲の最初の1小節です。BAD HOPの複数の楽曲がアメリカの特定のラップミュージックを模倣しているのではないか、という一部の日本のラップファンのあいだでは知られている言説があります。その真偽の検証はここではおきます。何よりも重要なのは、この1小節がラップの力のすごさを実感させてくれたことです。昨年の複数のラッパーたちが入り乱れた騒動後、SNS上でいろんな憶測や情報が飛び交う中で沈黙を貫いていたBADSAIKUSHがこの1小節で、きな臭く、バイオレンスも見え隠れする不穏なムードを吹き飛ばして、状況をヒップホップゲームに引き戻す口火を切ってくれた。このラインを選んだのはそれに尽きますね。「レクイエム」はキリスト教由来の言葉で、端的に言えば、死者の安息を願うことや、またそのための聖歌を意味します。舐達麻は、彼らの仲間で若くして亡くなってしまった1.0.4.(トシ)について歌い続けています。そうした、死んだ仲間を想う自分たちの楽曲やそのスタイルを隠喩で表現していると思われます。

渡辺 あ、そういう意味か。私は「お前はもう死んでいる」的な意味でレクイエムだと思っていました。「俺らが殺しに来たぜ」的な。

二木 確かに。その視点はなかった。深読みすれば、ダブルミーニングの可能性はありますね。つまり、ビーフ相手の安息も願うぐらい俺らは懐が深いと。

──「FLOATIN'」もそうですけど、舐達麻はよく聴くとほとんどの曲で歳下の1.0.4.が死んでしまったことへの後悔と、生き残ってしまった自分たちの葛藤を歌っているんです。

舐達麻「FLOATIN'」

Isaac こういう話ができただけでも、YZERRとBADSAIKUSHさんのラインを勇気出してノミネートした甲斐がありました。¥ellow Bucksの話にも通じるものがあるし。

渡辺 こんなに完成度の高いディス曲って、今まであんまりなかったと思う。

二木 この曲のリリックにはいろんな仕掛けがちりばめられているので、語り始めるとキリがないのですが、何よりも、ディス曲でありながら、ヒップホップという芸術で勝負する、という舐達麻の声明になっているのが素晴らしい。ネットスラング風に言えば、こういう僕の意見を、特にストリートの人たちは”お花畑”と言うかもしれません。けれども、音楽でありながら音楽ではない要素が複合的に絡まざるを得ないヒップホップだからこそ、逆説的に、音楽こそが大事なんだと正論を言い続けるのが重要だと思うんです。

渡辺 どこをどう切り取ってもうまいですよね。しかもこの曲はYouTubeでも、Spotifyでもずっとバイラルチャートの上位にいるんですよね。それだけ話題を呼んでいることもすごいし、X(Twitter)のタイムラインで「この曲を聴くと仕事が捗る」とか「元気が出る」と言っているポストも見かけて。特定の誰かに向けたディス曲なのに、不特定の誰かの背中を押す曲として機能しちゃってるっていう。そういう意味でも、すごく稀有な事態になっているなと感じました。

※編集部注:座談会収録の時点では未公開だったため、この記事内では言及することができなかったが、1月28日にはYZERRが舐達麻とジャパニーズマゲニーズへのアンサーソング「guidance」を公開している。

YZERR「guidance」

バイオレンスから抜けるためのヒップホップ

──志保さんはPUNPEEがヒップホップフェス「THE HOPE」や「AVALANCHE」(PUNPEEが所属するレーベルSUMMITの主催イベント)などで披露していた「お隣さんより凡人REMIX」からのラインをノミネートされました。

渡辺 「バイオレンスから抜けるためのヒップホップが / バイオレンスに戻ってる今の日本 / こんなんじゃラップやめれるわけない」ですね。2023年10月に開催された「THE HOPE」で初めて聴いたんですよ。ほかのヴァースも、日本語ラップのいろんなパンチラインをパッチワークのようにつぎはぎしてて、めっちゃ食らいましたね。正式に音源化されている作品ではないし、そうしたリリックを選出するのはご本人も嫌がるかな?と思ったんですが、あまりに衝撃的だったので選んでしまいました。

二木 僕も現場で観てて涙ぐんじゃいましたもん。

渡辺 わかります。私も本当に感動しました。完成度が高すぎるので、いつか音源化してほしい。で、実はこのリリックについては自分が出演しているblock.fmの番組「INSIDE OUT」でも、二木さんとつやちゃんさんとで鼎談した「ミュージック・マガジン」2023年12月号でも話して(笑)。

二木 でしたね(笑)。

渡辺 大前提として、私はPUNPEEのイマジネーションやクリエーションは素晴らしいと思っています。でも同時に、ラッパーとしてどういうスタンスなんだろうというか、ヒップホップを通して何を伝えたいんだろう?と思う気持ちもあって。このリミックスではひさしぶりに彼の本音みたいなものを聴けた気がして、すごく感動したんです。

二木 PUNPEEは最初、2006年に「UMB」(漢 a.k.a. GAMIが設立したMCバトル)の東京予選で優勝してその名前が広く知られるようになります。今のMCバトルもそうなのかもしれませんけど、現場の雰囲気もピリピリしていましたし、当時の「UMB」は、傾向としてハードコアなスタイルのラップが優勢でした。そのときのトーナメントを現場で観ていましたけど、そんな中PUNPEEが機知に富んだ、ひょうきんなラップで勝ち上がっていく姿は実に鮮烈で。

渡辺 うん。あの頃のMCバトルはもっとアンダーグラウンドで、本当に怖い人しかいなかった印象ですしね(笑)。

──今のMCバトルをやってる人たちとはまた違う層ではあるんですけどね。

二木 当時PUNPEEはその特異なスタイルで意識的にハードコアなムードを相対化しようとしていたと思います。

渡辺 見た目はナードな少年という感じだけど、すごくラップがうまい。ビートもバチバチに打ち込めるし、ウィットにも富んでいた。PUNPEEは日本語ラップシーンのゲームチェンジャーでした。

二木 まさにそうでしたね。だからPUNPEEが昨年、ラップでアンチバイオレンス=反暴力を表明したライブにはすごくたぎったし、志保さんが言う通り感動しましたね。

渡辺 PUNPEEがバイオレンスな方向に流れがちな日本のヒップホップシーンに対して、「こんなんじゃラップやめれるわけない」と言ってくれたことが頼もしかった。ただ残念なことにPUNPEEがこのラップを披露した「THE HOPE」のアフターパーティで、BAD HOPと舐達麻のビーフのきっかけとなる騒動が起きてしまったんですよね……。

後編に続く

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