音楽ナタリー - 最新音楽ニュース

小森雅仁

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第2回 バックナンバー

米津玄師、宇多田ヒカル、Official髭男dismらを手がける小森雅仁の仕事術(後編)

こだわりが詰まった宇多田のライブレコーディング

449

コンプが要らない宇多田ヒカル

──宇多田さんのボーカルレコーディングをする中で、エンジニア目線で気付いたことなどがあれば教えてください。

一般的にはボーカルの音量にばらつきがあると歌詞が聴きにくくなるので、コンプレッサーという機材で音の大小を少し慣らしてレコーディングすることが多いのですが、宇多田さんの場合は自分で声量をものすごくコントロールして歌うので、そもそもかける必要がないんですよね。

──コンプをまったくかけないと、Aメロはボーカルが小さいのにサビでバーンと大きくなって、その結果音が歪んでしまう危険がありそうですが。

宇多田さんはAメロで静かなトーンで歌っていても、声量は大きいんですよ。なのでサビでレベルが突き抜けるほど大きくなるということもなく一定の音量でくるので、エンジニア的には録りやすくて本当に助かりますね。

──マイクに同じ音量で入ってくるということは、昔ながらのボーカリストのように、歌っている途中でマイクに角度を付けたり、体をそらして距離を取ったりして歌っているんでしょうか?

宇多田さんに関してはすごく動いている感じはしないので、純粋に声の出し方で調整しているんだと思いますね。

──ちなみに宇多田さんの歌録りには、どのような機材を使っているんでしょう? 個人的には「NHK紅白歌合戦」に出演したときにも使っていたTELEFUNKEN ELA M251のイメージが強いですが。

基本的には本人私物のELA M251を使っていて、ほとんどそれで録音していますが、曲によって違うマイクを提案することもあります。プリアンプはNEVE 1073を使うことが多いです。ELA M251は高域の抜けがよいエアリーな音のマイクなので、中域の張りや艶が欲しくなるんですね。なので中域を補うためにNEVE 1073との組み合わせで使っています。マイクもそれぞれキャラクターがあれば、プリアンプにも個性があるので、この2つを組み合わせることによって欲しい音を作ってます。

──ほかに歌録り用でお気に入りの機材はありしますか?

スタジオにNEVEがあれば使うこともありますし、NEVEの創設者であるルパート・ニーヴ氏が立ち上げた新しいブランド、RUPERT NEVE DESIGNS製のプリアンプを持っているので、それを使うこともあります。ハイファイ系の音が欲しいときにはMILLENIAを使うこともありますし。特にどれがお気に入りというのはなくて、あくまでボーカリストの声や曲に合った機材をその都度選んでいます。

理想のエンジニア像

──小森さんはアシスタントエンジニア時代も含めてたくさんのエンジニアの方の仕事を見てきたと思いますが、印象に残っている人はいますか?

宇多田さんの「Fantome」(2016年9月発売。「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付きが正式表記)のレコーディングでロンドンに行き、スティーヴ・フィッツモーリスの仕事ぶりを見たのが一番印象的でした。エンジニアリング自体はオーセンティックなんですけど、完成形を見据えて、最初からそれに近い音でちゃんと録るということを徹底していて。すごく仕事が丁寧で、例えばドラマーがドラムセットに座った時点でもうマイクのセッティングは済ませてあるんですよ。事前にアシスタントに叩かせてレベルとかフェイズとか全部合わせてあって。

──日本だとドラマーが来てから調整しますもんね。

そうですね。日本の場合、ドラマーの方が自分のドラムセットを持ってくるのに対し、向こうはスタジオに備え付けのドラムで録るという違いにもよるとは思うんですけど。でもセッション自体も時間がゆっくり流れていて、1つひとつの仕事が本当に丁寧でしたね。

──小森さん自身はほかのエンジニアをチェックをするほうですか? またその人のやってることを参考にすることはありますか?

好きなエンジニアはたくさんいるので、その人たちのミックスは常にチェックしてますね。ヒットチャートにたくさん曲を送り込んでいるような人だとマニー・マロクィンや、ブルーノ・マーズやアリアナ・グランデをやってるセルバン・ゲニアなど。個性的なところではトム・エルムハーストも好きですね。そういう人たちの作品を聴いて、どうやったらこういう音になるんだろうと試行錯誤することもあれば、最近はネットに動画が上がってることもあるのでそれを観たりして。あと、チャド・ブレイクが使ってる歪み系のエフェクターは必ず買うという自分ルールがあります(笑)。

──ご自身ではどんなエンジニアになっていきたいですか?

今挙げた中だと2つのタイプがあって、マニー・マロクィンは楽曲やアーティストによってサウンドをガラッと変えて、でもどれもすごくいい音してるというタイプ。逆にトム・エルムハーストは自分のカラーを持っていて作品にも彼自身の音が表れるタイプ。どっちもできたらカッコいいなというのが理想なので、シチュエーションに応じて両方できるようなエンジニアになりたいですね。

小森雅仁

1985年2月生まれ。バーディハウスを経てフリーランスのレコーディングエンジニアに。米津玄師、小袋成彬、Yaffle、Official髭男dism、高岩遼、iri、世武裕子といったアーティストのミックスを手がけるほか、宇多田ヒカルの作品ではボーカルレコーディングを担当している。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAM TAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

エンジニアが明かすあのサウンドの正体

音楽ナタリーをフォロー