「徳島市阿波おどり」総踊りの様子。(写真提供:徳島市)

久保田麻琴がレクチャーする、音楽リスナーのための阿波おどり講座

ファンクな連からハードコアパンクな連まで、各地で活動するグルーヴィな連を紹介

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徳島を発祥とする阿波おどりは、西馬音内の盆踊り(秋田県羽後町)および郡上おどり(岐阜県郡上市八幡町)と並び、“日本三大盆踊り”の1つとされる。ダイナミックな男踊りと女踊り。“連”と呼ばれる大小さまざまな団体が叩き出す豊かなグルーヴ。長い時間をかけて育まれてきた祭り文化ならではの圧倒的なエネルギー。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」という阿波おどりの掛け声は皆さんご存知のことだろう。

近年、そんな阿波おどりの音楽的魅力に注目が集まっている。きっかけとなったのが、音楽プロデューサーである久保田麻琴が手がけたコンピレーションアルバム「ぞめき」シリーズだ。本場である徳島だけでなく、1950年代から阿波おどりが開催されている東京・高円寺の連の演奏も収めたこのコンピシリーズに触れたことで、阿波おどりの虜になってしまったという音楽リスナーも少なくない(ちなみに、筆者もその1人である)。

今回は阿波おどりのスペシャリストである久保田麻琴がその楽しみ方をレクチャー。シーズン到来直前、音楽リスナーのための阿波おどり講座が開講!

取材・/ 大石始

音楽を超えているというか、心の深いところにズドンときてしまった

1970年代には伝説的なサイケデリックバンド、裸のラリーズの一員として活動したのち、久保田麻琴と夕焼け楽団を結成してロニー・バロンなどニューオーリンズのミュージシャンたちと交流。1980年代にはサンセッツを率いてインターナショナルに活動を展開し、1990年代後半には盟友である細野晴臣と“ハリーとマック”名義の作品をリリースするなど、久保田は長い音楽キャリアの中で多彩な活動を展開してきた。そんな彼は「子供の頃から私は日本の音楽から逃げていたんですよ」と話す。

「もちろん坂本九や江利チエミは大好きだったけど、中学に入ってジャズを聴くようになると、中村八大さんなどを除いてほとんど日本の音楽を聴かなくなってしまった。ウチのおばあちゃんはもともと芸者で、三味線もめちゃくちゃうまかったんだけど、子供だったから関心を持つこともなかったですしね。今考えてみると、レコーディングしておけばよかった(笑)」

そんな彼にとって大きかったのが、1970年代中盤、喜納昌吉&チャンプルーズ「ハイサイおじさん」との出会いをきっかけに、沖縄の世界へと足を踏み入れたことだった。

「『ハイサイおじさん』の存在は大きかったんですよ。初めて聴いたとき、私と細野(晴臣)さんは腰を抜かすぐらいびっくりしたんです。ただ、『ハイサイおじさん』から沖縄民謡マニアになったわけでもなかったし、内地のほうに関心が向いたわけでもなかった。私の場合は沖縄からさらに南下してインドネシアのダンドゥットやバリのガムランに関心が移っていったんです。アジアの音楽も濃いことに気付いて、80年代はバンド活動を続けながら、アジアで仕事をするようになったんですよ」

2000年代に入ると、久保田はブラジルのレシフェやエチオピア、モロッコなど世界各地での強烈な音楽体験を経て、沖縄の宮古島に伝わる神唄の記録を始める。そうした作業はのちに数枚のアルバムとドキュメンタリー映画「スケッチ・オブ・ミャーク」(2011年公開)に結実することになるわけだが、同じ頃、久保田は阿波おどりのとある連の演舞に衝撃を受けている。

「それが高円寺の東京天水連ですね。とてつもないものを観てしまったと思いました。音楽を超えているというか、心の深いところにズドンときてしまった。最近のアメリカ人の若い子が、ライブを観たことのない裸のラリーズに反応するようなものだよね。音の向こう側にある何かを感じたんだと思う」

レゲエで例えるなら、徳島はジャマイカで高円寺はイギリス

翌年、久保田はその衝撃に突き動かされるように「ぞめき壱 高円寺阿波おどり」(2010年発売)のレコーディングを始める。ちなみに、11の連を収めたこのアルバムによって、筆者は底なし沼のような阿波おどりの魅力に取り憑かれてしまうことになるのだが、本作にはそれまで世に発表されてきた阿波おどりのレコード / CDではほとんど捉えることのできなかった現地の空気が収められていた。大地を揺るがすような平太鼓の低音、高揚感を煽る鉦の高音、シャープなグルーヴを作り出す三味線のフレーズ。それらは長年ありとあらゆるレコーディングに関わってきた久保田のレコーディング / ミックス技術の賜物であることは間違いないが、彼が1980年代のジャマイカでダンスホールレゲエのサウンドシステムカルチャーに触れ、低音に関するセンスを磨いてきたことも少なからず影響している。

「ただ録っただけでは、生で聴いたときのあの感覚はなかなか伝わってこない。空気が震えるあの感覚をどう感じてもらえるか。録音についてはジャマイカで学んだことが大きいし、やっぱり自分の中に染みついたベースカルチャーがあるから。もちろんスピーカーで再現しきれるものではないけどね」

「ぞめき壱 高円寺阿波おどり」をリリースしたあと、久保田はいよいよ阿波おどりの本場である徳島へ向かう。

「やっぱり徳島はうまいなと思いました。始まって50年の高円寺と数世紀の歴史がある徳島の違いを感じました。グルーヴにしてもバネにしても、DNAに刻み込まれているものがある。ただ、高円寺は高円寺で素晴らしいと思う。レゲエで例えるなら、徳島はジャマイカで、高円寺はジャマイカからレゲエ文化を輸入したイギリス。その意味では、東京天水連はSteel Pulseみたいなものなのかもしれないね(笑)」

言い換えれば、徳島と高円寺の違いは、大きくウネる海のグルーヴを軸に発展してきた徳島と、都会的なセンスと東京らしいミクスチャーを感じさせる高円寺とでもいったところだろうか。阿波おどりとひと言で言っても、地域によるカラーの違いがあり、連によってキャラクターが異なる。その違いは一見しただけでもわかるほどで、そうしたバラエティの豊富さも阿波おどりの魅力と言えるだろう。

久保田は2010年に徳島でレコーディングを行って以降も継続して阿波おどりに足を運び、さまざまな連の演舞を現地で体験し続けている。「ぞめき」シリーズの最新作は、徳島市内の連だけでなく、内陸の勝浦町で活動する連の演奏も収めた「ぞめき七 徳島阿波おどり 純情派」。そして、世界各国のリミキサーが参加した阿波おどり音源のリミックスアルバム「ぞめき八 Re-mixes Stupendous!」。この2作品を聴くと、阿波おどりのリズムの多彩さとその可能性に気付かされるはずだ。

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正調連がファンクだとすれば、路上派はハードコアパンク

ここで阿波おどりのリズムについて解説しておきたい。

まず、連には大きく分けて2つのタイプがある。一般的に知られている“チャンカチャンカ”という2拍子のリズムを基本としているのは、正調連とも呼ばれるスタンダードな連。鳴門海峡のようにグルグルとウネるそのグルーヴには華があり、聴けば聴くほどに味わいを増していく。粘り気のあるリズムはファンク的ともいえるが、ファンクといってもPファンクもいればジェームス・ブラウンもいて、ディープファンクもモダンファンクもエレクトロファンクも……と、スタイルが異なるのと同じように、正調連によってもカラーは異なる。

「徳島市阿波おどり」での娯茶平の男踊り。(写真提供:徳島市)

「徳島市阿波おどり」での娯茶平の男踊り。(写真提供:徳島市)

「正調連といったら、やっぱり娯茶平だよね。徳島の天水連も阿呆連もみんなうまいですよ。今回の『ぞめき』でレコーディングした葉月連も本当にうまいですね」

娯茶平とは1946年に創設された、徳島を代表する連の1つ。オフィシャルサイトに掲載されたプロフィール文に「『タメ、間、情』がある踊りとお囃子を極めようと一丸となって努力しています」と書かれているように、ゆったりとしたリズムの中にさまざまな表情が込められているのが娯茶平の特徴だ。久保田が挙げた天水連も娯茶平と同じ1946年創設、阿呆連も1948年創設という歴史ある連である。

そうした正調連に対し、ドカドカという激しいリズムを叩き出す連もいる。“1拍子系”や“路上派”などと呼ばれることもあるが、正調連との違いは一聴瞭然。正調連がファンク系だとすれば、こちらにはハードコアパンク的な激しさがある。その象徴ともいえるのが、1968年創設の苔作だ。その魅力について、久保田はこう解説する。

「まず、叩き手のオーラが違う。ニコッともしないしストイックなんだよね。立ち上げ当初は太鼓が間に合わなかったということで、フライパンとスネアドラムを叩いていたというんだからね。どれだけ激しく叩けるか、それだけを大事にしてきたという人たちだから。立ち上げに関わった方は『バチをぐるりと回すことによって波のリズムになる』と言ってたね。ウネりというか、グルーヴ。それが大事だと言っていました」

苔作を原点とする路上派の演舞は、阿波おどりの歴史の中では一種のニューウェイブのようなものでもある。現在はさまざまな路上派の連が活動しているが、それはSex PistolsやThe Clashに刺激を受けて各地から無数のバンドが登場してきた1970年代後半以降のイギリスにおけるパンクシーンと似た状況とも言えるだろう。

ちなみに、阿波おどりの踊り手には“男おどり”“女おどり”の2種類がある。“男おどり”は半天や浴衣を着用し、スポーティに踊る。女性がこの“男おどり”を踊ることもあるが、これがまたとてもカッコいい。“女おどり”は編笠を被り、下駄を履いてクールに踊る。こうした踊りは囃子の強烈なリズムあってのものだが、囃子を叩く側も踊り手を見ながら演奏し、踊りの調子を見ながら叩くものなのだという。リズムとダンスがピタッと噛み合った連の演舞は、惚れ惚れするほどのカッコよさ。ダンスカルチャーの一種として、阿波おどりは現代的な力を持っているとも言える。

全国各地に広がっている阿波おどりの文化

さて、この夏、徳島の阿波おどりを訪れる方に対し、観覧のうえでのアドバイスを久保田からいただこう。

「徳島には桟敷席があるので、そこでお目当ての連を観るというのが1つ。桟敷のある演舞場でやるのは娯茶平など有名連ばかりなので、CDなりYouTubeなりで好きな連を前もってチェックしておいて、桟敷席でじっくり観るのがいいと思います」

「徳島市阿波おどり」総踊りの入場シーン。(写真提供:徳島市)

「徳島市阿波おどり」総踊りの入場シーン。(写真提供:徳島市)

「もう1つは、路上でやっている連を観ることですね。苔作なんかは路上でしか観れません。自分も踊りたいという方は、“新町橋よいよい囃子”という連。あそこはロック系の人たちがやっていて、あの期間だけ阿波おどりをやってるんです。あと、私が提案したんだけど、よいよい囃子と眉月連がセッションすることがあるんですよ。めちゃくちゃ盛り上がるんだけど、その情報はメディアには出てこないので、よいよい囃子か眉月の人を見かけたら声をかけたらいいと思います。そのときはだいたい私もいます(笑)」

路上での演舞は、ほとんどストリートライブのようなものである。タイムテーブルもないため、お目当ての連を観るためには偶然の出会いに賭けるしかないわけだが、これがなかなか楽しい。筆者も数年前に徳島を訪れた際は「苔作」という文字が記された半天を見かけるたびにその後を追いかけたものだが、名前の知らない連によるすさまじい演舞を目撃し、大感動したこともあった。

阿波おどりの世界はあまりに広大で、その文化的背景はどこまでも深い。約10年にわたって徳島の阿波おどりに関わってきた久保田でさえ、「私の知らない連はまだまだたくさんいるんですよ」と話す。

「ここ10年ぐらいに設立された連もどんどんうまくなっていますしね。阿南市のほうから来てる連も面白いし、阿波おどりの文化が息付いているのは徳島市内だけじゃないですから。池田(現在の三好市)や貞光町(現在のつるぎ町)みたいな小さな町にも50、60年の歴史ある連がいくつもいるし、鳴門や小松島にもいるみたい。私が名前も知らないような町にもいるんでしょうね」

阿波おどりの文化は、今や全国各地に広がっている。高円寺に触発され、東京では各所で阿波おどりが開催されており、それぞれの町を拠点とする連が活動している。そのほかにも埼玉県の越谷市や三郷市、千葉県の茂原市、神奈川県の川崎市や大和市でも阿波おどりの文化が根付いている。

「高円寺の飛鳥連や華純連、葵新連、江戸っ子連、しのぶ連もいい連だよね。新宿の中々連も面白い。もともと中々連はゴールデン街のスナックの常連客で結成された連を前身としていて、これまた東京ならでは。徳島にはいないタイプの連だね。神楽坂や白金、中目黒、下北沢でも阿波おどりをやってるし、三鷹にもうまい連がいるよね」

今年の「徳島市阿波おどり」は8月12日から15日まで開催。昨年は行われなかったクライマックスの総踊りも有料演舞場で実施されることになった。また、「東京高円寺阿波おどり」は8月24日と25日に行われ、24日には徳島からも苔作、藝茶楽、武秀連、阿波鳴連が出演する。なにはともあれ、阿波おどりは現場で体感するのが一番。長い時間をかけて熟成されてきたグルーヴの渦に飲み込まれる興奮をぜひ体験していただきたい。人生変わりますよ、マジで。

※記事初出時より本文を修正し、一部動画を差し替えました。訂正してお詫びいたします。

大石始

古今東西の音楽に精通するライター / 編集者。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。主な著書・編著書に「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「ニッポン大音頭時代」「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」など。最新刊は2024年5月刊行の「異界にふれる ニッポンの祭り紀行」。2匹の保護猫と都内で生活中。

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