7月4日に公開される映画「愛されなくても別に」の主題歌として、hockrockbが書き下ろしの新曲「プレゼント交換」を提供。この曲を収録したhockrockbのニューアルバム「朝の迎え方」が7月2日にリリースされた。
「愛されなくても別に」は、「響け!ユーフォニアム」シリーズなどで知られる武田綾乃の同名小説を29歳の新鋭監督・井樫彩が実写化した作品。母親から経済的虐待を受ける大学生の主人公・宮田陽彩と、同じく親から精神的虐待を受ける同級生・江永雅が出会い、社会に負けず自分らしく生きるためにそれぞれの“不幸中毒”からサバイブしていく姿を描く。陽彩を演じるのは南沙良、雅を演じるのは馬場ふみか。このほか過干渉な親に支配されている2人の同級生・木村水宝石を本田望結が、2人のアルバイト先の同僚・堀口順平を基俊介(IMP.)が演じている。
hockrockbが提供した主題歌「プレゼント交換」は、支え合い強く生きていく2人に寄り添うようなミディアムチューン。もともとhockrockbの音楽を聴いていたという井樫が作品に込めた思いにぴったりな楽曲に仕上がっている。音楽ナタリーでは「愛されなくても別に」の公開と「朝の迎え方」のリリースを記念し、主題歌の作詞作曲を手がけたhockrockbの堀胃あげは(Vo, G)と井樫の対談をセッティング。主題歌提供に至った経緯やそれぞれの作品に対する思いをたっぷりと語り合ってもらった。
取材・文 / もりひでゆき撮影 / 曽我美芽
「自分たちにできるだろうか」「やり抜いてみせよう!」
井樫彩 堀胃さんと最初にお会いしたのは、映画「愛されなくても別に」の初号試写のときでしたよね。そこでちゃんとご挨拶させていただいて。
堀胃あげは(hockrockb) そうでした。そこから3、4回ぐらいお会いさせていただいてますけど、今日はゆっくりお話ができそうなのでうれしいです。
井樫 hockrockbさんに主題歌をお願いすることになったきっかけはプロデューサーからの提案だったんですけど、私はそもそもhockrockbさんの音楽を聴いていたんです。以前、音楽好きな後輩にオススメしてもらって「わ、めっちゃ良いじゃん!」って。「ペンシルロケット」(2022年リリースのメジャー1stアルバム)は特に好きで、すごく聴いてました。
堀胃 うれしいです。
井樫 これは個人的な感想なんですけど、hockrockbさんはいろんなテイストの楽曲があるじゃないですか。ちょっと凝ったことをやられている特殊な雰囲気の曲もあれば、ストレートに聴かせるシンプルな曲もあったりして。本当に楽曲の雰囲気に幅があるんだけど、どれもニッチすぎず、聴いてて楽しい。そこがすごく好きなところなんですよね。
堀胃 ありがとうございます。私たちとしては初めての映画主題歌を担当するので、お話をいただけたことがすごく光栄だし、うれしいです。オファーをいただいた段階で井樫さんのことをたくさん調べさせてもらって、いろいろな映画はもちろん、私が好きで観ていたアーティストのミュージックビデオも撮られていることを知って。これはぜひ引き受けたいと思い、すぐにお返事しました。「自分たちにできるだろうか」と思いつつ、「やり抜いてみせよう!」という気持ちでがんばりましたね(笑)。
井樫 楽曲に関しては、大枠のイメージを最初にお伝えした感じでしたよね。アップテンポではなく、かといってバラードまでいきすぎない感じがいいです、みたいな。私は音楽に関して素人なので、本当にざっくりとしたイメージですけど(笑)。歌詞に関しては特に入れてほしいフレーズをオーダーしたりはせず、脚本や原作を読んでいただいたうえで出てきたものをぜひ入れ込んでくださいと。
堀胃 はい。曲の方向性はしっかり定めていただきつつも、だいぶ自由に任せていただいた感じでした。脚本と原作を拝見したとき、一見、暗くて重いテーマに思えたところもあったんですけど、最後にちょっと光が射すような雰囲気を感じたんですよ。なので、主人公である陽彩と雅の2人が支え合っている様子を曲に入れ込めたらいいなと思いながら作り始めました。井樫さんからは「傷の舐め合いみたいにはしたくない」というお話を伺っていたので、その塩梅は丁寧に書いていきましたね。心の欠けた者同士が寄り添うと、どうしても傷の舐め合いのように見えてしまうところがあるので。
井樫 そうですね。痛々しい子たちが傷を舐め合っているというよりは、支え合うぐらいのニュアンスがいいですね、というお話はさせていただきました。あと、ラブソングのようにはしたくないというオーダーもさせていただいた記憶があります。
堀胃 あ、そうでしたね。
井樫 男女間の恋愛だけではなく、家族や友達などいろんな関係に置き換えられるような曲がよかったので。
堀胃 そういったイメージをいろいろいただけていたので、すごくスピーディに書いていくことができました。タイアップ曲としては一番早く書けたかも。脚本や原作を読み終えると同時に、大枠はだいたいできていたので。今回は歌詞で言うと2番のサビ、「私と君の寂しさ2つ / 交換こしたら素敵なプレゼントになった」の部分を最初に思いついたんですよ。メロディに関しては全体的にすんなり出たんですけど、サビのメロは自転車で移動してるときに思いつきました(笑)。「これだ!」って。
井樫 えー! そういうお話は聞く機会がなかなかないので面白いですね。曲作りのときは歌詞から書かれるんですか?
堀胃 だいたいメロディからですね。
井樫 へえ。メロディからなんだ。
堀胃 今回もそうで、浮かんだメロディに歌詞を差し込んでいきました。歌詞に“天使”と“悪魔”というワードを使ったところが自分では気に入っていて。人間ってふとしたときのはかなさから天使に見えることもあれば、心の黒いところが垣間見えて悪魔のように感じることもあるじゃないですか。映画の脚本を読んだときにそんなことが自然と浮かんだので、それを日常の範疇で忍び込ませた歌詞にしたいなと思って。
井樫 hockrockbさんのそういうところ、すごく好きなんですよ。聴いていると胸がキュッとなって、切ない感じが伝わってくる。今の天使と悪魔のお話もそうですけど、ワードチョイスが本当に素敵なので、映画にとってもすごくいい“読後感”を与えてくれたと思っています。
堀胃 うれしい。ありがとうございます!
主題歌はハッピーエンドにはしたくなかった
井樫 今回、hockrockbさんにオファーさせていただいたとき、リファレンスとして「あかい惑星」(アルバム「ペンシルロケット」収録曲)を挙げさせていただいたんです。どこか架空の世界っぽい雰囲気だけど、その中にちゃんと1つの物語があって、そこで芽生える感情は私たち聴き手にもしっかり伝わってくる……そんな曲が私は好きだし、映画にも合うような気がしました。ちょっと話は飛びますけど、例えば岩井俊二監督の映画って、日本を舞台にしていても、どこか日本じゃない世界観を感じたりするじゃないですか。そういう印象をhockrockbさんの曲からもすごく感じるんです。
堀胃 めっちゃうれしい! 私の“あげは”という名前は本名で、岩井俊二監督の映画「スワロウテイル」から取られたものなんですよ。なので、私にとって最高の褒め言葉をいただけた感じですね。確かにリファレンスとして「あかい惑星」を挙げていただいたので、曲作りにおいてイメージしやすいところもありました。結果として「あかい惑星」よりも素朴な雰囲気にはなりましたけど。ちなみにこの曲って、最初は「めでたし、めでたし。よかったね」といった感じの歌詞で終わってたんですよ。それをね、変えたんです。
井樫 そうそう。私から「ハッピーエンドにはしたくない」とお伝えして……なんか私、めちゃくちゃオーダーしてる気がするな(笑)。
堀胃 あははは。でも、歌詞を変えたことで、2人ではなく1人の姿が浮かび上がる、ちょっと寂しい感じのエンディングになったのもいいなって思いました。
井樫 誰かと支え合って生きるにせよ、個人は個人ですからね。いつか離れるときが来るかもしれない。そんな切なさを素敵な歌詞で表現していただけて。本当にありがとうございます。今回は映画と主題歌という関係性において、すごくいいクリエイティブができた実感があります。こちらからの思いをお伝えして、それに対してhockrockbさんに真摯に返していただけたので、本当によかったなと。タイアップとして最良の形になったと思います。
堀胃 今回はボーカルのレコーディングに関しても、いつも以上に緊張感や責任感が強かったです。感情がグッと昂っているところがあれば、逆にあまり情報を与えすぎないように淡白に歌ったところもあったりして。セクションごとにいろんな試みをした結果、生々しさが出たボーカルになったんじゃないかなと思います。
井樫 音楽のことを言葉にするのは難しいんですけど(笑)、この曲の堀胃さんの声が本当に素敵で。映画のエンディングに流れる曲って、観客の方々が持って帰る最後の印象なので、それをこの「プレゼント交換」に担ってもらえて本当によかったなと思います。
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映像も音楽も、すべてをわかりやすくする必要はない