GACKT|自分だけが生み出せる世界──ロック×オーケストラ「魔王シンフォニー」を語る

GACKTのライブアルバム「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」が、彼の誕生日である7月4日にリリースされた。

「魔王シンフォニー」は今年4月に東京・すみだトリフォニーホールで行われた、ロックとオーケストラを融合させたコンサート。アルバムにはメドレーを含め当日披露された全13曲の音源が収録されている。

2013、2014年にもオーケストラコンサート「GACKT×東京フィルハーモニー交響楽団 華麗なるクラシックの夕べ」を開催したGACKTだったが、「魔王シンフォニー」開催までには約10年の月日を要した。彼はなぜ10年ぶりに3度目のオーケストラコンサートを行おうと考えたのか。また、「魔王シンフォニー」完成までに立ちはだかった課題と、それらの解決策としてGACKTが講じた斬新な“実験”など、驚きの舞台裏について話を聞いた。

取材・文 / 森朋之

GACKTにしか生み出せない世界観

──4月13日に東京・すみだトリフォニーホールで開催されたロックとオーケストラのコラボレーションコンサート「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の音源を収めた作品がリリースされました。まずはこのコンサートを企画した経緯を教えてもらえますか?

ソロアーティストとして25周年を迎えるにあたり、自分の中で何か新しいトライアルをするべきだという気持ちがあったんです。2013年と2014年にオーケストラとのコンサート(「GACKT×東京フィルハーモニー交響楽団 華麗なるクラシックの夕べ」)を開催して、内容は悪くなかったけれど、「これはボクじゃなくてもできること」と感じたんですよ。オーケストラと一緒にコンサートをやることで、何か新しいことにつながればいいと考えていたんだけど、「自分の時間を割く必要はないかもしれない」と。でも、そのあといろいろなイメージを思い描いていく中で、「これはGACKTにしか生み出せない世界観じゃないかな」というものが見えてきて。オーケストラ公演もうまく形にできれば、絶対に素晴らしいものになるはずだと思えたのが、今回のプロジェクトのスタートです。

──10年以上の構想期間があったんですね。

そう。ただ、実際に形にしていく作業の中で、いろんな問題点が出てきました。70人以上のオーケストラとボクのバンド(YELLOW FRIED CHICKENz)を舞台に乗せて演奏することで、どんなコンフリクト(衝突)が起きるのか。それはやってみないとわからなかったし、数多くの解決すべき課題がありました。よくある解決策としては、バンドとオーケストラの音がぶつからないように遮音用の板を置くというもの。皆さんもテレビの音楽番組などで観たことがあると思いますが、絵的に全然美しくない。見た目によって、会場に来てくれる人たちの気持ちを冷めさせたくないし。だったらどうすればいいのかを考えて、「バンドを後ろに配置したほうがいいんじゃないか?」などアイデアを出し合ったんですけど、なかなか決まりませんでした。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

──ロックバンドとオーケストラが一緒に演奏するのは、それほど難しいことなんですね。

「そんなの簡単じゃないの?」と思われるかもしれないけど、本当に難しい問題です。バンドの音もオーケストラの音もすごく大きいし、同時に演奏すると、どうしてもぶつかってしまう。そうするとお互い演奏できなくなってしまうんですよ。特にドラムの近くにいる人は、自分の音がまったく聞こえなくなりますからね。いろいろと試行錯誤する中で、あるとき「だったら、バンドの音をステージの上からなくせばいいんじゃないか?」と発想を切り替えてみたんです。ドラムをエレドラ(電子ドラム)にして、ギターやベースもアンプから音を出さず、すべてラインを通して、PAスピーカーから直出しする。

──ステージで鳴っているのはオーケストラの音だけなんですけど、客席にはバンドとオーケストラの音が同時に聞こえる、と。

そのためには、あらかじめバンドの音の音量を決めなくてはいけない。オーケストラとうまくミックスするために、曲のパートごと、つまりイントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、ソロなどのパートごとにすべてのボリュームのバランスを決める必要があって、その作業がとにかく大変だった。スタジオに入ってからも、ボクの歌のことはあと回しで、12曲分の音量のバランスを決めるのが先。PA、モニターチームも楽器テックもそんなことはやったことがないから、めちゃくちゃ時間がかかりました。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

実験の連続

──GACKTさんのボーカルのリハはどうだったんですか?

バンドの音をなくしてもオーケストラの音は鳴っているので、ステージ上は爆音なんですよ。その状況で自分のマイク環境がどうなるかは、本当にやってみないとわからなくて。もちろんいろんな想定をして準備したんですけど、いざやってみるとオーケストラの演奏がすべてマイクに入ってきて、自分の歌とどうバランスを取るのかという課題が出てきたんです。通常のやり方では失敗すると思ったので、ボーカルがしっかり抜けて聞こえるようにEQを調整(特定の周波帯域の音量を調整)しようと。PAの人と一緒に「どう調整すれば歌が抜けるか?」の実験を繰り返して、ここだというバランスを見つけました。歌だけで聴くと変な音なんだけど、バンド、オーケストラと一緒だときれいに抜けてくるポイントですね。

──ものすごく繊細なバランスで成り立っているんですね。ライブ本番ではオーケストラの皆さんも衣装を着て、マスクを着用していました。しかも全員が立ったままで演奏するというほかでは観たことがないスタイルで。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

そう。オーケストラの人たちも立奏をやったことがない方がほとんどで。打ち合わせの段階では「立奏ができない人もいる」という話で、立奏できる演奏者だけで編成して。柔軟に対応してくれる方でないと、ボクが思い描く世界観は作れない。マスクを着けるとどうしても視野が制限されるし、楽器によって見えてほしい位置が違うので、その調整もあって。それをすべて同時進行でやりながらリハーサルを進めていったけど、もう実験の連続で。たった1日の公演のために1カ月くらいリハを重ねて、ふと「こんなことやる人はいないな」と思ったよ(笑)。

──確かに。

すべてはコンサートを観てくれる方に感動を与えたい。さっき話したエレドラを使う方法もそう。ドラマーは生のドラムを叩くほうが気持ちいい。でも、それはプレイヤーのエゴにすぎない。自分たちの気持ちよさよりも、聴いてくれる人たちの気持ちよさを優先する。そういうことを周りと1つひとつ話し合って突き詰めていくことが、やっぱり面白いよね。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

「GACKT PHILHARMONIC 2025 - 魔王シンフォニー」の様子。

──映像作品からも、壮大なサウンドと歌をしっかり感じ取ることができました。

全体で80人近いプレイヤーが一斉に音を出し、それが音楽になるわけだから。現場で聴いた方の感動は鳥肌が立つというレベルではなく、もっとエグいレベル。オーケストラの音圧は、単純にスピーカーのボリュームを上げるのとは異なる。例えば管楽器は、実際に吹くわけじゃない? そのエネルギーが音に乗って届くんだから、それはやっぱりすごい。ボク自身もコンサートの中で「人間のエネルギーってすごいな」と感じる瞬間が何度もあったし、オーケストラじゃないと味わえない感動が確かにあるって。もちろんロックだからこそ届けられる激しさもある。「その両方を一緒に表現したら、どんなことが起きるだろう?」というのが、今回の公演のそもそもの始まりで。結果的にとてもいいものになったし、ボク自身も得るものが大きかった。