京都のアイドルグループ・AQをご存知だろうか。
京都に拠点を置くレーベル・古都レコードがきのホ。に続いて手がける4人組アイドルグループがAQだ。2024年9月に1st EP「QUES」を配信リリースし、デビューしたばかりだが、音楽ユニット・印象派が制作する独創的でエッジィな楽曲はすでに耳の早いアイドルファンの間で話題となっている。しかし、全国的な知名度としてはまだまだ“知る人ぞ知る”グループ。メンバーの顔がほとんど見えないアーティストビジュアルも相まって、AQという名前を聞いたことがある人にとってもいまだにミステリアスな存在であるはずだ。6月11日に配信リリースされた初のフルアルバム「S.E.A」は、そんなAQの音楽性を知るのにうってつけの1枚。本特集ではここまでの活動の集大成として制作された「S.E.A」の全曲レビューをお届けする。
文 / 西廣智一
6月11日に配信リリースされたAQの1stアルバム「S.E.A」は、アイドルファンのみならず多くの音楽ファンに届いてほしい1枚だ……筆者はこの作品を最初に聴き終えた瞬間、そう思わずにはいられないほどの刺激と充足感を得ることができた。ひさしぶりにアルバムというフォーマットで聴くべきニューカマーの作品に出会えたことは、2025年上半期における大きな収穫だとここで断言したい。
とはいえ、いきなりAQと言われて「はて?」と思う方のほうが多いことだろう。まずはこのグループについて軽く解説しておきたい。
AQは犬麻るか、花灯ぎん、五五五ろく、中島もたの4人のメンバーからなる、京都のレーベル・古都レコードがきのホ。に続いて手がける女性アイドルグループ。2024年9月に1st EP「QUES」を配信リリースし、翌10月にはライブ活動をスタートさせるのと同時に早くも2nd EP「ANS」を配信。今年2月にはシングル「SKUMSCAMSCUM」、4月には新曲「ダリラリラ」を立て続けに発表した。そしてこれら一連の楽曲リリースを総括する形で制作されたのが、今回紹介するアルバム「S.E.A」だ。
古都レコード代表の新井ポテトがプロデュースを手がけていることもあり、レーベルメイトのきのホ。同様ロック色の強いサウンドなのは間違いないが、このAQでは全音源の制作を2人組音楽ユニット・印象派(INSHOW-HA)が担当。一筋縄ではいかないアレンジや歌詞を擁する楽曲群はアイドルグループの音楽として非常に異質な個性を放っている。
既存の9曲に新曲「ナハトムジーク」「(One More) deep diver」を加えた計11曲からなる「S.E.A」は、ここまでのAQの活動を“第一部「深海編」”と捉え、その集大成として制作された。一見すると単なる寄せ集めのようにも映るが、いざアルバムを通して聴くと各曲のポジションにしっかりとした意味や理由を感じることができ、最初から「この曲はアルバムの○曲目」と想定して制作されたのでは?とさえ思えてくる。それほどにアルバムとして聴くことに意味のある曲順で構成されており(もちろん1曲1曲を取り上げて楽しむ分にも、なんら問題ないほどにクオリティが高いのだが)、気付けば何度もリピートしたくなる稀有な作品集なのだ。ここからはアルバム収録曲を1曲ずつ個別に解説し、AQという唯一無二のアイドルグループが放った奇跡の1枚の魅力に迫っていく。
1. DEEP DIVER
1st EP「QUES」収録曲。モールス信号を思わせる無機質な高音に無骨なギターリフ、切なげなエレピの音色が重なっていくイントロは「QUES」には存在しなかったアレンジで、この演出が新たに加えられたことでアルバムの幕開けを飾る重要な曲に生まれ変わっている。冒頭のリフでグイグイと引っ張っていくファンク的構成と、「潜る / もぐる / モグル / Moguru」と繰り返される浮遊感の強いハーモニーは、ここから始まる物語の序章にふさわしい。途中からの転調や「Sightseeing…」のリピート、突如繰り出される激しいドラムソロなどが、どんどんと深い海の底へと潜っていく過程を見事に表現している。他者との関わりが煩わしい現実世界からリスナーを隔離してくれる最高のオープニングナンバーだ。
2. SKUMSCAMSCUM
シングル「SKUMSCAMSCUM」収録曲。豪快でトライバルなドラムフレーズと隙間を埋め尽くすダイナミックなギターフレーズはどこかポストパンク的であり、そこにメンバー個々の力強い歌声が重なることで躍動感が増幅する。アルバムで聴くと前曲からの流れが非常に絶妙だ。スウェーデン語で泡を意味する「SKUM」、英語で詐欺を意味する「SCAM」、そしてゴミやクズを意味する「SCUM」という響きの似たワードを3つ並べたタイトル、「ワンダフル・デイズのある方へ / 苦しみは置いてゆけ」というフレーズが印象的な歌詞など、外界から隔離された深海だからこそ「周りなんて気にするな。いらないものは全部捨てて、光の射すほうへ進め」と聴き手の背中を押すポジティブさも伝わってくる。曲後半に用意された、Led Zeppelinをオマージュしたキメフレーズもロックファンにはたまらない。
3. FANTAStiQUE
EP「ANS」収録曲。マイナーキーの重々しいバンドアンサンブルはどこか往年のハードロック的でもあるが、シンプルなギターリフが繰り返される構成や中盤に用意されたファンキーなキーボードのフレーズなどにはニューウェイブからの影響も伺え、総じて80年代リバイバルな1曲と言えるのではないだろうか。「I Know Fantastique / Do You know Fantastique?」とリピートされるメインフレーズに加え、流麗なメロディラインとの相性も抜群で、非常にクセになるスルメ曲だ。
4. 可愛げのないわたし
シングル「SKUMSCAMSCUM」収録曲。前のめりなビートとシンプルなコード進行は、ロックンロールというよりはパンクロック~ニューウェイブの色合いが強い。どの曲にも言えることだが、バンド形態で録音されたバックトラックのおかげもあり、かなりライブ感の強い質感になっている。その一方、ボーカルワークはどこか冷めているようで実は夢見心地な仕上がり。このチグハグ感が独特の存在感を生み出し、結果としてAQらしい独創性につながっている。ちなみに、後半には「DEEP DIVER」冒頭のモールス信号が再び登場し、ここでアルバムとしての「物語の連続性」を改めて思い出させてくれる。なお、曲中盤に繰り出されるドラムリフは、かのLed Zeppelinの有名曲のオマージュ。
5. KARUKUMAU
EP「ANS」収録曲。ジャジーなコードを用いながらも、ゴーストノートを取り入れたビートは非常にダンサブル。ボーカルも歌唱力で聴かせるというよりも楽器の一部として存在しているような佇まいで、全体的に冷たさの中に秘めた熱を見出すようなアレンジとなっている。ロック色が強い楽曲が並ぶ前半から、ここでアルバムの空気感が少しずつ変化を見せる。
6. ナハトムジーク
新曲。前曲からの流れを汲む、跳ねた16ビートが心地よく響くファンクチューンだ。熱量の高い演奏が繰り広げられる中、ボーカルワークは相変わらず冷めた様相でテクスチャー的でもある。ポストパンクを彷彿とさせるこの異質さは、本作中盤におけるハイライトだ。アルバム制作において、足りない要素を埋めるピースとしてこの楽曲を用意した、印象派をはじめとする制作陣に惜しみない拍手を送りたい。
7. 夢見るサイキック
EP「QUES」収録曲。NewJeansをはじめとする、昨今のレトロポップと印象が重なる曲調は、本アルバムにおいて最もロックからかけ離れたものだが、ニューウェイブ~ポストパンクの影響下にあるダンサブルな「KARUKUMAU」「ナハトムジーク」の流れで聴くとそこまでの違和感は覚えない。カタカナ英語を多用した歌詞や曲中の至るところにちりばめられた「HA HA」などのアクセント含め、80年代のアイドル歌謡を思わせるものがある。アルバムのオープニングから濃厚なロックテイストが続く中、AQがアイドルグループであることをこの稀有な曲が思い出させてくれる。
8. ダリラリラ
アルバムからの先行配信曲。本アルバムにおいて最もテンポ感が落ち着いているものの、熱や感情を込めすぎない歌声とエモーショナルなバンドアンサンブルが生み出すアンバランスさは、ほかの楽曲と一貫している。が、最後の「季節はめぐれど忘れずにいます」というフレーズでは若干張った歌い方をしていることもあってか、「S.E.A」という物語の終盤に向けてメンバーが自我を持ち始めているようにも受け取れる。
9. レディ?
EP「QUES」収録曲。ここからアルバム終盤に向けて、ギアが一段高く入る。パワフルなビートとギターリフが生み出すハードドライブ感と、クオータートーンを含むメロディラインのいい意味での居心地悪さ。鍋料理ができあがる過程を「衝動を食欲に変えて」と歌う歌詞も含めAQらしい個性が随所にちりばめられており、多くのリスナーにとって初めて聴いた瞬間から「なぜかわからないけど気になる」楽曲になっているはず。個人的にも本作中1、2を争うほどに好きな曲だ。
10. 水のないプール
EP「ANS」収録曲。ここでも採用されているLed Zeppelinオマージュのギターリフ、リズミカルで無機質なAメロから一気に視界が開けるメロウなサビ、その裏で小刻みに鳴り続けるピアノと、1曲の中にこのグループのアイデンティティがぎっしりと凝縮されている。また、歌詞においては海の底へと深く潜り続けていたつもりが、実は水のないプールで浮力に憧れ、裸足で踊っていた主人公が描かれおり、「深海編」の集大成を謳った「S.E.A」のクライマックスにふさわしい内容と言える。
11. (One More) deep diver
新曲。オープニングトラック「DEEP DIVER」と対になる楽曲で、無機質さが際立った前者から一転、エモーショナルなコード進行と情熱的なメロディが加わることで、もがき続けた主人公が自我を持って現実世界へと“浮上”していく様が描かれる。エンディングにアルバム冒頭のモールス信号が再び登場するあたりにもニヤリとしてしまう。AQの物語は第2章へと続いていくのだ。
1stアルバムにしてこの完成度、この充実度。AQのようなアイドルグループを「楽曲派」とくくることが多いが、個人的にはそういったありきたりな枠に収めるのに抵抗を覚えてしまう。そう感じてしまうほど、本作はさまざまな「壁」を壊してしまうだけの魅力が備わっていると思うのだが、いかがだろうか。
このテキストを読んで多少なりとも興味を持った方、何かひっかかるポイントが見つかった方。まずは四の五の言わず、サブスクなどを通じてアルバム「S.E.A」に触れていただきたい。この作品があなたにとって大切な1枚になること、そしてあなたの未来を照らす一筋の光になることを願っている。
プロフィール
AQ(エーキュー)
京都のレーベル・古都レコードがきのホ。に続いて世に送り出す女性アイドルグループ。犬麻るか、花灯ぎん、五五五ろく、中島もたの4人のメンバーからなり、楽曲制作は音楽ユニット・印象派が手がけている。2024年9月に1st EP「QUES」を配信リリースし、翌10月にはライブ活動をスタートさせるのと同時に2nd EP「ANS」を配信。2025年6月に活動の第1部「深海編」の集大成にあたる1stフルアルバム「S.E.A」を配信リリースした。