ゆうらん船が7月2日にニューアルバム「MY CHEMICAL ROMANCE」を発表した。
ゆうらん船は内村イタル(Vo, G)が中心となり、伊藤里文(Key)、永井秀和(Piano)、本村拓磨(B)、砂井慧(Dr)とともに結成したバンド。結成当初はフォーキーなバンドとして認知されていたが、サイケやR&Bなどの要素を取り入れた2022年発表の2ndアルバム「MY REVOLUTION」で、懐かしさとアヴァンギャルドさが交差する新たな一面を提示した。
そんな彼らにとって約3年ぶりのフルアルバムとなる「MY CHEMICAL ROMANCE」には、先行配信曲「Departure」「Letter to Flowers」「Crack Up!」「How dare you?」や、前作のオープニングを飾った「Waiting for the Sun」の“Reprise”バージョンなど計13曲を収録。これまで内村がソングライティングの中核を担っていたが、本作から永井と砂井が加わったことで、サウンド面においても作詞の面においても、バンドに新たな変化の季節が訪れているのがわかるはずだ。
音楽ナタリーでは、多様な音楽的ルーツと現代的なサウンドが融合した「MY CHEMICAL ROMANCE」の魅力に迫るべく、ゆうらん船が今年から所属するインディーズレーベル・カクバリズムの事務所でメンバー5人にインタビュー。伊藤は海外旅行中だったが、合間を縫ってリモートで参加してもらった。
取材・文 / 峯大貴撮影 / 峰岡歩未
楽曲制作、ライブのスタイルの変化
──前作「MY REVOLUTION」から約3年ぶりのアルバムとなりますが、制作はいつ頃にスタートしたんですか?
本村拓磨(B) 本当は「MY REVOLUTION」から1年以内には次のレコーディングを予定していたんですけど、なんだかんだで曲が出そろわなくて。ちょっとずつ先延ばしになっていたんですけど、2024年に入ったあたりから本格的に進み出しました。
内村イタル(Vo, G) これまでは僕が全曲作って、みんなでアレンジするという進め方だったんですけど、今回は初めて永井と砂井くんが作った曲も入っている。それぞれが作曲したものを持ち寄るようになったのは大きな変化です。
永井秀和(Piano) 内村以外のメンバーも曲作りに参加するというのは、以前から飲み会とかで話題に挙がっていたけど、当時のスタッフの中にはいい反応じゃない方もいて宙に浮いてしまっていたんです。それもあって億劫になっていた部分もあるけど、砂井さんが「作ってきたからやってみよう」と口火を切ってくれて。それで僕も負けじと作り始めました。前作にも自分が作ったインストゥルメンタル「at dusk」が入っていましたが、しっかり歌がある曲は今回の「Departure」が初めて。
──そもそも曲が出そろわなかったのには何か原因があったんですか?
内村 単純に僕の曲作りのペースがあんまり上がらなかった。
本村 もともと内村はコンスタントに曲ができるタイプのソングライターではないと思っていて。ゆうらん船自体も初期はとにかくペースが遅くて、ライブは年間で4、5本できればよし、曲は自然発生的にできたら録音しようみたいなバンドでした。でも、「MY GENERATION」(2020年発表の1stアルバム)を出したあたりからライブも増えたし、2年後には「MY REVOLUTION」ができた。傍から見たらこれでもすごくのんびりしているほうだと思いますが、自分たちとしてはかなりアクティブになっているんですよね。
──ペースが落ちたわけではなく、むしろ今までより上げるためにソングライターを増やしたということですね。ライブについては近年、5人全員でなくても小編成や“2人ゆうらん船”とその都度出られるメンバーでステージに立つようになりましたね。
永井 それまでも内村イタルのソロ弾き語りにメンバーが一緒に出ることはあったので、バンド名義でやるかどうかだけの違いですね。ここ数年で自然と2、3人でも「ゆうらん船」として出るようになりました。
内村 小編成でのライブは音源通りに演奏する感じでもないし、毎回アレンジが違っていて。自由にできるし、どんな編成でもわりといいライブができるようにはなってきたと思います。基本的には僕のギター弾き語りに乗っかってもらう形式ではあるんですが、みんなはどう?
永井 最近のバンドでのライブはしっかり形を決めて演奏することが多いけど、小編成だとやることをあまり決めず、内村の弾き方に合わせにいく感じでいろいろと試していますね。自分は別の場所で即興演奏をやることもあるので、そんなに特別なことをやっている感覚はない。
本村 私は完全にマイブームの発表会みたいな場と化しているかも。ブラジルパーカッションにハマっていたらすぐ持っていくし、テクノにハマっていたらシーケンス組んでリズムパターン持っていくし。ベースはあんまり弾いてない(笑)。
みんなで作ってみよう
──制作の仕方がガラッと変わる中で、最初にできた曲は?
砂井慧(Dr) 最初に着手したのは自分が作った「Carry Me to Heaven」と、イタルの「Crack Up!」。そこから半年くらいかけて、アルバム曲が出そろっていきました。
──「MY REVOLUTION」では内村さんが曲作りから使うコードが少なく、リフレインしていく“踊れる曲”を意識していたという話がありました。今回は複数人が曲作りに関わる中で方向性を示し合わせることはありましたか?
砂井 それはなかったですね。「Carry Me to Heaven」は、もともと自分がやっていたWanna-Gonnaというバンドのために8年ほど前に作ったけど結局レコーディングしなかった曲なんです。だからこのバンドの曲ということをそれほど意識しなくても、今のゆうらん船だったら成立しそうだなと思っていました。それよりも、前作まではレコーディングが始まっているのに曲が足りないみたいな状態だったので、今回はアルバムに入れる曲をある程度決めてから臨みたかった。そのためにとにかく弾数を増やそう、自分も加勢するぞって意識でした。
内村 今回は入れられなかったけど、いっちゃん(伊藤)も曲を持ってきてくれたし、たくさんの候補から選ぶ余裕があったのは、すごくよかった。
永井 何かテーマを設けるというより「とにかくみんなで作ってみよう」という気持ちが大きかったね。その流れで最初はそのままライブで演奏できそうな曲にしようという狙いもありましたが、結果的にはそうならなかった。
砂井 確かに前作がめちゃめちゃポストプロダクションをしたアルバムだったので、今回はなるべく一発録りでできるようなものにしたいって話しましたね。でも今回もかなりポストプロダクションで作っています。
──私の感想としては、砂井さん作曲の「たぶん悪魔が」を筆頭に、まるで別のバンドと見紛うほどすごくキャッチーで開けた曲が並んでいることに驚きました。でも後半にどんどん陰りが出てくる。テーマはなかったとおっしゃいましたが、この入り口と出口がまるで違う感覚は非常にコンセプチュアルだなと。
本村 制作を進めていく中で砂井くんが作品全体のプロデュース、ディレクター的な役割を担ってくれて、途中から“両義性”というキーワードをぶち上げてアレンジや曲順に反映していきました。前半と後半の印象が違うのはそこを受け取っていただいたのかなと。
伊藤里文(Key) 今までは曲に対してどう膨らましていくかみんなで試行錯誤していくやり方でしたが、今回は砂井くんがまずイメージを作ってくれたことで、どの曲にもある程度目標地点が見えていた気がします。だから制作は効率よく進んだ。
1つの事柄の中に相対する意味を持つこともある
──砂井さんにその“両義性”を掲げた意図を伺いたいです。
砂井 昨年10月に先行リリースした「Carry Me To Heaven」は、確かに曲調も使っている言葉もポジティブではある。ただ、自分の想定よりも明るく元気いっぱいな曲として受け止められているような気がしたんです。でも「Carry Me」って受動的な姿勢だし、ネガティブな一面も抱えている。だからアルバムでは“1つの事柄の中に相対する意味を持つこともある”ということを含める意図がありました。
──その「Carry Me To Heaven」はアルバムでは(Accelerated)と副題がつき、楽曲の中盤から加速して、最後にはぶった切られてしまう。こんな大胆なアレンジを施してしまうなんて、と最初に聴いたときは思わず笑ってしまったのですが、これも先行シングルのときの印象を変えようと?
砂井 そうですね。本村くんにいじってもらって、ポジティブからネガティブに強制的に反転させる仕掛けを入れました。そして分解されたパートが次の「Thank God I'm in Heaven, or Transmission from Behind the Moon」でもリフレインされる。これもかなり最後のほうに思い付いたアイデアだったんですが、僕のギターと内村の歌だけで録音して、本村くんにビートを付けてもらいました。あとは全体の流れとしても、ここでA面とB面を変えようという狙いもありました。「MY REVOLUTION」は「Waiting for the Sun」が1曲目で夜中から始まり、最後は「good morning」で朝になって終わる。今回は逆に「Intro: Good Morning, This Is a Navigation to Nowhere」で朝から始めるという、前回とは時間軸を真逆にしています。でも前作が暗くて、今回が明るい作品かというとそうではない。どちらも陰陽が含まれているものにしたかったんです。
──前作では1曲目だった「Waiting for the Sun」が再レコーディングされて最後に(Reprise)として収録されているのも、逆転して対比させる意図を感じます。
砂井 「MY GENERATION」の「rain」や、「MY REVOLUTION」の「good morning」しかり、それまでの流れからちょっと落ち着いて出口に向かうような曲を最後に置いていたので、今回もその意識はありましたね。だからこの曲もほかとは違って、その場の空気を含んだちょっとラフな音像になっています。
内村 毎回アルバムを作り込んでいくうちについついカオスになりがちなんですけど、最後にこの曲を置いたことできれいにまとまった。
──ゆうらん船は毎回アルバムの流れもドラマチックで、特に終わり方には美学すら感じます。そこにこだわる理由などはありますか?
砂井 カーテンコールまでちゃんとやりきりたいという感覚がありまして……すごく説明が難しいんですけど、このバンドが作っているのはあくまで音楽という創作物であり、自己そのものを表現していると勘違いされたくない。この作品の中の世界をちゃんと完結させてリアルと線を引きたいんだと思います。
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録音芸術の面白さ