東京国際映画祭に出品された「
生まれつき難聴を持つ元プロボクサー・小笠原恵子の自伝「負けないで!」を原案に、東京下町のジムで練習を続けるケイコの毎日と、ボクシングを続けることへの迷いを描いた本作。
本作は岸井主演で「負けないで!」をもとにした映画を作らないかというプロデューサーからのオファーで実現。三宅は「僕はボクシングのことも、ろう者の方々の生活も身近ではなかったので、かなり検討する時間をいただいた」と振り返りながら、引き受けた理由を「簡単に言うと、小笠原恵子さんのかっこよさに惹かれまして。彼女をモデルに新しい物語を作ろうと思いました」と明かす。岸井はボクシングのトレーニングを3カ月間行い撮影に臨んだ。三宅は「実際にカメラを回したのは18日か19日間程度。先日もっと長い期間撮りたかったと岸井さんに話したら『いや、それぐらいが限界。2カ月とか演じるのは絶対無理』と(笑)。身体的な負荷がすごく高い中で誠心誠意、この映画に向き合ってくれました」と感謝の言葉を語る。
不安や葛藤を溜め込んでいくケイコの感情の揺れ動きや周囲の人々との関係性の変化を静謐に捉えた作品となっており、三宅は「ただでさえ我々は日々年老いて変化していくにもかかわらず、ボクサーはわざわざ傷付けてまで、あるいは鍛え抜いて変化していく自分の体に向き合う人たち。舞台である東京も日々変化しているように、何か変わっていくものがこの映画の中心にはあると思います」と話す。舞台は北千住や浅草など、隅田川や荒川が近くを流れる東京の東側が中心。三宅は「初めて東京を主な舞台とした映画を作れることになって、直感的に、あのエリアで撮ってみたいと思いました。さんざん歩きまして。川によって地形が変わって、作られてきた場所。自然と向き合ってきて、ある意味、地形的に安定しなかったところ。つまり明日どうなるかわからない、そういう背景はあるなと思っています」とケイコの心情と照らし合わせて語った。
16mmフィルムで撮影した理由を問われると「フィルムが好きだった」「フィルムで撮ることで撮影回数を減らしたかった」といくつかの要因を述べつつ、「普段見慣れている街が少し違って見えるような経験をしたかった。映画を観る喜びは映画館を出たあとに、さっき歩いていた何の変哲もない道が変わって見えること。『あれ、こんなにいい街だったっけ』と思うのが好きなので、フィルムが助けてくれたらいいなと考えてました」と回答。ミット打ちの打撃音や電車などの都市の音、生活音が印象に残る音響となっており、観客から環境音が少し強めに響いていたことを指摘されると、三宅は「耳の聞こえる人間として育って、恥ずかしながら“自分は耳が聞こえる”ということすら意識せずに生きてきた。この映画を作るに当たってろうの方々とコミュニケーションをする機会が増えました。難聴のレベルは人によってさまざまなので、どこまで聞こえてるのか聞こえてないのかは正確にはわからないですが、初めて『今、目の前の人には音が聞こえていない』と意識したことが前提にあります。その感覚に基づいて、この映画の音を設計していきました」と明かした。
手話での会話シーンは、字幕の用い方が異なる演出も。洋画の字幕のように画面の端に表示する場面が一番多いものの、サイレント映画が発話の内容を文字の画面で示したように手話の意味を伝えるシーンや字幕が一切表示されない場合もある。観客から、聴覚障害者同士の会話シーンで字幕を表示しなかった意図を問われると、三宅は「字幕を載せると、手話のできない自分は字幕を読むことで手話の細かい動きのニュアンスを見逃してしまう。ここにおいては手話の意味よりも、人がどのように振る舞っているのかを見ることが大事だと思いました。いろんな人に相談しながら字幕なしという選択を取りました」とコメント。三宅がもっともお気に入りと語るこのケイコと同級生の場面には、実際にろう者の俳優である山口由紀と長井恵里が出演している。また文字だけの画面を挟み込む場合についても「先ほどの理由と少し似ています。意味を受け取ってもらうより先に(手話を)見ることから、この映画を始めたいと思いました」と答えた。
最後に岸井の第一印象について質問が飛ぶと「今日、一番難しい質問をいただいた気がします……。こっちも緊張してたから、そんなに覚えてないな」と苦笑いしながら、「向こうはめっちゃ怖かったらしいです」と岸井からの印象を打ち明け笑いを誘う。そして質問には「なかなか言葉にしがたい。言葉にした瞬間、それで終わっちゃう感じがして。まだ終わりたくないんです。岸井さんの第一印象は言葉にできませんが、ケイコという存在を観た皆さんには、ぜひたくさん言葉にしてほしい。SNSで読めたらうれしいです」と言葉を返した。
「ケイコ 目を澄ませて」は12月16日より東京・テアトル新宿ほか全国ロードショー。
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岸井ゆきの主演作「ケイコ」初披露、三宅唱が描いたのは“変化する体に向き合う人” - 映画ナタリー - 三宅は「僕はボクシングのことも、ろう者の方々の生活も身近ではなかったので、かなり検討する時間… https://t.co/oyJKMVYzrN