映画「炎上」主演・森七菜インタビュー | トー横に生きる少女に身を投じた日々、仲間たちと過ごして実感「この場所が好きだ」

森七菜が映画単独初主演を飾る映画「炎上」が、4月10日に公開される。同作は、カルト宗教信者の両親に厳しく育てられ、自身の感情を表現することが苦手な“じゅじゅ”こと小林樹理恵の物語。家族との関係に耐え切れずに家を飛び出し、SNSを頼りに東京・新宿の歌舞伎町にたどり着いた彼女は、さまざまな人との出会いを経て自分の意思を持てるように。歌舞伎町が唯一の安心できる居場所になっていく。

じゅじゅを森が演じ、彼女と一時保護施設で出会う三ツ葉葉子役で「PERFECT DAYS」のアオイヤマダが出演。“トー横”で過ごす仲間たちに曽田陵介、森かなた、髙橋芽以、高村月、きばほのか、月街えい、川上さわ、ユシャ、みおしめじ、広田レオナ、一ノ瀬ワタルが扮したほか、じゅじゅの両親役に古舘寛治、松崎ナオ、妹役には新津ちせが起用された。監督を務めたのは、「そうして私たちはプールに金魚を、」「ウィーアーリトルゾンビーズ」で知られる長久允。彼は企画を5年間温め、多様なバックグラウンドを抱える歌舞伎町の人々に取材を行った。第42回サンダンス映画祭ではNEXT部門にノミネートされている。

このたび映画ナタリーでは森にインタビューを実施。主人公じゅじゅとの出会いに「縁を感じた」という森は、壮絶な人生を紡ぐ彼女に身を投じた撮影期間を回想。同じ場所に生きるキャラクターたちと過ごした、かけがえのない時間を振り返っていく。後半にはデビュー10周年を迎えた現在地、持ち続けた“こだわり”についても語ってくれた。

取材・文 / 大畑渡瑠撮影 / 清水純一

映画「炎上」予告編公開中

じゅじゅと自分は物事の感じ方、心の奥底にあるものが一緒

──じゅじゅの人生には“壮絶”という言葉じゃ言い表せないぐらいの過酷さを感じました。演じることに恐怖や不安はなかったのでしょうか。

「演じ切れる!」という自信がものすごくあったわけではないのですが……台本を読んだときに「これから自分が体験していく未来なんだ」とスッと受け入れることができました。「私でいいのだろうか?」という余計な緊張感はなかったかもしれない。

──運命的なものを感じた?

導かれるもの、惹かれるものがあったというか、縁を感じたんですよね。それほど台本には「自分がこれから過ごしていく時間」がはっきり書かれている感じがしたんです。

森七菜

森七菜

──長久允監督とは今回が初タッグになるんですよね。監督の作品はポップな色彩や音など、かなり特徴的な印象があります。

「そうして私たちはプールに金魚を、」を事前に拝見していました。今回のお話をいただいた際、最初は監督の作品の世界観に食らい付いていけるのかを自分に問うような気持ちだったのですが、実際にお会いしてみたら、監督がご自身の作品を擬人化したような方だったんですよ(笑)。そこにとても安心したというか、監督がそばにいてくれれば、自然と作品に溶け込めるだろうと思えたんです。

──監督とともに“じゅじゅ”を作り上げていく中で感じたことは?

映画の中でトー横に集う登場人物たちは、悲しみを悲しみとしてちゃんと受け取れない部分があるんですよね。ずっと笑っているし、「やば」という一言で終わらせてしまうみたいな。映画で描かれているじゅじゅを含めた彼女らの日常には常に“地獄”がベースにあって、そこに「楽しい」「うれしい」といった感情が乗ってくる。だからこそ、結局は“地獄”に帰ってきてしまうんです。彼女たちの感情は、常に生き方そのものとリンクしています。

──そんな彼女たちに、役として身を投じていくのは大変な作業だったかと思います。

じゅじゅと自分は見ているもの、好きなものが違うというだけで、物事の感じ方や心の奥底にあるものは一緒なんです。だから撮影当時は「悲しかった」「つらかった」というネガティブな思い出はほとんどなかった。でもサンダンス映画祭で本作を2回目に鑑賞したとき「実は演じる中で悲しい、つらいという感情が自分の心のどこかにあったんだな」と気付きました。撮影ではその感情をちゃんと抱けていなくて、どこか麻痺していたのかもしれませんね。でもその感覚は自分の役の作り方に通ずるものがあるなと感じました。

映画「炎上」より、森七菜演じる主人公・小林樹理恵(じゅじゅ)。幼少期に両親から厳しい教育を受けた彼女は家を飛び出し、新宿・歌舞伎町にたどり着く

映画「炎上」より、森七菜演じる主人公・小林樹理恵(じゅじゅ)。幼少期に両親から厳しい教育を受けた彼女は家を飛び出し、新宿・歌舞伎町にたどり着く

撮影では「純真な部分を、あえて悪く利用してみようかな」

──じゅじゅは両親から虐待を受けていましたが、歌舞伎町で仲間と出会っていくことで段々と目に光を宿らせていく。その過程で人間としての存在感も立ち上がっていくように感じました。

あまり計算してできるタイプじゃないので……感じたままお芝居をしていました。自分の中では、今まで演じてきた役と比べてギャップがあるわけではなかったんです。でも観た方には“挑戦的な役柄”だと思ってもらえるのだろうな、ということには気付いていて。

──なるほど。

撮影では自分の中にある純真な部分を、あえて悪く利用してみようかなと思っていました。思いっきり笑ってみる、みたいな。「“地獄”でそんな笑い方してたら怖いよ」と思われるくらいに(笑)。社会の中にいると邪念が生まれることも多いですが、じゅじゅは感受性が強く、目の前のことをまっすぐに受け入れている。そんな部分を表現できたらと。監督が私を選んでくれた理由もそこにあるような気がしていて。

──トー横に集まる仲間たちと過ごしているシーンに、その“純真さ”がありましたね。

みんなが本当に心の底から楽しんでいて、自分がやりたいと思ったことをのびやかにやっているからこそ、私もすごくまっすぐな気持ちで「この場所が好きだ」と思えました。みんなの行動1つひとつが、自分にとってじゅじゅに近付くための欠片や栄養になっていたなと。中にはお芝居が初経験だった方もいて……私は初めて芝居するときはすごく緊張したのに、そんなことを感じないくらい楽しんで演技をされていたので、私自身もとても助かりました。

森七菜

森七菜

──その一方で、随所に挟み込まれるモノローグがとても胸に刺さりました。「影が1つもない世界……そんなもんあるかよ」というような、吐き捨てる一言にハッとさせられます。

じゅじゅの中にある“周波数”のもっとも低い部分をモノローグに乗せたような気がしています。言葉にするのもなかなか難しいですが……どんなシーンでも彼女のローな部分、一歩引いた部分を持ちながらお芝居をしていくことによって、ただかわいそうな人というだけではなく、1人の人間として完成するのではないかなと。モノローグはその意識を“声”にしていく作業でした。