「ノマドランド」のクロエ・ジャオが監督を務めた映画「ハムネット」が、4月10日に公開される。
16世紀イギリスの小さな村を舞台にした本作は、薬草の知識に優れ、不思議な力を宿したアグネス・シェイクスピアと、ロンドンで劇作家として活動する夫ウィリアム・シェイクスピアの“愛”と“悲劇”の物語。ウィリアムが不在の中で3人の子供たちを守り奮闘するアグネスだったが、あるとき一家に大きな不幸が降りかかる。
本作は第83回ゴールデングローブ賞のドラマ部門で作品賞を受賞したほか、アグネスを演じたジェシー・バックリーが第98回アカデミー賞で主演女優賞に輝いた。ウィリアムをポール・メスカルが演じたほか、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィンらが出演。製作にスティーヴン・スピルバーグとサム・メンデスが名を連ねる。
映画ナタリーでは、「ハムレット」をはじめ「じゃじゃ馬ならし」「泣くロミオと怒るジュリエット」など、さまざまなシェイクスピア関連作に出演経験がある俳優の柄本時生にインタビューを実施した。大の映画好きとしても知られる柄本は、本作をひと足早く鑑賞し「こういうのが観たかった!」と大満足。アグネスとウィリアムの関係性に“救われた”と話し、俳優ならではの目線でバックリーと義姉・安藤サクラの共通点を教えてくれた。さらに「涙が止まらなかった」という舞台シーンの感想もたっぷりと語っている。
取材・文 / 黒瀬朋子撮影 / 間庭裕基
ヘアメイク / 住本由香(MARVEE)スタイリング / 矢野恵美子
映画「ハムネット」予告編公開中
「オセロ」「リア王」「マクベス」と並んで、シェイクスピアの四大悲劇の1つとして知られる戯曲「ハムレット」。1601年頃に書かれたと推測される同作は、デンマークの王子・ハムレットが、父である王の急死や母の再婚に深く苦悩し、叔父の罪を暴こうとする復讐劇だ。
映画「ハムネット」の原作は、2020年に発表されたマギー・オファーレルによる同名小説。この小説は、オファーレルがシェイクスピアの1人息子・ハムネットに関する詳細を発見してから、30年近く温めてきたものだった。原作者でもあり、監督のクロエ・ジャオと映画「ハムネット」の脚本を手がけたオファーレルは「『ハムネット』という少年と戯曲『ハムレット』との関連性が誰にも指摘されなかったのは、この少年にとって非常に不当だと、私はずっと感じていました」と語っている。なお映画「ハムネット」は「ハムネットとハムレットは実際には同じ名前で16~17世紀の記録文書ではどちらを使ってもよかった」という解説から幕を開ける。
映画「ハムネット」の主人公は、息子・ハムネットではなく母・アグネスだ。劇中では彼女とウィリアムの結婚生活や子供たちの誕生、そして家族に降りかかる深い悲しみがつづられる。そしてその出来事は、のちに世界中の人々に愛される悲劇「ハムレット」の創作へとつながっていく。
映画ファンとして「こういうのが観たかった!」
──「ハムネット」をご覧になった感想をお聞かせいただけますか?
クロエ・ジャオ監督は、「ノマドランド」(2020年)で初めて知りました。家を失った女性が遊牧民的な生活を始めるという題材から、そりゃ面白くなるでしょうよ、と思ったけど、本当に面白くていい映画でした。
「ノマドランド」は画面の外側が想像できるような画だったんですけど、「ハムネット」は対照的な閉塞感のある画。特に室内のシーンなどは、遠近法を使った絵画みたいな舞台美術で、ぐーっと固め込まれているような画だなと思いながら観ていました。監督はどういう思いで撮ったのかなとすごく興味が湧きました。
──劇作家のウィリアム・シェイクスピアと妻のアグネスの家族の物語なので、どこか演劇的な印象だったり、家や古い慣習に抑え付けられていた2人というのを表していたのでしょうか?
そう思います。今回、監督の力がすごく入っているなあと思いました。閉塞感を表す美術や画作りだって、相当な覚悟がないとできない気がするんですよね。
──思いきっているということですか?
思いきっているし、観客の中には「そんなに主張されても困るよ」と思う人もいるはず。でも、そんな声を厭わない覚悟を感じて、感動を覚えました。
──その世界観を表すために、いろんな要素をてらいなく投入しているということですね。だから、物語に没入できるのかもしれないですね。今回、そこまで監督が覚悟を持てたのは、なぜでしょう?
アグネス役のジェシー・バックリーの存在は大きい気がしますね。女性監督が女性を描くって、生半可なものじゃ許されないんだろうと思いますし、「ハムネット」は特にそれを感じました。
アグネスが登場する冒頭の場面は、森の中で、大きな木から見下ろすようにして、森の地面に丸まって眠る彼女を映しています。このワンカットだけで、彼女が自由な人であること、野生味があることがわかるんです。この表現だけでも素晴らしい。映画的言語を使った表現で、「こういうのが観たかった!」と、映画ファンとしてはすごくうれしくなりました。
──映画の最初のシーンってけっこう大事ですよね。
舞台では最初の5~10分が面白くなかったら、ダメなんだそうです。ちゃんと観てもらえなくなる。映画も同じだと思います。冒頭のシーンで心がつかまれると、期待感も膨らみますよね。
映画ってこれまでにたくさん作られてきたから、まったく新しい表現なんてないし、過去の名作にどうやったら勝てるかというのは、どんどん難しくなってきていると思うんです。そんな中、こういう映画的な言語の中で筋の通ったカットが出てくると、それだけで興奮しますね。
ジェシー・バックリーと義姉・安藤サクラの共通点
──アグネスは薬草に詳しく、少し未来が見えるなど、村人たちからは魔女のように思われています。アグネスという女性に関してはどう思われましたか?
愛らしくて自由で、1つの女性の理想像のような気がしました。自分を持っているし、母親としても魅力的ですよね。
アグネス役のジェシー・バックリーは、僕と同じ1989年生まれなんです。「ウーマン・トーキング 私たちの選択」を観たときにも野生的だなと思ったし、1つひとつの芝居で、その都度違うことをしているんじゃないかなと想像しています。その場で起きていることをちゃんと感じ取れないと、うまくセリフが出てこないタイプというか。自分自身の感覚をどれだけ役に近付けるかに、鋭敏な感性を持っている気がします。かっこいいですよね。もしかしたら義姉に似てるんじゃないかなと思ってしまいました。
──安藤サクラさんに! なるほど。そういう“野生的”な俳優とお芝居をするのは、共演者側は乗せられるんですか? それとも怖いものなんですか?
2つに分かれると思います。乗っかるタイプ、自分から巻き込まれるタイプもいるだろうし、「なんでこっちが合わせなきゃいけないんだ」と思う人も中にはいるだろうし。野生的というのはある種の自分勝手でもあるので。でも周囲を引き込むからこそ生々しくもあるし、納得させられるんだと思います。バックリーはアカデミー賞主演女優賞、いけるんじゃないですかね?
※編集部注:取材は第98回アカデミー賞授賞式直前に行われ、柄本の予想は的中した
──夫のウィリアム役のポール・メスカルは、バックリーのお芝居に乗せられていたんでしょうか。
いや、バックリーを支えたんじゃないかなと思います。夫婦役ということもあって、どちらかが発散して、どちらかが受け止める構図になりますから。この2人の信頼感は素晴らしいものがあったと思います。
ウィリアムがロンドンに帰らなきゃいけないと言ったときの、夫婦の言い合いの長回しの場面。監督は2人に芝居を任せて、台本の先もしばらくカメラを回していたんじゃないかな。あまりに息が合っているから、やり取りがなかなか終わらなくて、最終的にポールがジェシーを抱き抱えて去ったんじゃないか? そんな想像をしていたら、面白くてたまらなくなりました(笑)。
──半分、監督目線ですね(笑)。ウィリアムとアグネスの夫婦像に関してはどう思いましたか?
なんて愛のあふれた2人なんだろう!と思いました。言葉にする以前に、お互いが相手のことをすごく思っていることがわかるから、衝突する姿も愛おしいんです。
ただ、2人はおそらく好きなものが違うんだと思います。アグネスは森の中で薬草を採ったりして、自然の中で生き生きとしていられる。でも、ウィリアムは、創作の場に身を置きたかったから、街に行かざるを得ない。ウィリアムは社会的評価を得られる場所に出たけど、アグネスは他人の評価とは無関係の、自分の場所で、確固たる自分を持てる女性です。
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シェイクスピア劇に「高尚なもの」というイメージはない



