左から村山章、西森路代、ビニールタッキー。

2023年の映画界を振り返る、村山章×西森路代×ビニールタッキー鼎談

“希望の星”マ・ドンソク、低調なMCU、「バービー」「マリオ」の大ヒット、騒ぎになったバーベンハイマー

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「バービー」「マリオ」が大ヒット、ポイントはIPの活用?

──日本では今年「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」「名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)」「君たちはどう生きるか」がヒットしました。昨年公開の映画だと「ONE PIECE FILM RED」「THE FIRST SLAM DUNK」「すずめの戸締まり」などがヒットして、今年も引き続きアニメが強いです。

村山 「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」はハリウッド製作ですが、やっぱり日本のアニメってすごいと思います。「君たちはどう生きるか」の表現の強さにはただただ感心しますし、「スパイダーマン:スパイダーバース」(2018年製作)の監督陣は宮崎駿からの影響を公言されてましたよね。今年3月に公開された「長ぐつをはいたネコと9つの命」の監督は大友克洋の「AKIRA」に影響を受けたと言っていて、すごくいい温故知新だなと。今年9月公開で「アリスとテレスのまぼろし工場」というアニメがあったんですが、正直テーマや価値観的には相容れない内容ではありつつ、クオリティの高さとエネルギーの総量には圧倒されて、インパクトでは今年のベスト映画かもしれません。「THE FIRST SLAM DUNK」も観たことがない映像表現に腰を抜かしました。

ビニールタッキー 「THE FIRST SLAM DUNK」は懐かしいと思ったら最先端っていうパターンでしたよね。

村山 原作者の井上雄彦さんが監督として統率して、細部までコントロールしているレアケースだとは思いますが、日本のアニメ業界にああいう作品を生み出せる土壌があるのはすごいことだと感じます。

西森 「THE FIRST SLAM DUNK」が450万人超え、「すずめの戸締まり」が550万人超えで韓国でも大ヒットしました。これらは、今年韓国で上映されたすべての映画ランキングの10位以内に入るほどの成績です。「君たちはどう生きるか」は公開されてすぐに観客動員100万人を超えたけれど、「それでは少ない」とみなされていました。昔は100万人を超える日本映画自体がほとんどなかったんですが、今年に入ってから話題作なら100万人は普通という感じになりましたね。日本はマリオのようにハリウッドでアニメ化されるIPがあるのもすごいと思います。韓国の企業は今IP戦略に力を入れようとしているんじゃないかな。この前久しぶりに行ったら「すみっコぐらし」「ちいかわ」などの癒やし系のキャラクターを見ることが多く、韓国オリジナルのそういうキャラを作ろうとしている印象を受けました。

ビニールタッキー 世界的に大ヒットを記録した「バービー」「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」のほか、MCUやDC作品、「トランスフォーマー/ビースト覚醒」「ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!」などもIPを生かした映画です。作品がヒットすることによってグッズもどかんと売れるという、映画会社にもグッズを出している企業にも利益を生むビジネスモデルがあると思います。

西森 日本だと「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」がそうですよね。

ビニールタッキー はい。たまに「日本映画はマンガ原作ばかり」みたいな批判的な声を聞くことがありますが、日本にはそれだけIPがあるとも言えますし、IPを活用した映画が連発されているのはハリウッドも同じなので、現状を単純に腐すのはちょっと違うんじゃないかなと。「オリジナルの映画をもっと観たい」といった気持ちもわかるんですが、例えば「ゴジラ-1.0」がアメリカでヒットしているのも長い時間を掛けてゴジラというキャラクターを育ててきた成果ですし、決してネガティブな見方しかできない状況ではないと思っています。

リバイバル上映は過去作との理想的な出会い方

村山 ちょっと話は変わりますが、チリ発のアニメ「オオカミの家」が日本でヒットしましたよね。最初はわずか3館での上映でしたが60館くらいに拡大されて、ああいうとがった作品にもお客さんが集まって本当によかったと思いました。去年からやっているシャンタル・アケルマンの特集のような埋もれていた映画監督にスポットを当てる企画も好調みたいですし。あとは旧作のリバイバル上映が多かった年という印象があります。

ビニールタッキー 今は「ゴーストワールド」のリバイバル上映をやっていますが、けっこう観られているようで個人的にはうれしいです。去年ですが、ウォン・カーウァイの特集企画「WKW4K」もヒットしましたよね。

西森 アカデミー賞作品賞を獲ったA24作品「ムーンライト」の監督、バリー・ジェンキンスもウォン・カーウァイからの影響を公言していますし、世界的に人気が高まっているという話を去年聞いたことがあります。あるカメラマンが話していたのが、前まではウォン・カーウァイっぽい色合いで撮った写真は「古いんじゃない?」と言われていたらしいんですよ。でも最近は「いいね!」と言われることが多くなったそうです(笑)。

ビニールタッキー ははは、なるほど(笑)。昔の映画を配信で観ようと思うと選択肢が多すぎて迷うことがあるので、リバイバル上映はリコメンドされている感じでありがたいです。再上映にあたって新しいビジュアルが公開されたり、著名人が感想を寄せているのを見ると取っつきやすくなる。理想的に昔の作品に触れられている感覚があります。

村山 配信が台頭してきたときに期待していたこととして、旧作・新作に分け隔てなくアクセスできることで昔の映画が新鮮に響くことがあるんじゃないかというのがあって。それが最近はリバイバル上映という形で実現していると感じます。自分のような年寄りが「懐かしいね」と言って観るだけではなくて、昔の映画に興味を持った若者が劇場に足を運んで、その映画体験をきっかけに新しいものを生み出すこともある気がします。今年はレスリー・チャン主演、チェン・カイコー監督作「さらば、わが愛/覇王別姫」4K版の上映もありましたね。

西森 あれは今映画館で観られてよかったと思いました。ジェンダー観やイデオロギー、家族観などが二項対立ではなく複雑に描かれていて、昔は理解できなかったことが今観るとしっくり来るという。ビニールタッキーさんからビジュアルの話が出ましたけど、「さらば、わが愛/覇王別姫」も「WKW4K」も画にインパクトがありますよね。それも「観てみよう」と思う理由になるのかなと思います。

映画ナタリーXアカウントより。

“映画宣伝ウォッチャー”から見た宣伝の実情

村山 せっかくの機会なので、映画宣伝ウォッチャーのビニールタッキーさんに伺いたいことがありまして。日本映画製作者連盟によると、2021年に日本公開された映画の本数は959本、2022年は1143本でした。2023年はおそらくそれを超える本数になると思っていて、いろんな映画が観られる状況は大変ありがたいのですが、あまりにも宣伝が足りてなさすぎる作品が多いと感じているんです。

ビニールタッキー ありますね。

村山 あれはどういうことなんでしょうか……?とビニールタッキーさんに聞くのもおかしな話ですけど(笑)。

ビニールタッキー 僕も聞きたいくらいです(笑)。映画宣伝をウォッチしているのは7、8年前からなんですが明らかに傾向は変わってきていて。以前は公開規模の小さい作品でもお笑い芸人やタレントを呼んでトークイベントをやったりすることが多かったんですが、今は大作に力を入れる一方でそういう宣伝が少なくなっていて僕的には寂しいです。お金はないけれどもXでの宣伝をすごくがんばっていたりとか、工夫してやられている面白い試みもたくさんあるんですが、担当者の思い入れの差がにじみ出ちゃっている気はしますね。

村山 なるほどー。今年の東京国際映画祭でペドロ・アルモドバル監督の短編「ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ」を観て、ものすごく面白かったんですけど、配信になるのかなと思っていました。でもこの前東京のヒューマントラストシネマ渋谷に行ったら上映していたんですよ。自分がアンテナを張れていなかったのもあると思うんですが、周りの映画好きに聞いても知らない人が多くて。

西森 予算の都合は大きいと思います。日本での上映を実現するところまでいっても、それを宣伝するお金の捻出は難しいという。

村山 それでもアンテナを張って観に行く人たちがいるというのはすごいことなんですけどね。観る側のアンテナの感度が問われすぎていないかという気はします。

ビニールタッキー まったく宣伝をしなかった「君たちはどう生きるか」の興行収入は80億円台で、ジブリの作品としてはそこまでいい数字ではなくて。やっぱり宣伝なしだった影響はあるのかなと感じました。公開当時に一緒に仕事をしている人たちと話したのを覚えていて、「宮崎駿の10年ぶりの新作長編だよ」と言ったら「いつ公開されるの?」って。もう始まってるのに誰も知らなかったんですよ。アメリカでは予告編や場面カットが用意され、声優も事前に知らされたうえで公開されて大ヒットしているニュースを見ると、やっぱり宣伝はしたほうがよかったんじゃないかと思ったりします。

映画「君たちはどう生きるか」(英題「The Boy and the Heron」)英語版予告

村山 英語版の声優はクリスチャン・ベールデイヴ・バウティスタジェンマ・チャンウィレム・デフォー福原かれんマーク・ハミルロバート・パティンソンフローレンス・ピューとすごいメンバーですよね。

ビニールタッキー それを知って僕も英語版を観てみたいと思いました。

※宮崎駿の崎は立つ崎(たつさき)が正式表記

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「バーベンハイマー」とはなんだったのか

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ビニールタッキー @vinyl_tackey

映画ナタリーさんの2023年の映画界を振り返る鼎談に参加しました!村山さん、西森さんという尊敬するお二人とお話しできて光栄でした。明るい話暗い話笑える話色々しましたのでぜひご覧ください。

2023年の映画界を振り返る、村山章×西森路代×ビニールタッキー鼎談 https://t.co/LTWJ9VXEME

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