「LUPIN THE IIIRD」シリーズ最新作となる「
「ルパン三世」で印象的なシーンと言えば、変装したルパンがゴムマスクをベリベリっと剥がし、自らの正体を明かすあの場面だ。ルパンはこれまでお宝を盗むために老若男女のあらゆる人物に姿を変え、テレビの前にいる私たちの目も欺いてきた。あのゴムマスクを現実で作るとしたら……? 映画ナタリーはそんな疑問を胸に、特殊メイクや造形を行う会社・メイクアップディメンションズへ。かつて実写映画「ルパン三世」の特殊造形を担当したほか、Netflixシリーズ「地面師たち」、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」など数々の制作現場に参加しているメイクアップアーティスト・江川悦子に話を聞いた。
取材・
こういうスッとした顔でしたら、どなたのマスクでも制作できると思いますよ
──率直に聞いてしまうのですが、ルパン三世から「ゴムマスクを作ってほしい」と言われたらどうしますか?
うーん、まずはルパンにお会いして、顔の型を取りますね。通常の現場では、役者さんに被ってもらうための土台としてまず“ライフマスク”という白いマスクを作ります。その上に素材を乗せて造形していくことで、顔にフィットするものが作れるんですね。かつては材料を顔に塗って型を取るため時間が必要でしたが、今だとルパンに椅子に座っていただき、ハンディスキャナーで顔回りを一周読み込むだけで作ることができる。5分も掛からないですよ。
──すごいですね。そこから変装する人物に合わせて造形をしていくと。
その際には対象となる人の顔写真がまず正面ポーズで1枚欲しいですが、ベターなのは後ろ、斜めも含めて45度間隔でぐるっと顔1周分をいただくことですかね。
──じゃあ次元に写真を撮ってきてもらわないと。
そうですね。あと、皮膚を伸ばすように脱ぐのであれば、やわらかい素材を使わなければいけませんね。剥がすときに、口の部分がフワッとなるのもマスクの面白いところ。シワの具合も、写真をいただければ推定して作り込むことが可能です。制作期間はだいたい1カ月くらいでしょうか。
──ルパン三世の輪郭は作りやすい形ですか?
面長で細いからいいですよね。もしルパンがふっくらした顔で、痩せたおばあちゃんのマスクを作ってくれと言われると物理的に難しいんです。こういうスッとした顔でしたら、どなたのマスクでも制作できると思いますよ。だから太ったりしたら痩せてもらわないと(笑)。
どうしても目は出てしまうから…
──作りやすいヘアスタイルはあったりしますか?
中途半端に短いパターンだとペイントでもうまくいかないし、短い毛を用意するのが大変なんです。長い髪であればウィッグ的なものをパッと被せることで作れてしまうんですよね。
──マスクを被って、どの程度バレずに過ごせるのかなって思うのですが……。
私は日頃からハードルの高い現場で仕事をしていますから、作ったマスクはそんなにバレやすくないと思いますけどね(笑)。
──近くに寄って見られたりしたら……。
どうしても目は出てしまうから、(変装する対象が)切れ長の目の人とかだったら目周りのメイクを注意深くやらないといけないし、おばあちゃんに変装するのだったら大きくて垂れ目に見えるメイクを施すことが必要かなと。もし余裕があるのだったら作ったサンプルを1回ルパンに被ってもらいたいかも。
──目のあたりでバレないようにすることが重要なポイントになるのですね。
そうですね。あとマスクはしょせん作り物ですから、マスク姿を長時間見せることはリスクになっていきます。一瞬の勝負!っていう感じで、ルパンには上手にやっていただきたいですよね。
理想の外し方は?「指導をするとしたら、顎の部分を外すポイントを伝えるかな」
──ルパンで印象的なのは銭形に変装するパターンかと思います。
それこそ“ライフマスク”は確実に必要になりますね。銭形はかなりエラが張っていますし、そのあたりを作り込むと分厚くなっていきますので工夫が必要。薄くても形が崩れにくく、輪郭を保つことができる素材を選ぶ必要があります。しっかり見せるのであればシリコンを使用したほうがリアルには作れますが、コストが掛かってしまう。ラバーも形状を保ちやすいですし、耐久性はこちらのほうが優れていますよ。
──であれば、銭形のマスクはラバーで作ったほうがいいかもしれませんね。何回も変装しますし……。ちなみに、マスクに負担が掛からないような脱ぎ方はあるのでしょうか?
ルパンシリーズを拝見していると、顎の部分をとても強く引っ張って脱いでいますよね。伸縮性があるタイプを使っていると思いますが、当然引っ張る距離が長いと機能が落ちてくる。一気に劣化するわけではないですが、あんまり強い力を入れないほうがいいかなと……。大切に使ってほしい(笑)。
──ですよね(笑)。
後頭部の部分を切っておいて、パカッと前方向に外すやり方も面白いかなと思いますが、やはりルパンがやっているように顎のラインに手を添えて、バッて一気に外すやり方が一番速いですよね。まず片手でできるし、マスクは動かないよう基本的に顎にちゃんと引っかかるように作ってありますから。もしルパンに指導をするとしたら、顎の部分を外すポイントを伝えるかなと思います。
レクチャーを受けたナタリースタッフが実践した“理想の外し方”
──そう考えると、ルパンはとてもきれいに剥がしますよね。誰かから教えてもらったのでしょうか?
そうですよね、実際はこんなにスマートにはいかないですよ(笑)。もたついちゃったりするし、顔も険しくなりますから。
──ちなみに、ルパンがゴムマスクを使用したおかげでがっぽりお宝を手に入れたら、どのくらい分け前がほしいですか?
いやいや、普通の料金をいただければ問題ないですよ! だってルパンは泥棒じゃないですか(笑)。あくまでも仕事をいただくクライアントとして、距離を取って接したいですね。ルパンは毎回新しいマスクを作っているけど、どこに発注しているんだろう……。
マスク制作で大切なのは、監督が持つイメージをどう具現化するか
──そもそもの質問ですが、特殊造形として作品に参加される際はどのように依頼を受けられるのでしょうか?
ゴムマスクの例で言うと、「どのような形状のマスクか」「誰が被るか」「どこでどういうふうに被りたいのか」とシチュエーションをある程度把握します。最近だとCGを加えることも多いので、マスクと皮膚の境目など足りない部分をカバーいただけるように簡素化して作るケースもあったり。まずはそのような話し合いをしてから作業に入りますね。
──なるほど。
撮影する際の状況がわかれば、ラバーなのかシリコンなのか素材も自然と選べます。剥いだ裏面をリアルに見せるものが流行っていたときもあり、その際は肉感を表現するため、皮膚の裏のように見える素材を付けていました。あくまでも台本上の動きに合わせて制作することが重要なので、打ち合わせをして監督が持つイメージをどう具現化するかを考え、提案いたします。
──制作期間はどのくらい掛かるのでしょうか?
ダミー制作に1カ月半、実制作に1カ月くらい掛かりますので、3カ月くらい前から準備することが多いですね。1年前から企画があって、絶対に特殊メイクがある場合は早めに連絡をいただくこともあるんですけど、いよいよクランクインとなったときに「これ、特殊メイクでやらなきゃダメじゃない?」となって、あわてて発注いただくケースもあります。本来は1カ月欲しいところを3週間くらいでなんとか……というものも(笑)。常に3~4作品の仕事を抱えていますね。
──ちなみにお好きなメイクはございますか?
“老けメイク”は想像力を生かせるので好きです。高齢者の方は町にいっぱいいて普段から目にしているわけですから、視聴者に「メイクだ」とわかってしまうリスクが高い。難易度が難しくなるだけに、チャレンジャー精神が湧き立ちますね。皆さん1人ひとりの目、鼻、口は異なる形で、誰1人として同じものはない。そういう点に注目すると面白いんですよ。
“老けメイク”よりも“若作りメイク”のほうが難しい
──ルパンが行っているような“完全に顔を別人にしてしまう”メイクは、特殊造形業界の中で実用化されているのでしょうか?
すでにドラマや映画の現場では多く行われていますが、まだまだ改善の余地があるかなとは思います。レベルは少しずつ上がっているんですけどね。
──具体的にはどのあたりでしょう?
先ほど申し上げたとおり“目”をどうやったら作り込めるかはいつもテーマになっています。例えば“老けメイク”をするときには、人間が歳を取ったときに黒目の輪郭がぼやけてくる現象を再現する必要があります。そのためには海外から仕入れている着色されたコンタクトレンズを使用することでグレーや黄ばみを表現し、黒目と白目の境界線をあいまいにできるような工夫をしなければいけません。
──やはり“目”なんですね。
あと、まぶたのメイクをどうするかですよね。年齢とともにまぶたは落ちくぼんでいきますし、それによって目の形も変わってくる。なるべく立体で表現できるように努力するんですけど、まぶたは役者さんが頻繁に開けたり閉じたりするものですから、本人の動きと自然にリンクしてくれないと“貼った感”が出てしまう。役者が演技しづらくなってしまうと、いくら見た目を作り込んでもNGになってしまいます。「目は口ほどにものを言う」という言葉もあるほどに目は感情が表出されやすい部分ですから、1mm、2mmの造形ですごく変わってくるんです。
──個人的には皮膚の素材を乗せていく“老けメイク”よりも、スッキリさせる “若作りメイク”のほうが難しいイメージがあります。
そっちのほうが難しいですね。土台となる人にすごくシワがあったり、たるみがあったりすると、きれいな皮膚素材が乗っていたとしてもしゃべることでバレちゃうんですよ。 顔はしゃべることで上下左右にしっかり動くから、どうしても細かい動きが素材に影響してシワが発生していく。ハードルが高いですね。
──ルパンの場合、だいたいのマスクは作ることができるかもしれませんが、ある程度歳を取ったあとに若い人になろうとするのは大変かもしれないですね。
それこそ“サッと出て、サッと脱ぐ”が本当に大事になってきます(笑)。
ルパン三世は“荒唐無稽”なキャラクター。新作では「ちょっと大人になったような印象」
──ちなみに江川さんは2014年公開の実写映画「ルパン三世」に参加されておりましたが、どういった経緯で参加されたのでしょう?
当時、プロデューサーから「石川五ェ門(綾野剛)のスタントを担当する人に被せるためのマスクが必要」と連絡をいただきました。綾野さん本人の顔をスキャンさせていただいて元型を取ったのですが、誰が被るのかがわからないので少し大きく作るしかなかったんです。なので大きめに粘土彫刻をしたうえでシリコン素材を流し、装飾を施しました。完成までは大体1カ月ぐらい掛かりましたね。
──現場に入られたことで、ルパンシリーズに抱いていたイメージは変わりましたか?
もともとテレビ放送されていた頃から好きでしたが、ルパンは“荒唐無稽”というか、いろいろなことができるキャラクターですよね。スーパースターじゃないけれど「こんなアクションできないよね」という動きができる面白さを持っている人物。それを実写化するのはけっこう難しいとも感じましたが、「どこまでできるのか」というワクワク感も抱いていました。
──そこから10数年が経過し、このたび小池健監督の新作2本が製作されました。「LUPIN THE IIIRD 銭形と2人のルパン」を先行してご覧いただきましたが、いかがでしたか?
顔が少し変わった?みたいな、ちょっと大人になったような印象を受けましたね。マンガチックだったのが、よりヒューマンっぽくなったというか。特に銭形の変化には驚きましたし、リアリティも増したように感じました。
──銭形が「俺を見る目がすべてを物語っている」と口にする場面もありましたが、先ほどおっしゃった「目は口ほどにものを言う」という言葉とも通じているなと感じました。
確かにリンクしていますね。また、2人のルパンが出てくるというシチュエーションが特殊だなと思ったのと、パレードのシーンは「実写だとこうはできないかも」という派手さがあるし、スピード感がたっぷりでした。ルパンがウォッカを飲んで体を温めるシーンも「本当にいけちゃうの?(笑)」みたいな。永遠にファンがいるシリーズですし、劇場版も楽しみになりましたよ。
江川悦子(エガワエツコ)プロフィール
米国ロサンゼルス在住中に特殊メイクを学び、その後「デューン 砂の惑星」「ゴーストバスターズ」などの映画作品にスタッフとして参加。帰国後の1986年、特殊メイク制作会社メイクアップディメンションズを設立した。主な参加作品に「ゲゲゲの鬼太郎」「おくりびと」「ステキな金縛り」「清須会議」「利休にたずねよ」「ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~」「マスカレード・ホテル」「アウトレイジ」「検察側の罪人」「記憶にございません!」「キネマの神様」「鋼の錬金術師」「首」「もしも徳川家康が総理大臣になったら」やNetflixシリーズ「地面師たち」など。連続テレビ小説「花子とアン」「カーネーション」「おちょやん」や、大河ドラマ「軍師官兵衛」「麒麟がくる」「青天を衝け」「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」にも参加している。
「LUPIN THE IIIRD 銭形と2人のルパン」概要
「LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族」の前日譚で、銭形警部を主人公に据えたハードアクション。極寒の地・ロビエト連邦で空港爆破テロが発生し、容疑者としてルパン三世が浮かび上がる。しかし、銭形が追い詰めた“もう1人のルパン”は無実を主張。銭形は謎に包まれた“偽ルパン”と対峙することになる。
「LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族」概要
小池健が監督を務める「LUPIN THE IIIRD」シリーズ最新作。ルパン三世たちは世界地図に存在しない“謎の島”を目指してバミューダ海域へ向かう。その目的は、これまで彼らに刺客を送り続けてきた黒幕の正体と、隠された莫大な財宝を暴き出すこと。しかし島に近付いた瞬間、狙撃によって飛行機が撃墜されたことから一行は島に不時着。そこはかつて兵器として使われた“ゴミ人間”たちが徘徊し、世界の終わりのような風景が広がる“死の島”だった。ルパンたちは世界を選別と排除で支配しようとする不老不死の敵・ムオムに立ち向かう。
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@eiga_natalie ゴムマスクの技術すごいです👏