「ルックバック」アニメーター井上俊之が語る、“アニメ史に残る”制作スタイルの裏側

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藤本タツキ原作による劇場アニメ「ルックバック」の舞台挨拶が去る7月5日に開催され、同作に参加したアニメーターの井上俊之が登壇。聞き手をアニメーション研究者の高瀬康司が務めた。

左から高瀬康司、井上俊之。

左から高瀬康司、井上俊之。

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劇場アニメ「ルックバック」メインビジュアル

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6月28日に封切られ、公開初日から3日間の興行収入ランキングで1位を獲得した「ルックバック」。監督・脚本・キャラクターデザインを押山清高が務め、劇場アニメには珍しい少人数の制作スタイルでも話題になっている。そんな同作に携わり、エンドロールでは“原動画”という特殊なクレジットの先頭に記されている井上。作業自体は過去に参加した「かぐや姫の物語」などと同様であると前置きしつつ、“原動画”とクレジットされたのは今作が初めてだという。「原画は動きのキーになるポイントだけを描いて、動画はその間を補完するもの。原画マンが描いた線はある程度ラフなので、動画マンがきれいな線にクリンナップする。普通は原画マンの描いた線はそのまま画面に出ることはありません」と原画と動画の違いを説明したうえで、「今回は原画マンが描いたラフな絵を、そのまま仕上げに回して色を塗ってもらっています。原画が動画としてそのまま画面に反映されている。多くの人に『この作品が違うな』と思わせた1つの要因に、手描きの感じを残したっていうことがあると思います」と、特殊な制作スタイルの効果を伝えた。

劇場アニメ「ルックバック」より。

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「ルックバック」のエンドロールには8人が“原動画”としてクレジットされているが、そのうち6人がデジタル、井上を含む2人が紙に手描きであるという。その違いについて井上は「僕がやったところは線がざわついている」と表現する。作品全体のカット数は約700カットで、井上はそのうち25%程度を担当。一番多く手がけたシーンとして藤野と京本の出会いのシーンを挙げ、「ピンポンしたところから『またね』って言うところまで、90カットくらい。京本が『藤野先生は漫画の天才です…!』と言うカットは、ちょっと線がざわつきすぎていて、大丈夫かなと」と完成を観た際の感想も明かす。また自身が担当した以外の印象的なシーンでは、藤野が雨の中でスキップするシーンをピックアップ。押山監督が原画・動画を手がけたというこのシーンについて、「原作では見開き1枚で表現されていた場面を、動きで見事に表現していて。アニメーション作品でやる意味がそこにあったなと思います」と述べた。

井上俊之

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井上による押山監督評もたっぷり聞くことができたが、その中で浮かび上がってくるのは押山監督のアニメへの熱量。「5月の最後の1週で、押山さんが1000枚描いたと。超人的、人間離れしている。若いときから知ってるんですが、とび抜けて馬力がある」と称賛する。さらに「押山くんの人間力、胆力、恐ろしさが表れている」と切り出して話し始めたのは、自身が主に手がけたという背景動画に関するエピソード。「普通背景は動かないですが、今回背景が動いているカットがいっぱいあったと思います。例えば冒頭のカット1。原画を僕が担当したんですが、絵コンテには月と藤野の家が描かれているだけだったのに、僕がレイアウトを描いて出すと、押山監督が『やっぱり家を増やそう』と。画面が暗いのであまり見えていないんですが、藤野の家の周りにびっちり家が描かれているんです。押山くんの恐れを知らない、アニメーションにかける情熱が表れている」とその苦労を訴える。そのほかも背景動画の多くを井上が手がけたそうで、「繁華街を背景動画で描こうなんて普通考えない」「絵コンテには“3Dか背動(背景動画)”って書いてあるんですが、打ち合わせをすると必ず背動になる。必ず、全カットです」と恨み節のような語り口ながら、押山監督へのリスペクトを込めて語った。

高瀬康司

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井上による押山監督へのコメントを聞いた高瀬から「押山監督が恐れを知らないというのは、具体的にどういうことなんでしょうか?」と尋ねられると、井上は「作業の大変さを省みない。あと、アニメーションの力を信じている」と回答。「手をかけてアニメーションを作れば、必ず観る人に伝わるって信じている。なかなかそうならないことが多いんです。たいていはアニメーターの独りよがりになる。『ルックバック』は本当に幸せなことに、“作画アニメ”でありつつ、作品にもそれがプラスに作用している稀有な例」と、必ずしも作画に手をかけることが作品にとってプラスに働かないということも伝えながら、今作の魅力を述べる。そして「(押山監督は)アニメーターとしてあまりにも力があるから、そこに依存しすぎて観客を置いてきぼりにしてしまうんじゃないかって心配もあったんですが、見事に払拭してくれました」と賛辞を送った。

劇場アニメ「ルックバック」より。

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緻密な作画で評判を得ている「ルックバック」だが、当初はこのような仕上がりになるとは、恐らく押山監督も思っていなかっただろうと井上は語る。「この企画を監督とプロデューサーから打診されたときは、マンガ家の話で動きの少ない作品なので楽に作ろう、みたいな感じだったんです。実際、藤野の描く4コママンガくらいの絵コンテだったんですよ。詐欺だと思いますね(笑)」と述べると客席からも笑いが起こる。押山監督の手がけた絵について「だんだん制作が進んでいくにつれて、原作の絵柄に引っ張られるのか、気持ちが入っていくのか、どんどん絵が緻密になっていく。後半に描かれたものほど、押山くんの本来の力が出ていると思います」とコメント。その変化に、井上も「全体がこんなふうになるんだったら、前半ももうちょっと力を入れて描きたかったなって」と振り返る。井上が一般的なアニメ制作では最初に描いたもののほうが時間に余裕がありクオリティが高いという“あるある”に触れると、「少人数でやったことの力」と高瀬が指摘。それを受けて井上は「時間をそれほどかけすぎてるわけではなくて、1年ちょっとぐらい、僕は10カ月くらい。その中で8人でこれができたというのは、アニメ史に残ることじゃないですかね」と自信を見せた。

劇場アニメ「ルックバック」より。

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作中には「一番は とにかく描け!バカ!」という言葉が出てくるが、その意見をどう思うかと振られると井上は「まったくその通りだなって思います」と即答。「ずっとそういう人生ですね、僕は自分よりうまい人を見つけては地団駄を踏んで、どうすれば一矢報いれるんだろうって思いながら40年やってきた。本当に共感する作品ですね」と、クリエイターとして藤野への共感も語った。

「ルックバック」は全国で公開中。7月5日から上映劇場が追加されているが、さらに12日から全国37館での追加上映が決定した。7月13日には愛知・109シネマズ名古屋と、大阪のT・ジョイ梅田で押山監督が登壇する舞台挨拶が開催される。

劇場アニメ「ルックバック」アニメーター・井上俊之が語る制作の裏側

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劇場アニメ「ルックバック」

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スタッフ

原作:藤本タツキ(集英社ジャンプコミックス刊)
監督・脚本・キャラクターデザイン:押山清高
美術監督:さめしまきよし
美術監督補佐:針崎義士、大森崇
色彩設計:楠本麻耶
撮影監督:出水田和人
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
音楽:haruka nakamura
アニメーション制作:スタジオドリアン
配給:エイベックス・ピクチャーズ

キャスト

藤野:河合優実
京本:吉田美月喜

※針崎義士の崎はたつさきが正式表記。

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(c)藤本タツキ/集英社 (c)2024「ルックバック」製作委員会

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