
マンガ編集者の原点 Vol.19 [バックナンバー]
「ねずみの初恋」「満州アヘンスクワッド」の白木英美(講談社 ヤングマガジン編集部)
今一番“エグい”編集者が登場
2025年9月5日 15:00 2
「エグい作品といえば白木」の原点……「生贄投票」
そんな経験から、自分で作品を立ち上げたいと考えるようになった白木氏が最初に手がけたのが、「生贄投票」だった。原案は葛西竜哉が小説投稿サイト・エブリスタに公開していた小説で、同社からマンガ化の提案があり、
「小説版は、アプリで選ばれた人が順次死んでいくというストーリー。その時点で面白かったんですけど、マンガにしたとき、ただ死ぬだけだとすでに市場にある作品と大きな差がなく、あまり目立てない気がしていました。エブリスタさんからも『原案のニュアンスを尊重してくれれば、設定を大幅に変更してもよい』というご連絡をいただいていたので、何かプラスアルファが欲しいですねという点を江戸川先生とすごく話し合って、『生贄に選ばれた人に訪れるのはただの死ではなく“社会的死”』ということにしました。あくまで原案の設定ありきですが、その変更には大きな意味があったと思っています」
物語は、高校生・今治美奈都のスマホに「生贄投票」というアプリが突然表示されるところから始まる。そこには、候補者としてクラス全員の名前が並んでおり、生贄に選ばれた者には「社会的死」が与えられるという。深く考えずに友人の名前を押してしまったが、この投票がクラスに大きな波紋と崩壊をもたらしていく──。2015年からWebのeヤングマガジンで連載を開始し、2016年に1巻発売。腹部にマジックで「生贄投票」と書かれた女子高生が黒板の前に立たされ、その様子を生徒がスマホカメラを向けている。扇情的でものものしいイラストが表紙の1巻は、当時の書店で目立つ場所に必ず見かける話題作だった。そして、何より電子書店で爆発的に売れた。
「かなり手応えありましたね。当時はバナー広告がものすごく回っている時代でした。毎日編集部に各電子書店からバナーの確認が10本ぐらい届いて、マンガってこうやって売れていくんだと実感していたんですけど、同時にすごく苦しんでもいて。初めての立ち上げだったんで、単純に、どういうふうに打ち合わせをして作品を回し、どういうふうにゴールに持っていくのかがまったくわかってなくて。ずっと迷子みたいな気持ちで、なんとか一筋の光を探す、みたいな作業でした。江戸川先生にはご迷惑をおかけしてしまいましたが、作品がどんどん大きくなっていく感じがして打ち合わせは楽しかったですし、先生にはたくさんのことを教えていただきました」
手探りながらも、徐々に自身の方法論と強みを探り当てていく。
「当時、『生贄投票』に加えて『食糧人類-Starving Anonymous-』(原案:水谷健吾、原作:蔵石ユウ、漫画:
心のキレイな人間なのに、なぜこんなにエグいマンガを……
のちに「満州アヘンスクワッド」や「ねずみの初恋」などを立ち上げる“エグ系”編集者としての片鱗が、すでにこの時点で見えすぎている。本人はそこをどう考えているのだろうか。
「不思議ですよね。こんなに心のキレイな人間なのにどうして、って思うところが多々あります(笑)。まあそれは冗談ですが、もともと主人公が残酷な運命に立ち向かうような話は大好きなので打ち合わせしているときはめちゃくちゃ楽しいですし、僕がエグいマンガが好きになったのには、明確にきっかけがあるんです。
ヤンマガに、20才くらい年上のレジェンド編集で、『ザ・ファブル』を担当した田坂さんという方がいるんです。その方が、僕の配属直後ぐらいに『白木、これを見ろ。サスペンスの面白さはこれに詰まってる』って、急にDVDを渡してくれて。それが、韓国映画の『チェイサー』でした。それまでは僕、エグい映画とか全然観る人間じゃなかったんですけど、勧められたので観たら、もう半端じゃないぐらい面白くて! 翌日田坂さんに興奮を伝えて、そこから『サスペンスって面白いな!』と思うようになりました。運よく、1年目の後半から『三億円事件奇譚 モンタージュ』の
まず、ヤンマガファンには「タサカ兄さん」として有名な田坂氏については、講談社のマンガ投稿サイトDAYS NEOに自己紹介があるのでぜひ一読いただきたいのだが、同誌の名物編集者である。そして、田坂氏が勧めてきた映画「チェイサー」は、2008年に公開された韓国映画で、ナ・ホンジン監督の長編デビュー作。韓国で実際に起こった連続殺人事件をベースとしたノワール作品で、デリヘル店を経営する元刑事と、連続殺人犯との攻防を描く。容赦ない暴力表現、スリリングな展開、非情な結末が世界に衝撃を与えた一作だ。レオナルド・ディカプリオがリメイク権を獲得していることでも知られている。白木氏の資質を見抜き、「覚醒」させた田坂氏は、けだし慧眼である。
「僕の何を見て、なんで貸してくれたのか未だにわからないんですけど、本当に慧眼でしたね」
首をひねりながら話す白木氏だが、エグさとキレイさが同居している話題作もある。「邪神の弁当屋さん」(
「そんな流れでもう1つ言うと、以前先輩に『お前の中の“心の一作”って何なの?』と聞かれたことがあって。売れた作品という意味じゃなくて、『世に残せてよかったなと思う作品』。それは、『アンサングヒーロー』(原作:うらたにみずき、漫画:
深淵を覗く白木氏は、深淵に取り込まれるのか?
「キレイな白木氏」の話は聞けたので、ここでまた「エグい白木氏」の話に戻ってみたい。これだけアウトローものや、人が無惨にも殺されていく作品を多く担当している白木氏だが、「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」(ニーチェ)と言われるように、闇に取り込まれそうになることはないのか聞いてみた。答えは「めちゃめちゃあると思います」。
白木氏の現在の担当作の中でも、特に“エグさ”が現れているのが「満州アヘンスクワッド」(原作:
正直、少し前であれば、「アヘンの密売グループ」がヒーローとなり活躍する作品が、これだけ大々的なヒット作となる事態は想像できなかったように感じる。白木氏の暗躍、もとい奮闘により、ヤンマガ掲載作や青年マンガ全体のアウトロー度合いや残酷さの総量は増大しているように感じているが、白木氏も同意見だと前置きしたうえで、ヤンマガの現在について語ってくれた。
「僕の中でヤンマガの何がカッコいいかって、“俗とハイエンド”があるところだと思うんです。過去の連載作品だと、俗っぽいマンガは、例えば『ビー・バップ・ハイスクール』(きうちかずひろ)や『行け!稲中卓球部』(古谷実)など、時代の空気感を鋭く切り取った究極に面白い作品。ハイエンドの作品は、『AKIRA』(大友克洋)や『攻殻機動隊』(士郎正宗)など、SFやファンタジーをはじめとした、国や時代を超えて愛されるスケールの大きな作品。それらが一緒に載っていて、掲載作が雑多でギャップがあるのはすごくいい雑誌だなって思っているんです。
今は、言うなれば“俗”側の強化。俗なマンガは売れやすいし、ヤングマガジンだから振り切れたこともできるということで、いろんな作家さんに描いていただける。だからおそらく俗のほうに軸が振れているのですが、僕の編集者としてのここからの課題としては、ハイエンドのほうをもっと増やすこと。具体的には、SFやダークファンタジーで、やっぱり世界で売れるマンガを世に出したい気持ちもあるので、今まであまり担当してこなかったジャンルの作品の担当をしてみたいですね」
タブーを描く際に気をつけるのは「曖昧な歴史を描かない」
“俗”は極めつつある段階の白木氏の、“ハイエンド”作にも注目していきたい。さて、白木氏の編集手腕で1つ飛び抜けていると感じる点がある。それは、タブーや歴史の描き方だ。新人の頃に担当していた「モンタージュ」では3億円事件、「満州アヘンスクワッド」では満州時代の大アヘン政策という、未解決事件や“暗い歴史”とでも言うべきものをエンタメに昇華させる際、何に気をつけているのか聞いた。
「『曖昧な歴史を描かない』に尽きると思っています。『これは史実です』と言えるような、実際にあったと確定しているものしか描かない。
社内での確認も頻繁にしているので、法務部からはヤンマガってめちゃくちゃ相談に来る部署だと思われている気がします(笑)。インドを舞台にした『ラージャ』(印南航太)という作品でも、カースト制度を作品に出していいのか?という点をかなり検討しました。カースト制度自体がそもそもセンシティブなものなので、これを描くことは正義か否かという話になったときに法務に確認し、監修をつけることになりました。さらに、その道の権威の方にお話を聞いたり、いろいろと準備をしましたね」
一般的な感覚なら「この話題を扱ったが最後、厄介な確認が山程発生し、鬼のようなクレームも来る」と用心し、正面から扱う人が少ないテーマも、白木氏にかかると大ヒット作に生まれ変わる。用意周到に地雷を避けながら地雷原をつき進んでいる感がある白木氏だが、こうした勇ましさやギリギリまで攻める姿勢が、作品の面白さや唯一性、ひいてはヒットにつながっていることを確信した。
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@comic_natalie Behind every manga, an editor