アニメスタジオクロニクル No.10 [バックナンバー]
キネマシトラス 小笠原宗紀(代表取締役会長・アニメーションプロデューサー)
「制作上がりの社長」が目指す、アニメスタジオのあり方
2023年12月18日 15:00 6
2019年の資本提携で大人になれた
こだわりのアニメ作りは視聴者を楽しませるだけでなく、キネマシトラス自身を助けることになる。先述した「これまで、うちが潰れかけても助けてくれたのは、できあがったフィルムへの高い評価だけだった」という言葉につながるエピソードだ。
「ブシロードさんが『モンスター・コレクション』というトレーディングカードゲームを扱うことになったので、そのPVを作ってくれという話が来たんですよ。でも当時は、なかなか思った通りのフィルムにならなくて……、納品はして、絵はきれいでも何かが足りない……。それがどうしても許せなくって『もう1回やらせてください』と作り直しさせてくれるようお願いしました。それが木谷高明さんの印象に残ったみたいで、のちに『熱風海陸ブシロード』を制作する際に『キネマシトラスでいいんじゃない?』となったと聞きました。
木谷さんは恩人ですね。2019年にブシロードさんとKADOKAWAさんに出資してもらうきっかけになった方だし、2021年からはブシロード社の大事なIPである『カードファイト!! ヴァンガード』の新しいDシリーズも任せてもらえていますので、信頼に応えたいと思っています」
過去の作品の恩恵や理解者の存在もあり、2019年にキネマシトラスはブシロードとKADOKAWAから資本提携を行う。小笠原氏はこの出来事によって「キネマシトラスがようやく大人になった」という。
「それまでは部活の延長線上でしかなかったですね。設立から11年経っていたけど何も積み上がらなかったし、育成や評価の仕組みなんかも何もなかった。そうした企業として当たり前のことを、メカアニメーターとして有名な高倉(武史)さんやターンアラウンドマネージャー(経営危機にある企業を再生する人材のこと)の曽根(孝治)さんといった外部の方に参加してもらって整備していき、会社としてきちんとすることで状況が変わってきました。
僕が社員が辞める理由をわかっていなかったんだと思います、世間がアニメ業界に抱くイメージ通り、自由に楽しく、時には朝まで働くほうがいいのかなと思っていました。でもちゃんと社内の規則を作り、『残業や休日出勤をやめましょう』みたいなことが当たり前になると、会社の未来を感じられるからか例えば離職率が減ったんです。
今でも、スタッフに40歳になったときのイメージを聞いてもディティールが見えてこない。仕事だけではなくて、QOL、収入、時には介護……といったことを話していくうちに、人が会社に求めるものがわかってきて、未来、会社の意義を考えるようになってきました。そもそもクオリティってなんだ?っていう話でもありますけどね。」
作らざるを得ない、初のオリジナル作品
近年、ようやく未来の展望が開けてきたというキネマシトラス。2023年には管理部長としてキネマシトラスを再生させた曽根氏に代表取締役社長を任せ、小笠原氏は代表取締役会長兼アニメプロデューサーとして辣腕を振るう。そんな氏に、同社の今後の展望を伺ってみたところ、強い危機感を抱いていることが明らかになった。
「今までキネマシトラスって本当の意味でのオリジナル作品をやったことがないんですよ。まずはそれに挑戦してみることにしました。『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』のように『こんなのを作ってくれ』という話をもらって作っているものはオリジナルとは言えないし、OVA『Under the Dog』も、もともと別の人が立ち上げたクラウドファンディングの企画があって、世界観や一部のクリエイターも決まっていたし。1を100にする作業は山ほどやってきたけど、0から1にしたことがない。でもこれから生き残るためにはオリジナルをやらないと駄目かな。自分たちでコンテンツを作らないと、やっぱりいつか潰れると思いますよ。
その一方でシステムやフレームを導入して生産性、評価と給与の連動やアニメを作ることに対する研究を進めています。スタッフを支えるツールとして、AIも使えそうですね。労力と能力に対する正しい報酬のあり方を研究して、アニメ業界の未来を少しでも明るくしていきたい。引退を決めている年齢まであと少しの間ですが、やれることはなんでもやっておこうかなと」
そんなキネマシトラスは、2023年3月に設立15周年を迎えている。しかし特別な催しや企画は何も予定していないという。
「僕があまり過去を振り返る性分でもないので今のところ何も計画はないですね。今仕込んでいる初のオリジナル作品の発表ができたら、ちょうどいいのかな」
記念イヤーの言葉としてはややそっけないようにも聞こえるが、フィルムを通じて視聴者を楽しませることに専念しているからだろうか。それはキネマシトラスアニメのエンディングクレジットで見られる、作品ごとにアレンジされた同社のロゴの遊び心からもうかがえる。
「あれはだいたいV編で作ってもらっているんですよ。最初にやったのは『ご注文はうさぎですか??』だったかな? うちの役員に怒られました。でも続けてますけどね。
僕はSNSとかやりたくないし、イベントもしない。でもお客さんとスタジオの間でのコミュニケーションやスタッフやスタジオに興味を持つきっかけにならないかなと思って始めたんです。お友達とちょっと話題にしてくれたらいいなくらいの感覚ですが……できれば次の代にも引き継いでほしいですね」
小笠原宗紀(オガサワラムネキ)
1970年生まれ。株式会社キネマシトラス代表取締役。Production I.G、ボンズ、カラーの制作デスク、アニメーションプロデューサーを経て、2008年にキネマシトラスを設立。「ゆゆ式」「盾の勇者の成り上がり」「メイドインアビス」「カードファイト!! ヴァンガード」「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」といった作品をプロデュースする。
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