アニメスタジオクロニクル No.10 キネマシトラス 小笠原宗紀

アニメスタジオクロニクル No.10 [バックナンバー]

キネマシトラス 小笠原宗紀(代表取締役会長・アニメーションプロデューサー)

「制作上がりの社長」が目指す、アニメスタジオのあり方

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アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第10回に登場してもらったのは、キネマシトラスの小笠原宗紀氏。自身を「クオリティに囚われすぎている」と語りながら、闇雲にクオリティを追求することを疑問視する──さまざまなスタジオで制作を務めた経歴を持つ小笠原氏が、キネマシトラスで目指すスタジオのあり方とは。

取材・/ はるのおと 撮影 / 武田真和

制作が真っ当に扱われる会社に

小笠原氏は1995年にアメリカなどのアニメを中心に手がけるムークに入社したのち、Production I.Gやボンズ、カラーといったスタジオを経て、2008年にキネマシトラスを設立する。37歳のことだった。

「各社で制作をしていろんな経験をさせてもらううちに、『もう行きたいスタジオがないな。もう自分でやるか』と感じるようになってスタジオを立ち上げました。一緒に立ち上げたのは演出の橘正紀くんと、作画の新井浩一さんと制作の松家雄一郎くんの3人。当時、僕は業界に入って12年くらいでしたが『まあ、なんとかなるだろう』くらいの気持ちでした」

小笠原宗紀氏

小笠原宗紀氏

小笠原氏の言葉からは、気楽にスタジオを立ち上げたように聞こえるが、その裏にはキャリアの中で感じた制作に対するある思いがあった。担当する作品や話のスケジュール、素材の管理、スタッフの手配やハンドリングなどを通じて多くのセクションと関わることになる制作進行。このポジションの人材に対する屈折した思いは現在まで通じている。

「僕がProduction I.G時代に教わったこととして『納品にプライドを持て』というのがあります。監督やクリエイターが『できない』と言っている状況でも、当時の上司は絶対に諦めなかった。『俺がやると言ったらやるんだ』という信念を持っていて、『納品する力を持っているのは制作だけなんだ』と言う。そんなプライドを持っているのが僕にはとても新鮮でした。『困った状況になったら相手と面と向かってサシで話し合う以外ないよ』なんて言って、テクニックも何も教えてくれない人でしたけど、そういうシンプルな考えや真っ当な思いが今の自分の原点になっていて、キネマシトラスでそれを体現できたらいいなという気持ちもありました。

同時にそういった重要なポジションである制作業務を完遂できない自分や、自覚できていない制作に対する不満が常に自分の中で強くあって、落とし所がずっと決まらないままでした」

そうした思いの発露か、キネマシトラスの制作部の島には「制作部の掟」として以下の項目が掲げられていた。

1.ウソはつかない
2.指示された事は責任を持ってやる
3.仕事は、根回し段取り7割

「もう時代に合わないって言われるかもしれませんけど、大事な価値観ってあって、どんなときでも変わらず、誠実さや愚直にまっすぐ向き合うことが根っこにあってほしいと思います。

経営者ってただただつらいんですよ。社員への気遣いや妥協は必要だし、悪い状況を誤魔化したり、嘘をつかれたりすることもある。信頼関係がなくなるとこっちが逃げ出したくなりますけど、最後の責任は全部自分が背負うのだから、僕が嫌だと感じることはとりあえず知っておいてほしかったんです」

クオリティを追求するための方法は

制作という仕事に対する真摯な姿勢がうかがえる小笠原氏だが、その一方でクオリティへのこだわりは強い。「スケジュールは守るけど、クオリティはそこそこです、って会社は必要とされない」と断言し、自身を「クオリティに囚われすぎていた」と語る。

「僕をそうしたのはProduction I.G時代にやったゲーム『サクラ大戦3~巴里は燃えているか~』の仕事です。当時、自分は優秀なつもりだったので率先していろいろと手伝おうとしたところ、出身会社への不信感もあったみたいで、あまり参加させてもらえなかったんです。そんな悔しさの中で、できあがったフィルムの評価がすごく高かった。そんなことがあったので『クオリティが高いものさえ作ればあとはなんとかなるだろ』と思い込んじゃったんです」

しかし、そのとにかくクオリティを追求するこれまでのやり方も、最近は限界を感じているという。

「でも今こうして経営者と制作を兼任する立場になると、財務の問題でアクセルを踏みつつ、ブレーキも踏まなきゃいけないこともある。クオリティの上げ方とその反動の怖さをわかっているだけに本気で突っ込めない、そんなフラストレーションを溜めながら、なんとかいいフィルムを作ろうとやってきていますけど……。

いいスタッフを揃えたら、裏で制作が調整役になって、熱意をもってしがみつけばクオリティは上がります。でも、そこにお金とスケジュールの要因を加えて、ゲームしようとすると途端に難しくなりますね。ずっとギリギリを狙ってやってきたけど、某劇場作品でもう無理だと感じました。本当に命がけになってしまって、いろんな人を心配させたんじゃないでしょうか。いいフィルムになりましたけど、クオリティに対するチャレンジの仕方を変えたいと思いました」

「クオリティに囚われすぎている」と自称しながら、闇雲にクオリティを追求することを疑問視する。もどかしさを滲ませる小笠原氏の言葉からは、現場でもがき続けてきたからの説得力とこの先の光が垣間見える。

「メイドインアビス 烈日の黄金郷」キービジュアル。各配信サイトにて好評配信中。

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「これまで、うちが潰れかけてもみんなが助けてくれたのは、できあがったフィルムの評価だけだったと思います。だからクオリティを追求するのが間違っているとは思いません。しかも1回クオリティを落とすと負の連鎖みたいなことが起きて、そこから巻き返すのが大変なのもわかっています。

ですが、これまでのようなどこかに負荷がかかり過ぎるやり方や仕組みは、次の世代に残したくないですね。『メイドインアビス』の制作担当は僕よりドライに見えるのに、合理的でいい画面作るんですよ。今はそういう次の世代がアニメ会社をデザインしてほしいと思っています」

その後の仕事につながった「.hack//Quantum」

クオリティと、お金やスケジュール。そのバランスを考えながら、アニメ制作を行ってきたキネマシトラスにとって転機となった作品は何か。その質問に小笠原氏はすぐに「.hack//Quantum」の名を挙げた。2011年に全3巻でリリースされた、メディアミックスプロジェクト「.hack」シリーズの一作にあたるOVAだ。

「キネマシトラスを作ったときは、自分たちならけっこうなスタッフを集められると思っていたんですよ。でも初のTVシリーズとなった『東京マグニチュード8.0』では、のちにスターになっていくような一部のスタッフ以外、あまり人が集まらなくて、苦しみました。それで一旦TV作品はやめ、バンダイビジュアルさんに行って『仕事をください』とお願いしに行ったんです。もう半分強奪するくらいの勢いでしたけど。それでのちにアクタスの取締役になる湯川(淳)さんからいただいた仕事が『.hack//Quantum』でした。

「.hack//Quantum」キービジュアル。各配信サイトにて好評配信中

「.hack//Quantum」キービジュアル。各配信サイトにて好評配信中

ある程度の予算と時間をかけられる作品だったので、作り方を見直すことができたんです。おかげで手応えのあるフィルムができて『やっぱり俺たちできるじゃん』という自信を得られたし、作品を観た会社の若手プロデューサーから実際に仕事をもらえるようになった。ボンズの南(雅彦)さんが作ってくれたチャンス『東京マグニチュード』と出直しとなった『.hack//Quantum』。キネマシトラスはルビコン川を2回渡ってますね」

「.hack//Quantum」後、キネマシトラスは2012年に「CØDE:BREAKER」でTVシリーズに復帰。そして「ゆゆ式」や「ばらかもん」「ご注文はうさぎですか??」「灼熱の卓球娘」など評価の高いアニメを次々に作っていく。

「アニメ作りってやっぱり才能のある人を集めることが重要で、今振り返ると錚々たるメンバーが揃っていた。若手の作画のスターも多く参加してくれましたが、その求心力はまじろさんや野崎(あつこ)さんなどの才能に溢れた若手にあったように思います。

「ばらかもん」キービジュアル。各配信サイトにて好評配信中。 (c)ヨシノサツキ/スクウェアエニックス・「ばらかもん」製作委員会

「ばらかもん」キービジュアル。各配信サイトにて好評配信中。 (c)ヨシノサツキ/スクウェアエニックス・「ばらかもん」製作委員会

『ばらかもん』は僕の好きな類の原作だったのもあって、読んだらすぐに作品に合ったスタッフがイメージできましたし、素敵な偶然がたくさんありました。橘監督、まじろさん、音響監督の若林(和弘)さん、主役の小野大輔さんや子役の原涼子さんといったキャスティングも含め、最高のスタッフになったなと。五島列島が舞台の作品なのでたくさんロケハンに行ったし、トラクターの音を録るために音響チーム全員で出かけたり、方言を再現したり、子役はどうしてもコントロールしきれないので演出側で合わせたり……創業のメンバーがいなくなって、けっこう大変だった時期でもあるので、特別な感慨もある。会社の青春みたいな作品です」

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2019年の資本提携で大人になれた

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