仏・アングレーム国際漫画祭の各賞
“マンガ界のカンヌ”
サンディエゴ・コミコンが運営するアイズナー賞が「マンガ界のアカデミー賞」なら、アングレーム国際漫画祭の運営するアングレーム国際漫画祭賞は「マンガ界のカンヌ」です。そして、サンディエゴ・コミコンもアングレーム国際漫画祭もともに、熱心なファンの活動がその創立に深く関わっていました。
ただし、そのファンたちの指向性は、サンディエゴとアングレームの両者ではかなり異なっていたのです。主催者たち自身が熱心なファンであったサンディエゴ・コミコンはファンと業界人たちの交流を目指して立ち上げられ、そのイベント自体がマンガ業界のほうを向いていました。一方で、アングレーム国際漫画祭に関わっていたのは、研究成果を発表する展示を行うなど、研究・批評的志向が強いファンたちでした。
マンガ愛好家でアングレーム市の評議員も務めた人物の提案から端を発し、批評活動を行っていたファンも協力して、1974年にアングレーム市主催で「アングレーム国際マンガサロン」が開催されます。その後は、市から独立して現在の「アングレーム国際漫画祭」と名称を変えてマンガ祭が続いていきますが、現在もアングレーム市から公的援助を受けているため、このイベント自体が市による文化的な公的行事である側面も強く持っているのです。
つまりアイズナー賞を擁するサンディエゴ・コミコンとアングレーム国際漫画祭賞を擁するアングレーム国際漫画祭のあり方そのものが、それぞれの賞の性格の違いを表していると見ることもできます。両イベントはともにマンガ文化の社会的認知と文化的地位向上を目指すという点で同じではあるものの、アイズナー賞がマンガ業界という商業的な場を盛り上げることを目標としているのに対し、アングレーム国際漫画祭の各賞はマンガの芸術性を重要視し、マンガ文化そのものにより焦点を合わせているのです。マンガのイベントながら、サンディエゴ・コミコンが映画やゲームなど大衆文化全般へとその対象領域を広げていき、イベント内のマンガの存在感が薄れてきたとも言われる昨今、その2つのイベント自体の違いは近年、より顕著になっていきていると言えるかもしれません。
そのせいか、アイズナー賞のほうが売上のいい作品や人気作品、つまり商業的作品の受賞が目立ち、アングレーム国際漫画祭の各賞は批評的に評価の高い作品や実験的作品が選ばれがちである、とする見解を以前は聞くこともありましたが、それが正当な評価かどうかは意見の分かれるところです。
アングレームの審査方法は現在、審査委員会の選ぶ賞と、投票によって選ばれる賞があり、アングレームにおける最高の賞である「グランプリ」は投票によって決まります。アイズナーが幅広い職種の業界人を投票者として受け入れているのに対し、アングレームでは1冊でもフランスで商業出版したことのあるマンガ家限定になっているところも2つの賞の性格の違いを表していると言えそうです。
アングレーム国際漫画祭の各賞に関する近年のニュース
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フランスでも評価が高い谷口ジロー、“幻の作家”だったつげ義春
アングレーム国際漫画祭賞はアイズナー賞ほど部門数が多くないせいか、比較すると日本人受賞者の数は少なくなっていますが、アングレーム賞での受賞者で印象深い日本のマンガ家と言えば、1人目は谷口ジロー先生です。2000年代初頭に複数の賞を受賞しています。谷口ジロー先生が海外で評価の高いマンガ家であることは国内でもよく知られていますが、アメリカのアイズナー賞ではノミネートされながら受賞を逸しているのに対し、ヨーロッパでは複数の国でマンガ賞を受賞し、特にフランスでは国から芸術文化勲章シュヴァリエを贈られるなど、その評価は高いようです。
もう1人の印象深い日本人受賞者は、2020年、特別栄誉賞に輝いたつげ義春先生です。「特別栄誉賞」という大きな賞を受賞したと言っても、つげ先生の作品が欧米で長年に渡り数多く翻訳されてきたというわけではありません。フランスでは2000年代初頭に「無能の人」が1冊出て、アングレームで最優秀アルバム賞にノミネートされましたが受賞には至りませんでした。アメリカでは1980年代、1990年代、2000年代と、それぞれ雑誌に1作ずつ短編が掲載されているものの、単行本が続けて出るようになったのはようやく2020年に入ってからです。
ただ、実際には欧米でのつげ先生の評価はその遥か前にすでに定まっていました。アメリカで1980年代と1990年代につげ作品が掲載されていたのは、アメリカで最も尊敬されているマンガ家の一人、アート・スピーゲルマンが出していたRAWという雑誌です。この雑誌は実験的な作品やヨーロッパのマンガ家の作品を数多く掲載し、後にその雑誌に掲載された多くの作家が国際的に高い評価を得たことでも知られています。当時、この雑誌に掲載されることはスピーゲルマンに認められた証でもあったのです。2000年代になってつげ先生の短編「ねじ式」がアメリカでマンガ批評誌に掲載されたときは、まだ現地でつげ先生の本が1冊も出版されていませんでしたが、「世界のマンガ界における巨匠のひとり」と紹介されました。そして、2010年代後半になって、フランスをはじめヨーロッパ各国で、そしてアメリカでも堰を切ったようにつげ作品が何冊も翻訳出版されます。
マンガを世界的な視野で見ると、日本と比べてアメリカとヨーロッパの間の情報流通は長きに渡り盛んに行われてきました。アート・スピーゲルマンの名前はヨーロッパのマンガ通にはよく知られ、しかも先に挙げたRAWがヨーロッパのマンガ家を多数取り上げていたこともあって、すでに1980年代からつげ先生の名前はヨーロッパ、特にマンガが盛んなフランスの批評家らには知られていたのです。
世界の中のアメリカとヨーロッパというマンガ市場において、つげ先生は1980年代から批評的に高く評価された作家でありながら、長い間読みたくてもほとんど読めない「幻の作家」でした。そしてようやく2010年代後半から続いて出た翻訳出版を契機に、満を持してアングレームで大きな賞を授与された、というわけだったのです。
日本人マンガ家が海外の賞を受賞したとき、その評価は一見日本と同じように見えて、必ずしも評価された経緯や内容が日本と同じとは限りません。海外には海外の評価軸があり、異なる文化的文脈がある。でもだからこそ、海外のマンガ賞について知ることは面白い、と思うのです。
- 椎名ゆかり
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海外マンガ翻訳者、ライター、東京藝術大学非常勤講師、デジタルハリウッド大学特任教授。アメリカ・オハイオ州ボーリンググリーン州立大学院ポピュラーカルチャー専攻修士課程修了。「海外とマンガ」をテーマにさまざまな分野で活動を行う。現在は文化庁参事官(芸術文化担当)付芸術文化調査官(メディア芸術担当)。
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>実はここ数年、アメリカでは密かに(?)伊藤潤二ブームが来ていました。以前からの人気が“さらに拡大した”と言ったほうが正しいかもしれません。
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