「MUSIC inn Fujieda」ができるまで~ゴッチのスタジオ設立奮闘記~ 第1回
なぜ後藤正文は藤枝に音楽スタジオを作るのか
発想は「みんなのスタジオを作る」「みんなでシェアしよう」
2024年11月30日 19:00 16
儲けようと思ってこのプロジェクトはやってはいない
──スタジオ設立にあたってクラウドファンディングを実施することになった経緯についても教えてください。
自分の資金だけで成し遂げるのは無理だなと思ったし、かといってこれを借り入れでやったら、そんなに安く貸せなくなるので、これはクラウドファンディングでみんなの協力をちょっとずつ得ようと。その分こっちの誠実さが問われるわけですけど、それでいいんじゃないかと。儲けようと思ってこのプロジェクトはやってはいないですから。代表理事を引き受けてくれた小林亮介くんは最近転職をして大変な時期なのに、無償でがんばってくれて、むしろ僕よりスタジオのことを方々で熱く語ってくれたりしてるんですよ。愛を持ち寄ってやるしかない場所だから、「お金が足りないです」と率直に公開したほうが活動としてもすっきりするし、実現の可能性も高まるので、これはもうみんなに協力していただこうという気持ちになりました。蔵だからクラファンみたいな、ダジャレ的に思いついたわけではないです(笑)。
──蔵を保存したまま改修工事をするのはすごくお金がかかる。それが「5500万」という目標金額の設定になっているわけですよね。
蔵自体は基本的に自立しているのがやっとの建物で、防音を施されたスタジオはすごく重たいから、土蔵が資材の荷重に耐えられなくなってしまうんです。なので一度蔵をジャッキアップして、基礎を作り直して、その上に蔵を戻し、それから内側の工事をする。構造的にはスタジオは蔵には触れていないんです。触れると振動が伝わってしまうので、蔵の中にスタジオが浮いている構造を作る。なので、その分費用もかかるんです。
──現状では4500万円を突破して、約2300人からの支援が集まっています(11月上旬取材時点)。
ありがたい限りですね。こんなに集まると思っていなかったし、もしかしたら借金だな、みたいな気持ちもあったので、本当にありがたいです。ただ5500万には機材費が含まれていなくて。僕がこれまで集めた機材を提供しつつ、スピーカーとかは資材の高騰と円安で各社が値上げする前に注文だけ済ませたので、これから支払いの請求が自分のところに来ます(笑)。でも、最初から使いやすいスタジオなんて絶対なくて、最初の3年ぐらいは録音したみんなにいろいろ教えてほしいし、「ここにこれを置いたら音がめちゃくちゃよかったです」みたいことを一緒にシェアしてくれる人たちが集まってくれたらうれしいなって思います。この先3年とか5年とか、みんなで使いながらブラッシュアップされていって、藤枝サウンドみたいなものができるのは10年後ぐらいだと思う。
──いいですね。いろんな人が介在していくことによって、将来的には藤枝サウンドが生まれていくかもしれない。
「あのバンドがこういう録り方をして、こんなにカッコいい音が録れた」となったら、絶対みんな真似すると思うんですよ。「ここにマイクを立てたんですね」とか「天井の張りから吊るしたんですね」とか、そういうことがスタジオの文化になっていくと思う。最初はただのまっさらな箱で、どこに作ってもスタジオの構造自体はそこまで変わらない。藤枝は天井が高いというアドバンテージはあるけど、そこから先は実際に使った人たちのアイデアが大事というか。関わってくれてるエンジニアの古賀(健一)くんや岩谷(啓士郎)くんも含め、みんなが現場で培ってきたものを一旦全部出して、「今はこれがベストだね」というチューニングをしますけど、そこから先はもっとよくなる方法をみんなで考えていくしかないし、むしろそういうスタジオでありたい。「私たちのスタジオだ」と思ってくれる人が増えていくのが、このスタジオの理想型なので。
──クラウドファンディングもそのための一歩になりますよね。
そうそう。弱いけど愛のあるつながりというか、しがらみまでいかない感じの、弱いつながりがあるといいんじゃないかな。つながりが強くなると新しく来る人を拒むようにもなって、それはそれである種の治安をよくしたりもするけど、結界が強すぎると新しい人が誰も来なくなっちゃって、居心地が悪くなったりもする。場作りは本当に難しいと思うけど、みんなが来やすくて、出てもいきやすい場所になっていくといいなと思います。ある種のトーン&マナーは必要で、「マイクはこんなふうに使っちゃいけない」みたいなルールはあってほしいけど、トップダウンではなくて、みんなで話し合いながら使ってほしい。きっといろんな考え方の人がいるから、多様性と向き合う場でもある感じがします。ちょっとしたトラブルは絶対起きますもん。それで「後藤さん、ちょっと謝りに来てください」ということも絶対あると思うから、もう謝る練習しておこうと思って(笑)。
「MUSIC inn Fujieda」はみんなで新しい価値観について考える場所
──今後の予定としては、11月に工事契約が完了予定、12月にスタジオ工事着工予定とのことですが、現在の進捗はいかがですか?
そろそろ蔵の補修の着工はしたいんですけど、まずは近隣の住民の皆さんにしっかり説明をと考えています。スタジオ自体は音が漏れないように細心の注意を払っているという報告と、補修のときには重機の騒音が出たりするでしょうから、そういった事前説明を丁寧にしながら、年内に蔵の補修から始めて、最初は揚屋(あげや)ですね。蔵を持ち上げて直すところから始めて、来年にはスタジオの防音の工事、夏ぐらいまでには竣工という形を迎えて、そこから今度は機材を入れる流れになると思います。
──クラウドファンディングは12月15日まで行われますが、リターンに関しての現状はいかがですか?
僕が直筆で宛名を書くのがあっという間に売り切れて、文字を書くのはけっこうカロリーが高いのでこれ以上増やせないのが申し訳ないですけど、うれしかったですね。あとFOSTEXさんに提供してもらったヘッドフォンも1台20万にもかかわらずあっという間になくなったので、それもありがたいです。応援してくれた人の名前が載る銘板に若干の空きがあるので、個人でも企業でも団体でも参加していただけるとありがたいなと思いますし、中村佑介くんとのトーク&ライブのチケットもまだまだ余ってるんですけど、藤枝を訪れるいい機会だと思いますから、いらしていただけるとうれしいです。トーク&ライブの開催時期が桜の季節なので、運がよければ川沿いの桜が咲き始めるかもしれない。あとパンフレットは今企画中ですが、スタジオのコンセプトブック兼藤枝のガイドブックにしたいなと思っていて。パンフレットと書いちゃったので、「これなんだろう?」と思ってる人もいるかもしれないけど、すごく読み応えのあるものになる予定なので、オススメしたいなと思います。
──では最後に改めて、NPO法人としての今後の展望を聞かせてください。
これはスタジオ作りだし、コミュニティ作りでもあるけど、みんなで新しい価値観について考える場所なんじゃないかなとも思ってるんですよね。すべての価値をお金に換算する、そういう価値観で物を測る習慣が浸透してますけど、僕らの生活の中にはいろんなところで贈与や相互扶助が行われていて、このインタビュー自体もそうですけど、額面だけでは測れないやりとりがあるじゃないですか。スタジオの運営はミュージシャン支援でもあるけど、それが街作りと絡むことによって、どういう変容が起こせるのか。もしかしたら街の中の音楽から離れた場所にも同じような価値観が広まっていくかもしれない。何もかもが対立して、分断しているように見える世の中で、新しいつながり方を作っていかなきゃいけないと思うし、音楽にはそういう立場の違う人たちをつなぐ力があるはずなんです。まだ具体的に言い切れない部分もあるというか、言い切った瞬間にトップダウン感が出ちゃうので、むしろみんなで考えたい。「こんな場所があったら面白くない?」みたいな話を地元の人ともしたいし、訪れてくれるミュージシャンともしたいですね。
──サポートをしてくれた人たちともそういう関係性が築けていければいいですよね。
これがうまくいったら、模倣する人たちが出てくると思うんですよ。ポップミュージックは基本的に引用と模倣の歴史だから、面白い取り組みは日本中でやったらいいと思うし、僕たちもほかの団体の面白いことを見て参考にしてるし、そういう1つのロールモデルになれたら最高だなと思います。ただ現状はそんなことを言っていられないぐらい必死なので、ひとまずはスタジオを立てることが目標ではあるんですけど。
──その過程を、この連載で追いかけさせていただきます。
連載がだんだん暗くなっていかないようにがんばりたいと思います(笑)。
「APPLE VINEGAR -Music Support-」最新情報
滞在型音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」設立に向けて、2024年12月15日までクラウドファンディング実施中。目標金額は5500万円。
・「APPLE VINEGAR -Music Support-」クラウドファンディングページ
プロフィール
後藤正文(ゴトウマサフミ)
1976年生まれ、静岡県出身。1996年に
・APPLE VINEGAR -Music Support-
・Gotch / Masafumi Gotoh(@gotch_akg)|X
APPLE VINEGAR -Music Support- @applevinegar_ms
@gotch_akg #AVMS の創設者で理事の #後藤正文 のインタビュー記事が公開されました。
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