「西寺郷太のPOP FOCUS」

西寺郷太のPOP FOCUS 第17回 [バックナンバー]

TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」

音楽的才能にあふれるバンドと昭和レジェンドたちの融合によって生まれた傑作

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西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンを務め、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多数のメディアに出演する西寺が私論も盛り込みながら、愛するポップソングを紹介する。

第17回では、TOKIOの代表曲の1つとして日本中で愛される「AMBITIOUS JAPAN!」にフォーカス。TOKIOの音楽的才能に注目しながら、なかにし礼、筒美京平、船山基紀という大御所の作家陣が作り上げたこの曲の魅力を掘り下げる。

/ 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ

他グループとの違い

2003年10月にリリースされたTOKIO通算28作目のシングル曲「AMBITIOUS JAPAN!」は、彼らにとって3曲目のオリコン首位獲得曲。ちなみに、今もなお愛される彼らのデビュー曲「LOVE YOU ONLY」は、その国民的浸透度からすると意外に思える最高3位。2001年5月に発売され、首位に上り詰めた「メッセージ / ひとりぼっちのハブラシ」までのデビューから6年8カ月の間、TOKIOのシングルチャート最高位は2位に留まっていました。

1990年代はヒップホップ、ダンスミュージックの勢いがアイドル音楽の世界にも波及。ジャニー喜多川氏の類稀なる審美眼によって発掘され、エンタテインメントの実戦教育を受けデビューした群雄割拠の天才たちは、それぞれのメンバーが持つ個性を生かす打ち出し方、時代にフィットした音楽性を探求し、その才能を爆発させていました。グループとしてTOKIOの先輩に当たるSMAPは、次々と主戦場であったはずの歌番組が消滅し“アイドル冬の時代”とも呼ばれた90年代初頭にデビューしながらも、その飾らないストリート感を生かしたファンキーでキャッチーな傑作ナンバー、ヒット曲を連発してゆきます。キャラクターの違う5人はそれぞれの活躍を結集させる形で、90年代半ばに勢いよく日本芸能界のカラーを塗り替え頂点へと駆け上がってゆきました。TOKIOとほぼ同期、平家派に所属した年長メンバーを擁するV6は高い身体能力を生かし、エイベックス色の強いユーロビートチューンでパワフルなアクロバットを展開。1978年生まれの長瀬智也さんと同世代、卓越した歌唱力を持つ堂本光一さんと堂本剛さんによるデュエット・KinKi Kidsは、松本隆さん、山下達郎さん、馬飼野康二さん、森浩美さんなど豪華な作家陣によって1980年代からジャニーズ事務所が作り上げてきた職人的ポップミュージックメソッドの完成形と呼べるのではないでしょうか。その後は個々が指し示す新たな方向性を提示しながら乱反射するような進化を続けています。

さて、TOKIOが前述したほかの同世代グループと違ったポイントは、3つあると僕は思っています。まずは当然ですが彼らが“楽器を演奏するバンド”だったということ。ボーカルおよびギター、ギター、ドラム、ベース、キーボードとそれぞれパートがある。楽曲の中で歌割りは縦横無尽に交錯しますが、絶対的センター、フロントマンが最年少の長瀬さんであることはデビュー時から変わっていません。これはある意味珍しいことです。ジャニーズにはTOKIOと世代交代するかのように活動休止し、事実上の解散となった先輩グループ・男闘呼組の存在がありましたが、ベースの高橋和也(旧芸名・一也)さん、ギターの成田昭次さんがツートップのような形でリードボーカルを担当されていたこともあり、長瀬さんほどの“フロントマン感”はありません。

そして、2つ目は、出自は楽器演奏を行うバンドであり音楽を心から愛しながらも、ロックミュージシャンとしての心意気、美学のみに比重を置かなかったこと。これこそ彼らが2020年代に至るまで長い人気を保ち続けるポイントだったのかも知れません。ただし、バラエティ番組「ザ!鉄腕!DASH!!」を軸とするお茶の間での絶大なる認知度、フレンドリーで親しみやすいタレント性の奥に“魅力的な音楽家集団”としてのTOKIOの本質が隠されてしまったのではないかと、ここ数年僕は思うようになりました。今、彼らのライブやステージを実際に体感することができなかったことを、心から後悔しています。

3つ目は、15歳でデビューした最年少の長瀬さんや、彼の2学年上の松岡昌宏さんがティーン特有の“少年性”をチャームポイントにしていたわけではなかったこと。180cmを超える2人の身長は当時のジャニーズ事務所所属アイドルには珍しく、そもそも成熟してこそ魅力が増すキャラクターの多いグループだったのではないか、と。デビュー直後の彼らについて思い返すと、まだまだそれぞれが楽器プレイヤー、ソングライターとしても伸び盛りの時期。3rdシングル「うわさのキッス」など、GSリバイバル的でレトロでキュートな初期の楽曲群は強烈な印象を残していますが、本当はもっと歳を重ねてこそ醸し出せる男らしいサウンドのほうが彼らにはフィットしていたのではないでしょうか? だからこそ、まさに2006年にリリースされた中島みゆきさん作詞作曲、船山基紀さん編曲による「宙船(そらふね)」のような代表曲も生まれてくる必然があったように思うのです。

世代を越えて誕生したエバーグリーン

90年代のテレビ文化をまさに最前線で駆け抜けたあと、2000年代前半になるとTOKIOはそれぞれが積み重ねた音楽的成熟度を、リリースする楽曲にリンクさせた新たなる充実期に突入してゆきます。2002年12月発売の「ding-dong / glider」は、彼らにとって2作目のオリコンナンバー1シングルに。その追い風を受けて、10カ月ぶりにリリースした楽曲が、JR東海の大型キャンペーンソング「AMBITIOUS JAPAN!」でした。オルゴール的サウンドにアレンジされたバージョンがJR東海の新幹線車両の車内チャイムとして現在も使用されている、まさに日本歌謡史に名を刻む金字塔です。

作詞がなかにし礼、作曲が筒美京平、編曲が船山基紀といういずれ劣らぬ“昭和歌謡曲の頂点、大御所”の三つ巴による磐石のソングライティングとアレンジ。平成の後半、2010年代には歌謡、シティポップなどの昭和文化を再評価するブームも起こりましたが、正直に言えばこの「AMBITIOUS JAPAN!」を初めて聴いたときの僕の印象はともかく「古(いにしえ)の“昭和的アイドル歌謡メロディ”そのものじゃないか!」というものでした。人々が盛り上がるような華やかなアレンジを施した、さわやかで切ないメロディ、職人の匠が存分に発揮された鉄道会社のタイアップにピタリとハマるストレートな言葉などがあまりにもストライクど真ん中すぎて、ファーストインプレッションでは作曲家・筒美京平ファンの1人としても一種の戸惑いを覚えたことを書き記しておかねばなりません。この楽曲がリリースされる少し前の1999年から2000年にかけて、僕は自分のバンド・NONA REEVESでシングル「LOVE TOGETHER」「DJ!DJ!~とどかぬ想い~」の2曲を京平さんにプロデュースしていただき、さまざまな作曲的アドバイスを受け、コーチしてもらう貴重な体験をしていました。まさに、そのときに京平さんがスタジオやご自宅でおっしゃっていた助言が「AMBITIOUS JAPAN!」では、そのまま体現されていたんです。

ただ、2021年の今聴くと「あのとき、最初自分はなんでそんなに“古い”と思ったのかな?」と思うほど、ナチュラルに捉えられるのが不思議なんです。ポップでキャッチーな楽曲でありながら、マイケル・ジャクソンの「Rock with You」を彷彿させるサビ前のブレイクや流麗なストリングス、そしてなかにしさんのあまりにも素晴らしい歌詞も相まって、昨年10月に京平さん、12月になかにしさんが続けてお亡くなりになった今、この楽曲に封じ込められた作詞家、作曲家、それぞれの情熱と熟練の技に改めて衝撃を受けていて……。「AMBITIOUS JAPAN!」こそが、筒美京平の最高傑作の1つではないか、と信じているほどです。ロックバンドとして、アイドルとして、そして国民的タレントとして若くして経験を重ねたTOKIO5人の持つ輝きと、レジェンドたちの融合によって昭和と平成、世代を越えたエバーグリーンが生まれたと僕は思っています。

長瀬智也の的確なジャッジ

編曲を手がけられたレジェンド、船山基紀さんに、この「AMBITIOUS JAPAN!」や2006年にオリコン首位を獲得した「宙船(そらふね)」などについて直接質問したことがあります。船山さんは「ともかく、長瀬くんには驚かされたんだ」と何度も繰り返されました。特に「宙船(そらふね)」のアレンジは長瀬さんが作ってこられたバンドアレンジのデモテープをもとに、船山さんがシングル向けに派手な装飾を施したものであり、もともとそのまま発表してもよいほどのクオリティであった、と……。レコーディングの現場でも長瀬さんが全体を仕切っていて、そのジャッジやアドバイスが的確で驚いたと船山さんは回想されるのです。

ダンスも歌もピアノもMCも何もかもパーフェクトにこなす国分太一さん、ギターを愛し、“若い世代から突っ込まれるジャニーズグループの先輩”という初めてのスタイルを確立するなど、テレビ文化に愛された天才・城島茂さん、全身から放つ男らしさと確かな演技力で民放全局の連続ドラマの主演を制覇した松岡昌宏さん。そして、あまりにも残念な不祥事で引退を余儀なくされたものの、甘いボーカルと確かなベースの腕前でTOKIOの音楽的活動の基盤を支え続けた山口達也さん。才能あふれる長瀬さんの事務所退所のあとに、バンド活動、ミュージシャンとしての5人の活動があるとするならば、僕は、いや彼らを愛した多くの人々が感動するでしょう。

Be ambitious! 旅立つ人よ 勇者であれ
Be ambitious! 旅立つ人に 栄光あれ

(※TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」より引用)

それぞれが苦悩して選んだ決断。しかし、わがままを承知で言います。なかにしさん、京平さんがお亡くなりになった今こそ、5人が彼らに捧げるべく奏でる音楽が聴きたいです!

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。2020年7月には2ndソロアルバム「Funkvision」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などさまざまなメディアに出演している。

しまおまほ

1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」「スーベニア」「家族って」といった著作を発表。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。

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