長編アニメーション「
肉のたるみのようなものまで…容赦なく生々しい描写
まず柴田は「連作短編でもなく、バラバラに書かれた短編を取り上げて1つの作品に仕上げているわけですが、その自然さや見事さは最初に観たときは気付けなかったです」「観れば観るほどさりげない形でエピソードがつながっている」と称賛。「この映画の会話はほとんどダイアローグなんですよね。北海道のシーンでは3人で話しているけど、ほとんどは2人。それによって統一感が出ているのかもしれない」と分析する。
俳優が演じた実写映像をもとに、絵を起こした本作。深田は「僕は依頼を受けて仕事をすることがめったにないのですが、率直に作品が面白かったのと、アニメ的にデフォルメされたお芝居ではないということでお受けしました。そういうお芝居を演出したことがないので、(それを求められたら)難しいかなと思っていて。でも実写のトーンでいいし、それが監督の希望だということで。今作では非常に生々しい人間が描かれていました」とコメント。さらに「男性の成長譚に絡む女性が記号的な美女になってしまう可能性もありましたが、この作品は肉のたるみのようなものまで容赦なく生々しかった。すごく面白く新鮮でした」と振り返る。
原作への愛着から生まれた、強度の高い作品
また柴田が「観ていてロバート・アルトマンの『ショート・カッツ』を思い出した」と話すと、深田は「『ショート・カッツ』は僕も大好きなんですが、今言われて確かにと思いました。ただあちらは徹底した群像劇ですね。(レイモンド・カーヴァーの)バラバラの短編をもとにしていますから、エピソードがつながって多面的になっている世界観は本作に近い感触があるかもしれないです」と応える。
続いて柴田から「そもそもピエールは原作をフランス語訳・英訳で読んで、英訳版でピンと来たと言っていました。英訳されたものを日本語に訳して、こうやって日本語版ができて……というプロセスがある作品ですが、ピエール自身には『自分がやっていることは翻訳的要素もあるかもしれないけれど、クリエーションをしているんだ』という自負があるように感じました」と振られると、深田も「あると思います」とうなずき「原作に向き合う作家は批評家でもあるわけです。主体的な愛着を持たずにビジネス都合で映像化をする大抵不幸な結果になる」「村上さんは、その作品に愛情を持てるかどうかで翻訳するかを決めると語っていて。ピエール監督も原作に愛着があるから、これだけ強度の高いものが作れたのだと感じます。キャラクター造形にもかなり個性が入っていると思います」と述懐した。
ピエール・フォルデスと深田晃司の演出が交差する録音現場
今回、翻訳協力という形で本作に参加した柴田。「土居伸彰さんが英語を日本語に訳した脚本はすでにできていました。なのでそれを僕が確認して、ということで大したことはしていないんです。ほかの方が翻訳したものをチェックする仕事は最近しょっちゅうしていますが、クオリティが一定以上だと遊びで、以下だと仕事になる(笑)。これは圧倒的に遊びで、微調整を少ししました。貢献があるとすれば、(登場人物名に)役職を付けたこと。英語版では『ミスター〇〇』なのですが、日本なら(話すときに)役職を付けて呼ぶだろうということで『〇〇課長』『〇〇部長』としました」と説明した。また作中でテレビに映っている人物の声も担当したと明かして「だから僕は録音の現場にいることができたんです。深田さんがいて、フランス語を日本語訳する人がいて、ピエールがいて。僕が下手に演じるとピエールが直接英語で言ってくるんですよ」と笑い、「俳優が何かパフォーマンスすると、ピエールも言うし、深田さんも言うしで誰が(最終的な方向を)決めるんだろうと思っていました」と回想する。
対する深田は「困惑させてしまって俳優さんには申し訳なかったなという気持ちはあります。ただ今回なぜ日本語版が作られたのかというと……原作の舞台が日本で日本人のキャラクターなので、ピエールさんが日本配給の条件として、日本語吹替版を実写の俳優で作ると決めていたんです。フランス語版では、フランスのアニメーション制作会社の人たちがアニメーションの声優を集めていたそうなんですが、ピエールさんが全部チェンジにしたと」と経緯を語る。そして「ピエールさんは常に現場にいるんです。日本語はわからないけど、思うことがあれば言う。僕の立ち位置は翻訳に近いなと思っていました」「日本語と英語の強調の仕方にも差異があるわけです。例えば『私は君が好きだ』の『好きだ』を強調したいんだったら、日本語の場合は『君が好きだ』にしたり語順を変えて『好きなんだ、君が』にしたほうがより思いを強調できるかもしれない。英語だったら"I love you"の"love"にアクセント置くのかもしれないですが」と言い「ピエールさんには『(日本語だと)平坦に聞こえるけど、これで強調が成立しているんですよ』と言って」「クレイジーな情熱があって、新鮮で楽しい作業でしたよ」と振り返り、フォルデスがかなり積極的に演出に関わっていたことを話す。
また録音の現場では、キャラクターが寝そべっているシーンでは俳優も同じように寝そべっていたそう。深田が「身体の動きが芝居に反映されていました」と述べると、柴田も「声の表情や感情がリアルでした。でもドラマチックすぎる増幅はなくて」と自然さをたたえる場面もあった。
キャスティングは実年齢重視
キャスティングの話題も挙がり、深田は「キャスティングはプロデュース部と決めつつ、ピエールさんにチェックしてもらってOKをいただいていました」「英語版の声に近く、演技力がある方を考えて、ピエールさんに(人選案の)声をお聞かせしたんです。でも若いキャラクターは若い俳優で、と実年齢へのこだわりが強かった。フランスの演出家はそういう傾向がある気がするという話も制作中に聞きました。身体的なものが声に影響するという、それはどこかで精神論に近いものがあるかもしれませんが、最終的にはそのこだわりに合わせていきました」と裏側を明かした。
「めくらやなぎと眠る女」は、7月26日よりユーロスペースほか全国でロードショー。日本語版には磯村勇斗、玄理、塚本晋也、古舘寛治、木竜麻生、川島鈴遥、梅谷祐成、岩瀬亮、内田慈、戸井勝海、平田満、柄本明が参加している。
※塚本晋也の塚は旧字体、古舘寛治の舘は舎に官が正式表記
映画「めくらやなぎと眠る女」日本語版特別映像
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柴田元幸です。ちょっと遅れてしまいましたが20日 The Japan Times にはローランド・ケルツ(Roland Kelts)による充実の『めくらやなぎと眠る女』評が載りました https://t.co/Qo4SDQ5s0E 村上作品のチェーホフ的空虚のみならずカフカ的クレイジーさも捉えている、という指摘に納得 https://t.co/wfl2Qpqxr2