村上春樹初の原作アニメ「めくらやなぎと眠る女」、正直な感想は「すごく面白かった」

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村上春樹が本日6月15日、自身の短編小説を原作とする長編アニメーション「めくらやなぎと眠る女」の先行上映会に登壇。母校である東京・早稲田大学の大隈記念講堂で、監督を務めたピエール・フォルデスとトークを行った。村上との共著もある米文学者・翻訳家の柴田元幸がモデレーターを務めた。

「めくらやなぎと眠る女」先行上映会の様子。左から原作者の村上春樹、監督を務めたピエール・フォルデス。

「めくらやなぎと眠る女」先行上映会の様子。左から原作者の村上春樹、監督を務めたピエール・フォルデス。

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映画「めくらやなぎと眠る女」ビジュアル

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本作は「かえるくん、東京を救う」など村上による6つの短編を翻案する形で、2011年の東日本大震災から5日後の東京に生きる人々を描いた物語。大地震によって人生に行き詰まっていることにすら気付いていなかった人々が、自己の中の真実を見つめるさまが描かれる。アヌシー国際アニメーション映画祭2022では長編部門の審査員特別賞、第1回新潟国際アニメーション映画祭ではコンペティション部門のグランプリに輝いた。

村上春樹の正直な映画の感想は

これまで村上の作品が実写映画化されたことはあったものの、アニメ映画化されるのは今回が初めて。まず映画の感想を聞かれた村上は「とても正直に」と切り出しながら「僕、2回観たんだけど、2回ともとても楽しく観ることができました。アニメの映画ってどうしてかあまり観ないんだけど、この映画はアニメと意識しないで観ることができた。(原作は)ずっと昔に書いた短編で、何を書いたか覚えてないんですね。次どうなるのか全然わからなくて、映画オリジナルのシーンなのか、僕の書いたシーンなのか違いもわからなくて。だからすごく面白かった。もちろんわかるところはわかるけど、猫が出てくるところ、あのシーンは(原作に)なかったと思う」と明かす。

「象の消滅」(右)

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海外で編集・発売された初期短篇集「象の消滅」を友人に薦められ、村上の小説を初めて読んだというフォルデス。彼はまず「とても気に入って。そのオリジナルでユニークなスタイルに惹き付けられました。素晴らしいストーリーをたくさん書いてくれて本当にありがとうございます。とても刺激になりました」と村上に感謝を伝えた。

異界から侵入してきた“かえるくん”

村上は今回原作となった「UFOが釧路に降りる」「かえるくん、東京を救う」が収録されている連作短編集「神の子どもたちはみな踊る」が生まれた経緯について説明。「バラバラの短編を書いて1冊にまとめるのではなくて、コンセプトアルバムみたいに、最初からこれだけのものを組み合わせる計画で作ってるんです。その中にいくつか小説が入りますので、それぞれに個性的な違いを作っていかないと、難しい。みんな退屈してしまうから。そうしてるうちに変なものが出てくる。これの場合は『かえるくん』なんです」と話していく。

映画「めくらやなぎと眠る女」場面カット

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“かえるくん”は映画の中でも重要な存在となっており、村上は「どうしてかえるくんが出てきたか、今となってはまったく思い出せないんですが、書いてるうちにかえるくんが出てきたんだと思う。異界から侵入してくるみたいな感じで。文芸誌に連載していたときに編集者が『ちょっとこれは……』と首をひねったものなんです。いわゆる純文学のスタイルとは離れたものだったから。でも本にしてみると、世界中でかえるくんが一番ウケるんですよね。僕も好きだし」と、その人気に触れた。

“かえるくん”の誕生秘話について、フォルデスは納得した様子で「意外ではありませんでした」と反応。「彼が突然出てきた、どうやって出てきたかもわからないとおっしゃいましたが、私自身も映画の脚本を書いているときに突然かえるくんが登場してきたんです。それはとても素晴らしい瞬間でした。かえるくんは教養があると同時に大胆。とても素晴らしいキャラクターです」と、その魅力を語る。村上も「物語の集積として、1冊の本がかえるくんを求めるんですよね。そういう声が聞こえるから、自然にかえるくんが出てきて。ピエールの映画のかえるくんも僕のイメージによく合っていて、すごく面白かった」と続けた。

映画「めくらやなぎと眠る女」場面カット

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英語版とフランス語版では、フォルデス自らかえるくんの声を担当。村上はこのことを知ると「僕もカエルくんの声うまいよ。朗読するときかえるくんのマネするんだよ」と笑みをこぼし、フォルデスは「村上先生にかえるくんの声を頼んだほうがよかったかもしれないですね(笑)。でも、かえるくんの声はとても楽しかったです。オーディションで探したんですが、かえるくんの声はどうしてもしっくりこなかった。なぜかちょっと違う感じがして。早く決めなければいけなかったんですが、そこで私自身がやりたいんだと気付きました」と振り返った。

「短編から作ったほうが意欲的なものができる」

映画は6つの短編を翻案しており、村上は「そんなに入ってたのか(笑)。でも、その組み合わせ方がとても面白かった」と言及。自身の小説の映画化となる「バーニング 劇場版」「ドライブ・マイ・カー」にも触れ、「両方とも短編小説から作られた映画なんですよね。僕は短編を映画にしてもらうのは嫌じゃないんです。短編というのは映画を1本作るには、監督自身のものを足していかなくちゃいけない。そうすると面白いものができる傾向がある。長編は映画に収めるのが大変だから、どうしても引く作業になっちゃう。だから短編から作ったほうが意欲的なものができると思ってます」と持論を語った。

映画「めくらやなぎと眠る女」場面カット

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実際にフォルデスが映画化を進めるときも「短編から選んでください」と村上サイドから打診があったそうで「当時、全部の短編を再読しました。何度も何度も読みました」と述懐。当初は1つの短編を選ぶつもりであり、「すごく幸せな時間でもありますが、1つ選ぶという意味では拷問のような状況。たくさんの短編にインスピレーションを受けて、とても1つに選ぶことができなかった。そこでもう一度メールして『複数の短編を映画にしてもいいですか?』と聞き、改めて許可をいただきました」と明かす。そこで選ばれたのが、「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと、眠る女」だった。

フォルデスは、複数の短編を1つの長編映画に翻案した過程について「これらの短編が好きで、神秘的でマジカルなものをどうにか捉えたかったんですが、確固たる計画はありませんでした。最初は5つの短編のそれぞれのアニメを作ろうとしていて、『かいつぶり』はジョークのように短編の間に入れていこうと思っていました。ただ映画を作る過程は長いので、脚本について考える時間がたっぷりありました。そして少しずつ、植物の根っこが絡み合うように、物語と物語の間がつながってきた。それぞれの短編の登場人物がもしかしたら同じ人の別の側面なのかもしれないと感じるようになったんです。このような形で6つの短編をつなぎ合わせることになりました」と明かした。

俳優の演技にインスパイアされた“実写アニメーション”

映画「めくらやなぎと眠る女」場面カット

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フォルデスは実写で俳優の演技を撮影した映像をベースに独自の技法でアニメーション化を実現。自ら「実写アニメーション」と呼ぶ今作のために開発した手法であり、そうした理由を「私にとっては俳優と一緒に仕事をすることが大事でした。登場するのは、典型的なアニメのキャラクターではなく、微妙なものがあり、会話もたくさんある。俳優同士が話し、表現するような完璧な“対応”が大事だと思いました。アニメではアニメーター1人ひとりが動きを考えますが、それは私が監督として判断したかったんです。監督が俳優に伝えるように。だから俳優と一緒に登場人物のキャラクターを作っていきました。そのあとの2段階目として、俳優の演技、表現、動きにインスパイアされて、直感的に手でアニメーションを描いています」と明かした。

映画「めくらやなぎと眠る女」場面カット

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映画「めくらやなぎと眠る女」場面カット

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村上は「日本に長く滞在したことは? 日本の風景が面白くて、とても感心したんです」と質問。フォルデスは今回の来日も含め4回訪れたことがあるだけで、長期滞在はないそうで「私のアプローチは“現実に忠実であれ”というものではありませんでした。私の解釈、インスピレーションに忠実でありたいと思っていました。風景は日本に旅行して、写真も撮りましたし、絵も描きました。そこからインスピレーションをふくらませたので、現実の日本そのままというわけではないですね」と答える。村上が「北海道のラブホテルの内装がすごくリアル」と冗談交じりに指摘すると、フォルデスは「私自身、まだ行ったことがないので、行かなきゃいけないと思ってます(笑)。でも、いろんな写真を見て、自分のバージョンを作ってみました」と話した。

村上春樹が唯一長編で映画化してほしい作品は

村上は自作の映画化についての考えを「この映画を観て、僕がどういうのを求めているのか、映画関係の人も理解してくれてきているんじゃないかと感じました。『バーニング』にしても『ドライブ・マイ・カー』にしても『めくらやなぎと眠る女』にしても。ぴったり。(監督が)やりたいことと、僕がやってほしいこととが合ってる。これは、すごく素晴らしいことだと思うんです。僕の書いたものをそのまま映画にするんじゃなくて、そこに何かを付け加えて、新しいものにしてほしい。それが僕の求めていることなんです」と改めて語る。

長編に関しては「小説じゃないけど、長編で唯一、映画にしてほしいと思うのは『アンダーグラウンド』ぐらい。あれは映画にしてくれるとすごくうれしい」と口にする一幕も。同作は村上が地下鉄サリン事件の関係者にインタビューを重ねたノンフィクションであり、村上は「いろんな人のボイスが入っている本だから、そういうのを映画にしてもらえると、すごく面白いだろうという気はするんですよね」「あれは“日本人の再起”みたいなものの集積だと思ってるんです。フィクションなのか、ノンフィクションなのかわからないけど、とにかく映画にしてもらえるといいなあ」と打ち明けた。

左から原作者の村上春樹、監督を務めたピエール・フォルデス。

左から原作者の村上春樹、監督を務めたピエール・フォルデス。[拡大]

最後に、フォルデスは「素晴らしいストーリーを生み出してくださって本当にありがとうございます。私も刺激を受けて、あなたのインスピレーションの川に流されています」と改めて村上に感謝を伝える。一方、村上は「僕は1968年に早稲田大学に入りまして。文学部の演劇映像学科にいたんですよね。本当は映画をやりたかったんだけど、小説家になってよかったです(笑)。というのは小説家のほうが楽だから。通勤ないし、会議ないしね。資本を集めなくていいしね。本当に楽でいいですね」と会場を笑わせ、トークを締めくくった。

「めくらやなぎと眠る女」は7月26日に東京・ユーロスペースほか全国で公開。日本語版も制作され、声優には磯村勇斗、玄理、塚本晋也、古舘寛治、木竜麻生、川島鈴遥、梅谷祐成、岩瀬亮、内田慈、戸井勝海、平田満、柄本明が名を連ねた。映画監督の深田晃司が演出を担当している。

※塚本晋也の塚は旧字体が正式表記
※古舘寛治の舘は舎に官が正式表記

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(c)2022 Cinéma Defacto – Miyu Prodcutions – Doghouse Films – 9402-9238 Québec inc. (micro_scope – Prodcutions l’unité centrale) – An Origianl Pictures – Studio Ma – Arte France Cinéma – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

映画「めくらやなぎと眠る女」予告編

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シネフィルDVD @cinefilDVD

「『バーニング』『ドライブ・マイ・カー』『めくらやなぎと眠る女』にしても、やりたいことと、僕がやってほしいこととが合ってる。すごく素晴らしいことだと思うんです。僕の書いたものをそのまま映画にするんじゃなくて、そこに何かを付け加えて、新しいものにしてほしい」https://t.co/cY123QnqaV

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