スタジオジブリ制作、氷室冴子原作による1993年の長編アニメーション「
本作は東京の大学に進学した杜崎拓(もりさきたく)が、地元の大学に行ったはずの武藤里伽子の人影を吉祥寺駅で見たことをきっかけに、高知で過ごした高校時代を思い返すストーリー。高知や東京の街並みを背景に10代の終わりを迎える3人の男女が、ゆるやかに自分たちの過去や心と向き合うさまが描かれていく。
映画館での上映機会は貴重で、劇場公開はおよそ31年ぶり2回目。3月の上映開始以降、連日満席が続き、Filmarksでもトレンド上位に入るなど話題を呼んでいる。20代から30代の若い世代の来場が目立ち、Q&Aでも挙手が止まらず、当初の予定から1時間近くも伸びる活況となった。
制作は“スタジオジブリ若手制作集団”
望月自身、この機会に久しぶりに劇場で鑑賞したそうで「アニメーターが動きを描く、芝居を描く、その作業だけで、できあがっている映画だなと驚きました。こんなに丁寧な作画だったのか、と。基本カメラワークもないし、ほぼ透過光も使ってない。人が手で描いた動き、背景でできあがった作品であると、自作ながら感心しました」と感想を明かす。さらに「うまい人はいっぱいいます。でもうまい人だけでできあがっているチームは、あとにも先にも唯一の体験だったかもしれない」と話し、高橋も「ジブリで育った卓越したアニメーターの技術でできあがった作品」と付け加えた。
映画には当時、研修生としてジブリに入社し、現在もトップアニメーターとして活躍するスタッフが多数参加。高橋は「当時は若いスタッフが高畑(勲)さん、宮崎(駿)さんを抜きにして作品を作る機会がなかなかなかった。そこで『海がきこえる』は“スタジオジブリ若手制作集団”と銘打ってほぼ全員のスタッフが若手になった。その若手たちが全力投球して作った」と振り返る。望月は「君の名は。」の安藤雅司、「ガンダム Gのレコンギスタ」の吉田健一といった名前を挙げ「非常に印象に残っていて、彼らがまだ20代半ばの頃。当時から驚くほどうまかった。おかげさまでアニメーションとして絵や動きがきれいな作品を作ることができた」と口にした。
望月智允は氷室冴子のファン
それまで高畑勲と宮崎駿の長編アニメーションを専門的に作るスタジオだったジブリが、初めて2人以外の監督作として発表した長編でもある「海がきこえる」。望月はアニメ「ここはグリーン・ウッド」を監督していた際、高橋から直接、監督オファーを受けたそうで「自分が氷室冴子のファンでほとんどの作品を読んでいた。もともと氷室さんの小説をアニメにできないか考えていて。小説の挿絵を描かれている近藤勝也さんがキャラクターデザインと作画監督で参加するという話だったので、やってみようじゃないかと思いました」と振り返る。望月は「海がきこえる」がアニメージュで連載されていた数年前からアニメ化を熱望しており、「1回、企画書を書いて、ジブリの鈴木敏夫さんに持っていったこともあります」と述懐。その後、ジブリが若手だけで作品を作ると決まった段階で、鈴木が「青春ものがいいだろう」と発案し、原作が選ばれ、望月へのオファーへと至った。
ジブリ作品としては異例、すべての景色が実在
高知と東京の平成初期の風景をそのまま背景として生かした青春模様がつづられる本作だが、高橋は「アニメで実際に存在する土地をリアルに描き出すって、当時はそんなになかった気がしますよね」と回想。望月は「なかったし、ここまでやったのは初めてだったと思います。基本的にすべての景色が実在していて、そのまま」と同意しつつ、実際に高知で行ったロケハンの思い出を披露する。望月が当時所属していた制作会社・亜細亜堂のプロデューサーの親戚に舞台となる高知追手前高等学校出身の人がいたそうで、「その人が校長に取材を掛け合ってくれたんですよ。すごく絵になる高校で廊下は広く、天井も高い。中では写真を撮りまくりました」と思い返す。
写真の資料が豊富にあったため、近藤の発案から写真を拡大コピーした素材をアニメのレイアウトに起こして使用することになったという。その理由を、望月は「それは作業を省略するためでした。作画期間は半年あるか、ないか。最初から景色を生かしたリアリティを目指すというよりは、せっかく写真を撮ったんだから使おうという判断です。高知は1回行っただけですけど、東京はいつでも撮れる。最初から完成形を考えていたわけではなかったです」と説明。ジブリ作品としては異例の作り方で、望月は「宮崎さんは『そんなの自分で描くもんだ』と言う人ですから。自分の空想や理想が入った風景を描くのがアニメなんじゃないのか、と。この写真から起こす作り方、宮崎さんは『カンニング』と言ってましたね。だから、こそこそ作ってました(笑)」と明かした。
作画期間はたった半年
作画期間は当初3カ月になりそうだったところ、最終的には半年に落ち着いた。それでもおよそ70分の長編アニメーションとしては非常に短く、望月は「1日も無駄にできないスケジュール。じっくり時間をかけて考えることができない中で、近藤勝也さんの絵が本当によかった。大変だけど芝居は彼に全部任せて、僕はとにかく完成させる工夫をしていたと思います」と述懐。あまりの忙しさに、望月が十二指腸潰瘍で倒れたこともったそう。ただ観客から「もしも制作期間に余裕があったら、もっとこだわりたかったところは?」と質問があると、「あの制作期間でよかったと思ってます。短期集中で作ったからこその密度みたいなものがある。もし時間があったら絵コンテをだらだらと作ってたかもしれない(笑)。常に追い詰められていたのがいい結果的になったんじゃないかと思います」と答えた。
吉祥寺駅を舞台に選んだ理由は
原作は高知の高校生時代を描く1部、東京での大学生活を描く2部の構成となっているが、アニメーションでは大学生活の詳しい描写はなく、大学生となった主人公が帰省する途中、中学や高校での出来事を回想する形式がとられている。このような形にした理由を、望月は「確か原作はアニメの企画に入ったと同時ぐらいに完結した。だから2部をやるのはタイミング的にも難しかった」と述べつつ、「長い原作の前半部分だけをアニメにするに当たって、中途半端に終わらせるのではなく、この作品ならではのラストは作りたかった。最初と最後の吉祥寺駅はアニメオリジナルのシーン。どちらもセリフすらないです。1つのまとまった話として拓と里伽子が再会するラストにしたわけだから、原作の大学生編につながっていくようにも見えるし、アニメとしても終わらせることができた」と、その狙いを語った。
「2人が期せずして再会する場所はなかなか決まらなくて」と、吉祥寺駅に決めるまで、空港のエスカレーターや渋谷のスクランブル交差点など候補は複数あったそう。当時のジブリは吉祥寺から東小金井にスタジオを移転したばかりの頃で、望月は「ラストの内容は決まってましたが、場所だけ決まってなかったんです。『駅はどうだろう』と思って吉祥寺も近いので1人で見に行きました。(JRのホームの)端っこにある狭い階段がいいと思って。あそこは人が少ないんですよ。そこで決めました」と打ち明ける。この再会の瞬間は映画のカットの中でも唯一カメラが動く瞬間。拓の顔から里伽子へ大きくパンする印象的なカメラワークで、「海がきこえる」はこのカット以外はすべて固定撮影となっている。望月は、その意図を「最後のカメラワークを際立たせるためもあるし、あんまり大判(背景)が多いと原画チェックが大変なんです。大変なのを避けたいわけじゃなくて時間がかかる。とにかくスケジュールがないことに縛られてたんですよ」と振り返った。
テレビ作品だけど映画として作ろう
「海がきこえる」はテレビ放送用として作られながら、画面アスペクト比は当時の地上波テレビの4:3ではなく、劇場作品と同じ16:9のビスタサイズで制作された。高橋はその経緯を「当時のテレビアニメは全部4:3でしたが、若手制作集団とは言ってもジブリが作るんだから、これは映画として作ろう、と。横長のビスタでちゃんと35mmで撮影して、音もステレオにしました。そうしたことで全然古びてない。今4:3で観ると、さすがに古びて見えてしまったと思うんですよね。作品として残していくためにジブリとして最低限のフォーマットを守ることにしたのはよかった」と説明。望月によると高橋が強くこだわった部分だそうで、望月も「もし4:3しか残ってなかったらと思うと、ちょっとゾッとしますね」とこぼした。
杜崎拓と親友・松野の関係はいま観るとBL?
トークでは拓と親友・松野の関係がBLとして受け止められていることに関する話題も。高橋が「当時まったく考えてなかったのはバディもの、BLとしての見方。今そういうふうにも観られているのはどうですか?」と率直に尋ねると、望月は「そういうふうに観ていただいて、その先を妄想できるのは、それに越したことはないですね」と反応する。
好き嫌いが分かれるヒロイン・里伽子
一方のヒロイン・里伽子について、望月は「人によっては好き嫌いが分かれる。彼女を理解できるか、できないか。僕は大好き。この映画を作っていて一番楽しかったのは、里伽子をどう動かすかでした」とコメント。里伽子と同じ名前を持つという20代東京在住の女性が、家庭の境遇も似ているものの「共感できる行動やセリフがなかった」と感想を伝える一幕も。「里伽子は1990年代当時の時代を反映した女性像なのか」といった質問が続き、望月は「時代背景の反映はないと思っています。昭和でも平成でも現在でも、ああいう女の子もいれば、もっと素直でかわいい子もいる。彼女をどう捉えるかも千差万別ですよね」と答える。高橋は「里伽子は実在感が強い。迫ってくるものがありますよね」と付け足し、望月は「そうですね。だから里伽子がいい悪い、理解できるできないといった感想が多くなる。それは作品として狙ったと言うか、うまくいったと思うところです」と話す。
里伽子の声優には職業声優ではなく、当時、舞台女優として活動していた坂本洋子がキャスティングされた。これは鈴木からの提案だったそうで、望月は「普通の声優ではない。ちょっと演技が違うと言うか、場違いな雰囲気があった。でも里伽子は高知の中ではエイリアン。その場違いな感じがいいと思いました」と振り返る。観客から原作と比べ「アニメのほうがミステリアスでそっけない印象」という感想が上がると「狙って造形したわけではなく、人の動きと声がついていたことでそういう生々しさが出たのではないかと思います」と答えた。
「その人はね、お風呂で寝る人なんだよ」秘話
原作にはない里伽子の「その人はね、お風呂で寝る人なんだよ」という終盤のセリフに関して、思い付いたきっかけを尋ねられる質問も。望月は里伽子も拓のことを気にしていることを示す意味合いのセリフであるとしつつ、きっかけは詳しく覚えてないという。高橋は「確か、あのセリフはかなり議論がありましたよ。脚本の丹羽圭子(中村香)さんとも話した記憶があります。数案あって選ばれたような気がします。直接『好きでした』と言わせるわけにはいかない。でも間接的に言わせなきゃいけないから難しいセリフだった」と記憶をたどり、望月は「自分の独断では決めてなくて、すごくスタッフ同士で話し合って決めることが多かった。そういう意味では民主主義的に作ってましたね」と振り返った。
ジブリは全部観てるのに「海がきこえる」だけ観てない?
最後に、望月は「今日も制作当時は生まれていなかったと思われる人たちが7割ぐらい。本当に意外で、ジブリの中では『観たことがない』『ジブリは全部観てると言ってるのに海がきこえるだけ観てない』とか、そういう位置にある映画……じゃなくてテレビですしね(笑)。そう思ってたんですが、30年経って、こんな日が来るなんて思ってもみなかった。これは老い先短い僕へのご褒美ですかね……?」と笑い混じりに吐露。高橋は「もちろん、そうだと思いますよ」と飄々と同意しつつ、日本テレビ系「金曜ロードショー」で頻繁に放送されるジブリ作品と比べて「放送されないものはちょっと遠い作品になりつつある。特に『海はきこえる』はそう。幻になっている部分もあって、でも今回新しいお客さんが発見して観てくれたのが非常にうれしい」と、異例のヒットの感慨を述べた。
「海がきこえる」はBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下で4月25日まで上映。
※高橋望の高は、はしごだかが正式表記
※記事初出時、人物名に誤りがありました。お詫びして訂正いたします
なんじゃ @11_nan_ja_11
海がきこえるはまじで「逆に今っぽい」よな https://t.co/yzHuK3ny8K