これまで日本の商業映画でほとんど光が当てられてこなかったアロマンティック、アセクシュアルを題材にした 「
大前粟生による同名小説を実写化した本作は、ぬいぐるみに話しかける人が集まる大学のサークルを舞台にした物語。恋愛やジェンダーに由来するノリが苦手な七森は、大学で初めて仲良くなった麦戸と一緒に“ぬいサー”に入る。サークルのルールは「他人がぬいぐるみと話している内容を聞かない」こと。恋愛感情がわからない七森、彼と心を通わせる麦戸、そしてぬいぐるみとはしゃべらない白城を中心に、人の優しさや痛み、加害性、つながりにまつわる話が展開していく。「町田くんの世界」の
取材したのは2022年3月下旬、埼玉・西川口駅にほど近い純喫茶アルマンドを貸し切っての撮影。映画の舞台は京都だが、一部のシーンは東京近郊で撮られており、この日は京都への移動日直前の撮影だった。細田と新谷に加え、キャストの
喫茶店では真魚演じる光咲の彼氏が働いており、2人の仲睦まじい様子から場は自然と恋の話に。「彼氏欲しい」「私、全然長く続かない」「写真見せて」などなど、ごく普通とされてきた会話が、他人に恋愛感情を抱いたことのない七森に戸惑いを感じさせる。本編ではほんの短いシーンだが、恋愛をすることが当たり前のような空気が流れ、七森が知らない友人たちの一面が際立つ瞬間だ。カメラは七森以外の4人を目線と同じ高さで捉えながら、七森だけは少し高いところから見下ろし気味に狙う。周囲に伝わっていない七森のささいな感情の揺れと違和感を、金子はアングルの違いから浮き彫りにしていた。
原作者の大前が「女性差別に傷付く男の子の話を」という依頼から執筆し、“ジェンダー小説”と銘打たれた「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」。ともに京都で学生生活を送り、もともと大前と面識のあった金子は映画化を切望していたという。その理由を尋ねると、金子は「今まで商業映画に映ってこなかった人たちがいると思いました」と話し始める。アロマンティックとは他人に恋愛感情を持たない人や指向、アセクシュアルとは他人に性的欲求を抱かないセクシュアリティのこと。金子は「異性愛規範や誰かを愛する中で何かを乗り越える物語ではないんです。原作では弱い人たちが弱い人のまま、そのまま物語が終わっていくことに感動して。これを商業映画で撮れたら、とても意義があることだと思いました。“ぬいぐるみとしゃべる人”、それこそ色物扱いされてきた人たちに光を当てる映画。ほかの監督がやったら、物語としてセクシュアリティを利用されてしまうのではないかと思いました。そわそわして『私が作らなきゃ』と感じました」と語る。
主人公の七森は現実にある悲惨な事件や女性への差別を見聞きしてから、男性としての加害性を自覚し、身動きが取れなくなってしまう繊細な人物。彼は恋人関係ではない、友達以上恋人未満でもない、それでも大切な存在である麦戸の抱える痛みに真摯に向き合っていく。金子は「七森は繊細だけれど、鈍感なところもある。周囲を傷付けてしまうこともあるので、共感しにくい部分もあると思います」と吐露。撮影は3日目と始まったばかりだが、徐々に手応えを感じているそうで「細田さんが演じることで、七森の葛藤が嘘じゃなくなる。ずっと不安だったんですけど、お芝居を見て『あ、大丈夫だ。細田さんでよかった』と思えました。七森も誠実に悩んで行動を起こしているように映っていると思います」と自信をのぞかせた。
「七森を演じるのは、楽しいです。しんどい部分もありますけど」。喫茶店のシーンを終えた直後に話を聞くと、繊細で不器用な七森を演じる細田の素直な答えが返ってきた。「監督に一番最初に言われたんですよ。『みんなで一緒にしんどくなりましょう』と。それがすごくうれしかったんです。その人物を実際に演じてしんどくなっていくのは役者1人の作業かもしれないけれど、撮るのはみんな。『一緒にしんどくなろう』と言ってもらえたことが、ありがたくて。自分だけじゃないんだ、と思えました。だからこそ自分の全部を預けて撮影ができています」と監督への信頼を明かしていた。
「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」は東京・新宿武蔵野館、WHITE CINE QUINTOほかで公開中。4月22日からは入場者プレゼントとして特製“おばけちゃん”ステッカーが先着順で配布される。
ASUKA NEMOTO|映画録音 @nemoasu
これ、かそけきで使った喫茶店かな https://t.co/DPagNU0TBI