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しんゆり映画祭が「主戦場」上映中止に至る経緯説明、市の懸念を「重く受け止めた」

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オープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」にて、左から纐纈あや、大澤一生、中山周治。

オープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」にて、左から纐纈あや、大澤一生、中山周治。

慰安婦問題をテーマにしたドキュメンタリー「主戦場」の上映を見送ったことで、相次ぐ抗議を受けている第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019。「表現の自由への萎縮」を加速させる事態を招いたことを重く受け止めた映画祭は、オープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」を10月30日に神奈川・川崎市アートセンターで急遽開催した。

NPO法人のKAWASAKIアーツが主催し、事務局を運営するしんゆり映画祭は、ボランティアを含む市民スタッフが企画・運営の中心を担い、2019年で25回目の開催を迎えた市民映像祭。予算の半額に近い600万円を負担する共催の川崎市が上映差し止めの訴訟中にある「主戦場」の上映に「懸念」を示したこと、また運営サイドが市民ボランティアや観客の十分な安全を確保できないという運営面での課題を理由に上映見送りを決定した。

この日のイベントは同映画祭に「沈没家族 劇場版」を出品している配給会社ノンデライコ代表の大澤一生、「ある精肉店のはなし」が招聘された映画監督の纐纈(はなぶさ)あやの呼びかけにより開催。2人のほか映画祭代表の中山周治、事務局スタッフ、70を超える市民、30ものマスコミが集まり、2時間の予定を大幅に超える3時間にわたって意見が交わされた。

まず事務局スタッフは資料をもとに、見送りに至った経緯を説明。映画祭スタッフ約70人全員による投票という手続きで選ばれた「主戦場」は、当初プログラム「聞く・話す・考える~ヒントときっかけ~」の1本として上映予定だったという。映画祭がやり取りしていたのは、川崎市の市民文化局市民文化振興室。全国各地の上映会に上映差し止めの申入書が届いていることから、映画祭は7月12日に初めて「主戦場」の上映が内定していることを電話で市へ伝えた。事務局としては異例の対応となるが、その後も数回対面での情報共有が行われ、作品選定に関する資料の提出もたびたび求められた。事務局が「主戦場」の配給会社である東風へ上映会申込書を提出した8月5日の同日に、市から「川崎市の名前が共催に入っている事業で裁判中の作品である『主戦場』を上映するのは厳しい、または難しい」といった表現で最初に懸念を電話で伝えられたという。翌6日には市の担当者2人が事務局を直接訪れ、同様の説明を行った。8月20日の話し合いの場では、市から「裁判中の作品を上映することは、市がどちらかに与する姿勢を示すことになってしまう。共催者としては納得できない」という発言があったことも明らかに。その後、中山を含む映画祭の意思決定機関である運営委員会が中心となり、東風との話し合いやスタッフによる全体会議を通して意見を聞きつつ、最終的に上映見送りの判断を下した。

この理由について、中山は映画祭が築いてきた「市との信頼関係」を強調し「今まで内容に対して口を出されることはなかった。今回初めて『難しい』という言葉が出たため、それについては重く受け止めなくてはならないと考えました」と説明。「あいちトリエンナーレ2019」における「表現の不自由展・その後」の一時中止や日韓関係の悪化という情勢を踏まえ「作品を取り巻く状況がどんどん変わっていった。観客とスタッフの安全面を考えて、最初に『安全に上映できる』とした判断を疑った」と述べる。市から予算に関する話があったか問われると「予算を引き下げるといったお金に関しての話は一切ない」と否定し、「我々は市の委託金、つまり税金を使って運営している。振る舞いとして公的な性格を帯びた事業を展開していくことに使命があった」と付け加えた。

「今後、上映の見込みはあるか?」という率直な質問に、中山は「今すぐ問題がクリアできれば上映する。クリアできていない状況では、いつになるかわからない。作品を取り巻く状況が変わらないと難しいと思っている」と回答。「あいちトリエンナーレ2019」の例を引き合いに、「報道によると1万件を超える脅迫、抗議、嫌がらせなどがあり、映画祭の代表を務める私自身も非常に大きな問題として受け止めました。我々の規模とは比べものになりませんが、映画を上映することで、そういうことが起こり得るのではないか、と考えました」と語る。ボランティアスタッフが運営を担う手作りの映画祭であることを前置きし「不様に思えるかもしれませんが、見えない恐怖に怯えています。もしお客さんに何かあったら?『爆弾を仕掛けた』と言われたら、嫌がらせや脅迫に対して抵抗する手段がない。当事者の問題として、近くに住んでいる人と遠くに住んでいる人の反応は違う。そういった中での恐れ、それが一番です」と告白した。配られた資料では、映画祭のスタッフも多く住む川崎市登戸で5月に発生した通り魔事件、7月の京都アニメーション放火事件にも触れられており、選考過程で時事的な状況にも影響を受けたことを示唆している。

マイクは事務局の市民スタッフであり「主戦場」の上映発案者である越智あい氏へ。彼女は「主戦場」を上映している映画館に現状問題は起こっていないこと、安全面のノウハウは東風が協力を約束していたことなど、上映に向けての十分なリスクヘッジは可能だったと主張。また登戸の事件に触れ「私は一番近所に住んでいるスタッフです。あの日の朝、粗大ゴミを出していたら切り付けられたかもしれない。でもその恐怖って遠い、近いの問題じゃないと思うんです。どこにあるかわからないその恐怖をどうやって解消すればいいのか、考えたい。やっぱり私は横のつながりが大事だと思うんです」と訴えかける。さらに「(映画祭に登壇した)井浦新さんに言われました。『ピンチをチャンスに変えてください』と。やっぱり私は『主戦場』を上映したいんです。皆さんといろんなことを共有して、上映する方向に持っていきたい。観たあと、いろんな人としゃべりたくなる作品なんです」と思いの丈を語った。

この日は「主戦場」の監督であるミキ・デザキも出席。まず一連の事態へのボイコットとして映画祭への出品を取り止めた若松プロダクション、白石和彌、井上淳一と映画祭の場で上映中止に意見を示した是枝裕和と井浦新、呼びかけ人である大澤と纐纈、集まった市民に感謝を伝える。そして「今後も彼らのように公の場で発言して『表現の自由』を守り支える人々が必要なんです。中山さんが上映時のリスクを考えることは理解できます。しかし、現実的にあなたの行動は、まだ起こっていない嫌がらせや脅迫に降参したことになる。その行動は日本の『表現の自由』に大きなダメージを与えた。脅迫に屈服し続けると『表現の自由』がなくなっていくことをわかってほしい。これはたった1つの小さな闘いかもしれませんが、それに負けてしまったら徐々に大きな問題になる」と呼び掛けた。

東風の代表である木下繁貴が「大変悔しかった」と上映中止への心境を吐露する場面も。持参した上映用のDCP素材を掲げ、周囲の注目を集めた木下は「今日はなんとか上映をお願いしたいと思って伺いました。この場で今一度、検討してくださってることに大変感謝しています」と涙ながらに訴えた。

「沈没家族 劇場版」の監督である加納土は、上映中止の報道や若松プロの出品取り止めを受け、監督作を上映することに思い悩んだ1人だ。「若松プロに賛同して、取り止めることももちろん考えました。でも保育付き上映といった企画やオリジナルの掲示物は、すべてボランティアスタッフの方が考えてコツコツと作ってくれたもの。監督個人の感情ではありますが、上映を決めたのは、映画がすでに自分だけのものじゃなかったからです。『主戦場』を上映できる可能性をもっともっと探ってほしい。そしてこの手作りの映画祭を今後も続けてほしい」と自身の思いをぶつける。大澤は「映画祭がセキュリティの現実的なリスクに対して腹をくくって具体的に準備すれば、上映を再設定できるはず」と道筋を示しつつ、今後の映画祭の動向次第では出品取り止めの可能性があることも付け加えた。

同じく監督という立場で上映を決めた纐纈は「市が共催する公共の場での映画祭だからこそ、多種多様な作品が集まるべき」と説く。「そこに検閲が入ってはいけない。この『主戦場』が1つの前例になります」と危惧し、「もう一度、本気で考えていただきたい。それしか信頼を取り戻す方法はないんです。私はこのしんゆり映画祭に続いてほしい。皆さん映画が大好きで無償で関わっているんです。自分たちが観たい映画を自分たちで上映して、いいねとか嫌だねを言い合える場を作ることが、映画祭を続けてきた目的だと思います。それを応援したい。なんとか考えていただきたい」と切実に呼び掛けた。

終盤、多数の事務局スタッフがマイクを握ると今回の騒動や映画祭への思いが飛び交う。「映画祭の本来あるべき姿に戻るべき」「映画を楽しんでもらいたい、意見を交わしてもらいたい、というのが本心。上映したいと思っているスタッフは何人もいます」など上映を求める声や、「アマチュアリズムに不甲斐なさを感じている」「内部でも上映には賛否両論が出ている」「上映見送りを決めるまでの議論が尽くされていない」「勇気が足りなかった」「(上映中止を報じる)朝日新聞の記事が出たのが開催の3日前。私たち普通に毎日働いているボランティアスタッフが急に対応するのは無理があった」といった発言もあった。

また会場の市民からは「予算を握っている市が“懸念”を示した。これが圧力でないとしたらなんなのか」「もし上映を強行して予算が止められたとしたら、その経緯をすべて公表し、市民の力、民主主義に問うべき」「なぜ市に安全面での協力を求めないのか」「作品や作り手に対するリスペクトを感じられない」「作品を傷付けた。その事実は消えない」といった忌憚なき声が上がる。上映の設定を求める声が多く、中には運営面の課題に対して協力を申し出る人も。

越智はセキュリティ面での現実的な解決方法を模索しながら「どんな形でも私はやりたいです。そしてやります。明日(10月31日)までに結論を出したいと思います」と明言。中山は「セキュリティの問題をクリアし、万全な態勢で上映できるときに上映する方向で検討したい」と返答した。

最後に再びマイクを握ったデザキは、中山に「川崎市民、そして日本の国民に対してどのようなメッセージを送ったか、その重大さを深刻に考えていただきたい。『主戦場』という映画自体の問題ではなく、はるかに大きな問題になってしまった。嫌がらせや脅迫に屈せず、しんゆり映画祭の未来を考え、世界にどのようなメッセージを送りたいか。その重みを認識して、勇気ある決断をしてください。私たちは敵ではなく味方です。映画を止めようとする者、『表現の自由』を萎縮させる者と闘わなければならない。一緒に闘える、そして闘いたい」と語りかけ、イベントを締めくくった。

第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019は11月4日まで開催。

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