カネコアヤノが語る「全裸監督」|出会いで変わる、感性が広がる。伝説のAV監督・村西とおるの意地と爆発力

山田孝之が主演を務めるNetflixオリジナルシリーズ「全裸監督」が全世界で配信されている。「前科7犯、借金50億円」という枕詞がもはや一人歩きしている伝説のAV監督・村西とおるの半生を虚実交えて描いた本作。題材から過激さが先行して話題になっているが、ドラマでは黎明期のアダルトビデオ業界で“本物”を求め続ける村西の表現者としての側面が濃厚に描写されている。

本作の配信を記念して、映画ナタリーではシンガーソングライターのカネコアヤノにドラマを鑑賞してもらった。2018年に発表した「祝祭」が各所で評価され、9月には待望のニューアルバム「燦々」の発売を控えるカネコアヤノ。彼女は清濁あわせ呑む存在の村西をどう見たのか。物語をたどりながら、カネコアヤノの表現に対する考えを聞いた。

取材・文 / 奥富敏晴 撮影 / 入江達也
ヘアメイク / 山本りさ子

根性というか、意地

──今日は「全裸監督」の物語や山田孝之さん演じる村西とおるの言動を振り返りながら、カネコさんが何を考えてこの作品を観ていたか、そして何かを表現することへの思いを語っていただければと思っています。まず最初にお引き受けいただけた理由を教えてください。

英語教材を売るセールスマン時代の村西。営業成績ゼロの落ちこぼれ社員だった。

すごい偶然なんですけどこのオファーが来る前日に「全裸監督」のことを知ったんですよ。「なんで私に?」というハテナな気持ちはありましたけど、「うお、これ昨日知った!」という偶然にびっくりして。それから最初に3話まで観させていただいて、純粋に面白かったから。

──アダルトビデオの黎明期が舞台なだけに「エロ」「作品の過激さ」が話題になっています。こういった作品を語ることに、抵抗はなかったんでしょうか?

そこはなんだろう。「エロ」ですけど、情熱的には関係ない、という部分を作品から感じたんです。初めてビニ本の撮影をするとき「あなたならどう撮りますか?」と言われて、村西が開花するじゃないですか。

──2話で玉山鉄二さん演じる川田が村西の演出力を試すシーンですね。

ああいうところを観ると、村西が能力を発揮できた場所が「AV」「エロ」だっただけで、別にそこに対する情熱や制作に対する思いは変わらないような気がして。根性というか、意地になるところがかっこいいなと思いました。

板尾創路演じる小野(右)から下ネタ丸出しのアドバイスを受ける村西(左)。

──1話の村西は英語教材を売るやる気のないサラリーマンでした。そこから営業の真髄を知りどんどん変わっていきます。

この人は自分の才能を見つけてしまった、やり方がわかっちゃったんだな、と思いました。私はもともとしゃべるのは苦手ですし、人に意見を言うのも、あまり上手じゃないんです。だから「できないからやめよ」と思って、逆にライブでのMCを一切やめたんですよ。そしたら、すごくライブがやりやすくなった(笑)。最近だと、それも「かっこよかった」と言ってもらえて。村西さんの場合は逆で「俺、しゃべれたんだ」と気付いたんだと思います。そこで得たしゃべりのスキルがAVの撮影でも生きてますよね。

──きっかけは板尾創路さん演じる小野の下ネタ丸出しのアドバイスでした。

「エロ」が村西にとっては、一歩踏み出すための、「そんな感じでもいいんだ」っていう引き金だったのかな。あの爆発力がすごいですよね。

初めてのビニ本撮影で演出家としての才能を開花させた村西(中央右)。

──その才能がビニ本の初撮影で開花したとき、村西は「脳を刺激するストーリーが必要なんだ」と言っています。カネコさんは楽曲作りにおいて、物語って意識されますか?

私はあんまりストーリー性は意識しないんです。例えば自分の歌だったら「こうなんですよ!」って押し付けたくなくて。ストーリーがないというか、できるだけみんながいろんな場面で、いろんな時間帯で、いろんな時期に、いろんな感情のときに読める、そして変わっていくものにしたいなと思ってます。フックとなるような、キーワードを入れることはあります。だけど、村西の作り方を見て、なるほどそういうやり方もあるんだ、とは思いました。

勢いと爆発力

──3話からは村西がAV業界に足を踏み入れます。AVを初めて観たときに「なんだこの嘘くせえのは」とつぶやくのが印象的で。カネコさんは「表現における嘘」についてはどう考えてますか?

私は嘘をつかないタイプですね(笑)。お客さんが考えているカネコアヤノ像みたいなものがあるとして、その期待に応えるために嘘をつくみたいなことはできないし、やらないと思います。嘘とは違うかもしれないですけど、例えば高校生のときにすっごい好きだったバンドが変わってしまったと感じたときに「この人は本当にこれがやりたかったのかな?」と思ったりはするかな。

円卓を囲むサファイア映像の面々。エプロンを着たラグビー後藤(右端)が自炊当番を務めている。

──そして3話の後半から、いよいよ村西率いるサファイア映像によるAV第1弾の撮影が始まります。

いいですよね、(後藤剛範演じる)ラグビー後藤が急にカメラを任されて、みんなでドタバタしてる感じ。でもAVの撮影現場って女の人の地位がかなり下なのかな、とは思いました。「お金のためにAVに出演する」みたいなことがあって、男女の上下関係、力の差が見える。それを守るヘアメイクの人(伊藤沙莉演じる順子)がめちゃくちゃ強くて、優しいなと思いました。ほかのスタッフが帰ってしまう中、「私は残ります!」って言うのがかっこよくて。サファイア映像にいる唯一の女性で、一番女優の近くにいる心の拠りどころみたいな存在ですよね。

──ちなみにカネコさんはバンド形態でのライブやアルバム制作もしてますよね。村西たち撮影隊の一体感みたいなものに共感できたんじゃないでしょうか。

大学時代の友達が「バンドはセックスだよ」と言ってたのを思い出しました(笑)。その友達はバンド内の高揚感とグルーヴのことをそう言っていたのかな。だいぶ昔に「人前で歌うことなんて異常なんだ。だからそれを自覚してやったほうがいいよ」と言われたことがあって。確かに自分の考えていることを何十人、何百人、多いときは何千人の前で曲に乗せて歌うって、おかしなことですよね。

──でもそれを受け入れて歌うわけですよね?

そうです。その照れや恥ずかしさを超えたときが本当に楽しいんです。ライブで超緊張してるときもあるんですよ。そういったライブでは「あーもう私、大丈夫だわ!」みたいに途中で振り切れるんです。そこに気付いたときは楽しいし、絶頂ですね。そう考えると村西たちの最初の撮影もバンドみたい。勢いと爆発力があった。そして実際に爆発するのにも笑っちゃいました。

──4話ではサファイア映像の作品が初めて店頭に並びます。

ちっちゃく、棚の下のほうにね(笑)。

──ご自身のCDが初めて店頭に並んだときのことは覚えてますか?

カネコアヤノ

覚えてます、覚えてます。「来世はアイドル」の発売日にタワーレコードに行きました。ドーンッ!とでかいパネルはなかったですけど、うれしかった。「全裸監督」みたいに「うわー、あった! あった!」みたいな(笑)。でも当時は自分が何をしたいのか、どういうアレンジにしたいのか、ジャケットはどんな素材がいいのか、とか何もわからなくて。「こうしたい!」ってことが言えないし、なかったから、気付くとアルバムが完成してる感じだったんです。今は、内容から装丁まで意見があって100%好きにやれているので発売日の感覚は現在のほうが4話に近いかも。

──9月には「祝祭」以来となる、およそ1年半振りのニューアルバム「燦々(さんさん)」が発売されますね。

「私とメンバーのみんなで一緒に作ったんだ!」という、うれしさと実感があるんです。頭の中で想像していたものが、完成して形になると、すごくホクホクした気持ちになりますね。毎回、発売日に見に行きます。劇中でビデオ屋の店員さんに言うような「よろしくお願いします! ありがとうございます!」みたいな(笑)。

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感性が広がる瞬間

Netflixオリジナルシリーズ「全裸監督」全8話
全世界で独占配信中
ストーリー

1980年、英語教材のセールスマンとして働く村西とおるは、丁寧な口調で押しまくる強引なトークで売り上げトップにのし上がる。しかし、会社は倒産。妻の浮気現場を目撃し、失意の中にいた村西は、あるとき酒場でチンピラのトシと知り合う。ビニール袋に入ったアダルト雑誌、通称「ビニ本」のマーケットの存在を知った村西は、そこに勝機を見出し、出版社社長・川田の協力を得て、ビニ本の流通販売会社を設立。強引かつ大胆な手腕で、たちまち業界の風雲児となるが、商売敵と警察の暗躍で逮捕されてしまう。ようやく出所すると、世の中はアダルトビデオの時代になっていた。村西は仲間とともに黎明期のAV業界に殴り込むが、再び商売敵の嫌がらせですべての女優に出演を断られるという窮地に。そこへ、厳格な母のもとで本来の自分を押し込めていた女子大生の恵美が現れる。2人の出会いはやがて、AV業界のみならず、社会の常識をも根底からひっくり返していく。

スタッフ / キャスト

総監督:武正晴

監督:河合勇人、内田英治

原作:本橋信宏「全裸監督 村西とおる伝」(太田出版)

脚本:山田能龍、内田英治、仁志光佑、山田佳奈

出演:山田孝之、満島真之介、森田望智、柄本時生、伊藤沙莉、冨手麻妙、後藤剛範、吉田鋼太郎、板尾創路、余貴美子、小雪、國村隼、玉山鉄二、リリー・フランキー、石橋凌ほか

Netflix

映画やアニメ、ドラマなどをストリーム再生して楽しむことができる動画配信サービス。コンテンツは毎月追加され、作品によってはダウンロード可能。ベーシック、スタンダード、プレミアムの3種類から料金プランを選択できる。

カネコアヤノ
弾き語りとバンド形態でライブ活動を展開するシンガーソングライター。2016年4月に「hug」を発表したのち、同年12月発表のCD「さよーならあなた」、2017年4月発表のCD「ひかれあい」で大胆なバンドサウンドを打ち出し注目を集める。2017年9月には初のアナログ作品「群れたち」、2018年4月にはアルバム「祝祭」をリリース。2019年に入ってからも1月に7インチ「明け方/布と皮膚」、4月にはシングル「愛のままを/セゾン」を次々に発表。そして9月18日に約1年半ぶりとなるニューアルバム「燦々(さんさん)」の発売を控えている。主題歌「光の方へ」を書き下ろした映画「わたしは光をにぎっている」は、11月15日より全国ロードショー。
カネコアヤノ「燦々」
2019年9月18日発売 / 1994
カネコアヤノ「燦々」初回限定盤

初回限定盤 [CD+DVD]
税込3535円 / NNFD-01

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カネコアヤノ「燦々」初回限定盤

通常盤 [CD]
税込2749円 / NNFC-03

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