映画と働く 第9回 [バックナンバー]
ポスターデザイナー:黄海(前編)「創作とは、薄い氷の上を歩くようなもの」
ジブリやハリウッド大作、ポン・ジュノ作品の魅力を1枚に描き出す……中国が生んだ天才が語るポスターデザイン
2021年2月19日 12:15 16
死ぬ気でやるしかなかった
──黄海さんが最初に手がけたのはチアン・ウェン監督の「陽もまた昇る」(原題「太陽照常昇起」)でした。どのようなきっかけでデザインすることになったのでしょうか?
チアン・ウェン監督が遠山広告の社長だったんです。当時我々の会社はみんな広告代理店出身者ばかりでした。だから映画がどのように作られるのか知っておいたほうがいいということになったんです。そのときに社長から「君がちょうどいい」と言われました。単純なきっかけなんですよ。
──そうだったんですね。
私は映画が大好きなので、福建省に住んでいる時代もよく北京に映画を観に行っていました。福建省で上映されるものには限りがあったからです。北京の会社で働くようになってからも、仕事をしているとき以外は映画を観ていました。1日に5、6本は観ていたと思います。文芸映画、商業映画、ジャンル映画、ドキュメンタリーなんでも。あの頃は毎日映画を観ていましたね。だから「陽もまた昇る」のポスターデザインを引き受けたときは、滅多にないチャンスだと思いました。
──仕事を引き受けたときは、映画はできあがっていたんでしょうか?
まだです。撮影中でとても混乱していました。スチール写真だけが送られてきて、それをもとに死ぬ気でやるしかなかった。どのようにポスターを作るか、現場にもノウハウがなかったんです。
──撮影現場にはいかなかったんですね。
当時は現場を訪ねるという概念すらなかったですね。
──チアン・ウェン監督とはまだ交流があるんですか?
ありますね。私にとってとても大切な人です。
──「陽もまた昇る」のポスターは国際的に大きな反響がありました。どのように感じましたか?
実際作っている過程は本当に大変でした。何が正解なのかわからないので一生懸命やるだけ。あのポスターは運がよかっただけだと思っています。
──謙遜しすぎです。黄海さんがポスターデザインを手がけるようになって、10年以上経ちました。ご自身で決めているルールはありますか?
それぞれの作品には独立した価値がある。ですから、尊重するということを大切にしています。海外のポスターをデザインするときは特に尊重することが大切です。私はポスターが大衆の目に触れて成長すること、すなわち人間の共通性が育つことを望んでいるんです。
──具体的にはどういう意味でしょうか?
互いに尊重するということは大衆の習慣であり、欲望です。世間一般の習慣や、美学には必ず人々が共感するものがある。ですから作品の質と大衆性のバランスは両方大切なんです。作品のクオリティを上げることと大衆に認められること、このバランスを取ることは私にとってとても重要な仕事です。これは、いい作品を作って、より多くの人に認めてもらうための唯一の方法です。いつまでも愛される作品というのは質が高く、大衆性のあるもの。映画も同じですよね。私たちは外国の映画を観ることが好きです。なぜか? そこには多くの愛と、共感できるもの、共通点があるからです。これはとても重要なことなんです。
──おっしゃる通りだと思います。私は日本の芸術が好きなのですが、日本の先輩たちは、作品・作者と鑑賞者との交流も芸術の一環だとお話ししていました。
まさにそうです! さまざまな分野におけるよい作品というのは、地域ではなく人文学に属するものだと思っています。真の芸術というのはより多くの人に受け入れられたものだと思っていますし、そうであることを私は望んでいます。
作品を尊重することは自分を尊重することでもある
──仕事をするうえでのルールを伺いましたが、必ず使用している道具はありますか?
Adobeのソフトを使います。それから、筆と紙とペン、これが私の基本です。
──10年以上の創作過程の中で一番忘れられない作品はありますか?
一番はないですね。創作というのは毎回、山頂を目指すようなものであり、薄い氷の上を歩くようなものです。山を登るのは本当に大変ですが、登ってみないとその美しさには永遠に気付かない。創作というのは私にとっていつもそういうものなんです。
──毎回新しい挑戦ということですね。
その通り。だから毎回難しいんです。
──本当に尊重する姿勢で1つひとつの作品に向き合っているということがわかりました。
作品を尊重するということは自分を尊重することでもあります。なぜなら作品を尊重してこそ、その世界に入り込み、創造することができるからです。
──黄海さんが2020年に手がけた作品について伺いたいと思います。「
中国にある「鏡花水月」という成語をモチーフにしています。多くの人が言うように、「パラサイト 半地下の家族」は強化された寓話だと思っているんです。
──世界中のすべての人に警告する寓話ですよね。
2020年にはほかにも「
──DVDの収集が好きだと伺いましたが、クライテリオンとの仕事にも興味はありますよね。
そうですね。私の夢はクライテリオン製品のデザインを手がけることです。今も連絡は取り合っています。デザイナーなら間違いなくクライテリオンと仕事をすることは夢です。
──黄海さんはお好きなポスターデザイナーはいますか?
多すぎるほどです。ポスターデザイナーは実際のところみんな好きなんです。私はいろいろなポスターを見るのが好きなのですが、各デザイナーはそれぞれの創作ポイントを持っていて、それぞれの理解と技術があります。でも特に好きなのは、「E.T.」のポスターデザインを手がけたジョン・アルヴィンです。彼は映画の本質を捉えるのが非常に得意です。多くのアートポスターデザイナーがいますが、彼は芸術家としてのクオリティも高い。
──一緒に仕事をしたい監督はいますか?
わあ! それはたくさんいますね。仕事でなくても好きな映画はポスターを作ったりしています。私は欲張りなので、時間や能力があるかどうかは置いておいて、好きな映画はすべてやりたいです。日本の映画はとても好きです。特に黒澤明監督が好きですね。彼の作品は本当に格別です。クライテリオン社から発売された「七人の侍」を観たことがあります。ああいう仕事にあこがれます。小津安二郎監督も好きです。問題は彼らがもう亡くなってしまっていること。そして是枝裕和監督も好きです。
──クライテリオン社から発売されているソフトはとても多いですよね。
ほとんど独占状態ですからね。でもやはり彼らが手がけたものは素晴らしいです。創作の世界に限界はないと思います。素晴らしいクリエイターも多い。
──最終的にはクライテリオン社が手がけるようなソフトを購入することが主流になると思っています。新作映画の市場がこれ以上大きなることは難しいと予想しています。
同意します。1年間に世界中で多くの作品が生み出されますが、1人が観られる数は限られていますよね。映画というのは、例え今好きになれなくても、いつか好きになる日が来ることもあるものです。あとからソフトで観て、その人にとって大切な作品になる場合もあります。人間が成長する道のりにはさまざまな栄養が必要です。そういう意味で映画はとても養分の高い文化商品だと思っています。映画を単なる娯楽とは考えたくない。内面に影響を与えるものですから。
──いい映画は、時間が経っても残り続けますよね。
映画は心の中に種を植えることができる。これは私の映画に対する理解です。すべての人は心の中に種を持っています。映画は、自分の人生の多くのことを修正するのに役立つ種です。映画の魅力はそこにあると思います。
黄海(ホアン・ハイ)
1976年福建省生まれ。厦門大学の美術学部を卒業後、テレビ局に入社し、報道記者に。テレビ局退社後はオグルヴィ・アンド・メイザーでの勤務を経て、遠山広告に加入。そこでポスター第1作となるチアン・ウェン監督の「陽もまた昇る」(原題「太陽照常昇起」)を手がけ、世界中から評価される。その後、独立し自身の会社・竹也文化工作室を創立。
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