「本当に殺せる音」を追求
──音響演出の中で音を“作る”こともあるわけですよね。すごく悩んだ音はありますか?
あんまり悩まないです。悩んでも意味がないというのが持論で、まずやったほうがいい。半日掛けてサウンドライブラリーの音を1万個とか2万個聴けば「あ、これかな」というものが見つかる。あとはホームセンターやスーパーに行ったりすると「これ使ったらこういう音出るな」というのがわかります。Amazonとかヤフオク!も見ますね。
──ヤフオク!ですか。
Amazonは基本的にジャンク品みたいなものを売ってないけど、ヤフオクはそういうものをいっぱい売ってるんですよ。それに「この商品を見てる人はこれも見てるよ」という感じで、多彩な商品が出てくる。例えばメカ的な音を作るためにメカ的なものを探してたら、想像もしていなかったアイテムがいっぱい表示されるから、とりあえず買う。年間100万円以上ヤフオクで買い物してるんじゃないかな。
──音1つでは悩まないということですけど、作品単位で悩んだこともありませんか?
たぶんあるんですけど忘れちゃうんですよね。
──では思い出深い作品、印象的な作品は?
──「斬、」の刀の音は強烈でしたね。
どんな映画を観ても、日本刀の音が物足りなくて。うっかり落としただけで足の指とか取れちゃうようなヤバいブツなのに、重みを感じない。だから刀の音を作るために、いろんな刃物を集めてスタジオに持ち込んだんですけど、やっぱり恐ろしいんですね。その場にいる人がみんな「近寄りたくない」と思うし、血の気が引く。日本刀も本来そういうものであるはずなんですよ。
──人を斬るものですからね。
映画では刀のディテールが全然表現されてないし、小道具として見慣れすぎちゃったこともあって、雑に扱われている印象が強いです。「これ付けときゃいいんだろ」みたいな感じで、洋画でも邦画でも同じ音が付いてる。だからそうじゃないものをゼロから作りたいと思って「真田十勇士」のときにチャレンジして、ある程度成功はしたけど“重さ”が足りなかった。「これじゃまだ殺せない」と感じて「本当に殺せる音」を追求していた頃に、ちょうど塚本さんが「次は時代劇をやります」とおっしゃったので「マジか」と思いました。
クリーンな環境ではアイデアが生まれない
──刀以外でこだわった音はありますか?
銃ですね。例えば「
※注7:銃声を軽減するために取り付ける装置。
──冒頭のシーンで出てきますね。それまで映画やドラマで聞いてきたサイレンサーの音とはまるで違っていました。
打ち合わせのとき、
──よくそこに行き着きましたね。
でもまったくの想像から行き着いたわけではなくて。「いい素材ないんだよね」と言いながら試行錯誤しているうちに「いいね、これ!」となったわけです。いろんなガラクタが散らかった状態のフォーリースタジオで音を作るのは、そういう状況で仕事をすると発想力がすごく豊かになるからなんですよ。
──それは面白いですね。アイデアはクリーンな環境から生まれるという先入観がありますが。
クリーンじゃダメなんです。例えばこれ(筆記具やハサミなどが入ったペン立て)、こうなってるより、(ペン立ての中のものを乱雑にテーブルの上に出し)こうなってたほうがいいんですよ。「これで人殺しの音作れるじゃん。(ペンを手に取り)これを果物に刺して抜いたらブチョッて言うんじゃないかな」と想像できる。でもこれをここにきれいにしまっちゃうと(ペン立てに入っていたものを戻して)、ペン全体は見えなくなって、そういう想像力はなくなってしまうんです。
なんでもできるようにならなければいけない
──北田さんにとって職業病みたいなものはありますか?
自分ではあまりないと思ってるんですけど、物音とか環境音に反応してしまいます。家でも旅先でもどこに行っても、何か聞こえると「何々?」ってなるから、うちの奥さんは「面倒くせえな」と思ってる気がします。あと職業病というか、サイレンとかが聞こえるとiPhoneで録音してしまいますね。
──それを作品に使うということですよね。
使ってます。パトカーの拡声器を通した「交差点に侵入します」という音声なんかは、サウンドライブラリーで売ってませんから。
──もしこのお仕事をされていなかったら、と想像したことはありますか?
あんまりないですね。ろくでもない人生を歩んでるんじゃないかと思います。
──最後に、これから映像の音響に携わろうとしている人へのアドバイスをお願いします。
物音を合成して作るという作業を人工知能がやれるかどうかっていう実験がされてるんですよ。映像から物理特性を解析して、あるものをたたいたときに出る音を、別の素材を3つぐらい合成して作るということはできるようになってきている。
──そんな技術が……。
ただ人工知能が音響“演出”をすることは今のところ無理で、そこまで進歩するには50年、早くてもあと30年は掛かるんじゃないかな。ラッシュを観て「このシーンは静かだけど、こういう音だけは聞こえてきたほうがいい」と判断するようなことはAIにはまだできない。だからそういう演出面においてはまだ勝負できるけど、これからスタートする人が、例えばフォーリーだけを職業にするのは危険だと思います。もっとユニバーサルに、なんでもできるようにならなければいけない。音響効果だけでもある程度の収入が見込めるのに僕がいろんなことをやっているのは、なんでもできないと“死”に至るから。だって録音部を現場に連れていかない作品があると、そこで録音部は“必要ない”存在になるわけですよね。それは恐ろしいことじゃないですか?
──確かに。
でも僕は、そういう録音部がいなくてもいい映画の仕事を引き受けている。ある意味、人の仕事を抹殺しちゃってるわけです。一方で「効果部は要らない」と言う録音部さんもいる。みんな緩慢な殺し合いを続けてるわけですよ。「やります」「できます」と言いながら人の仕事を奪って死に至らしめようとしている。だから武器は1個じゃダメで、ピストルもライフルも斧もナイフも全部持っていて使いこなせないといけない。ある種のクリエイティブな仕事をする人は、映画に出てくる万能な殺し屋みたいになったほうがいいと思いますね。
※塚本晋也の塚は旧字体が正式表記
北田雅也(キタダマサヤ)
1968年2月19日生まれ、北海道出身。21歳で大学を中退し、音響の専門学校に入学する。23歳で日活撮影所内の音響効果制作プロダクション・東洋音響カモメ(現・カモメファン)に入社。29歳の頃に同社を退社し、2年後、音響効果会社アルカブースでフリーランスとして働く。その後、塚本晋也や堤幸彦の監督作で音響効果を担当。「斬、」で第73回毎日映画コンクールの録音賞、第13回アジア・フィルム・アワードの音響賞にノミネートされた。そのほかの担当作品に「パッチギ! LOVE&PEACE」「野火」「菊とギロチン」「泣き虫しょったんの奇跡」「
「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」フォーリー収録風景
インタビュー後、「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」のフォーリー収録を見学させてもらった。東京・東宝スタジオ ポストプロダクションセンター1のフォーリーステージで行われていた収録の模様を写真で紹介する。
※「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」は、新型コロナウイルスによる感染症の拡大を受けて公開延期となりました。最新の情報は公式サイトをご確認ください。
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北田雅也 @kitadamasaya
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