1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
今回は映像作品の音響作成や演出を担当する北田雅也にインタビュー。
取材・
“全部やる”人は今までいなかった
──今回北田さんにお声掛けしたのは、この連載コラムの第3回でお話を聞いた録音部・反町憲人さんのご紹介があったからなんです。履歴書の職業欄には「映像に付随する音響作成の技術と演出」と書いていただいたのですが、一言の肩書きにするなら、どうご紹介すれば正しいでしょうか?
最近は「音響効果マン」ではくくれなくなってきているんですよね。“全部やる”人は今までいなかったので。セリフもフォーリー(※注1)も環境音も1人でやるというワンマンスタイルは、あんまりないんですよ。塚本晋也さんはご自身の監督作で製作、脚本、撮影、編集といろいろ兼任されていて、その分お名前がたくさんクレジットされてますが、僕の場合も作品によってはああなる。普通は3人から5人でやる仕事を1人でやってるから。
※注1:映像作品における効果音、またはそれらを録音する手法。登場人物の衣ずれや咀嚼音、足音などさまざまなものがある。アメリカの音響効果技師ジャック・フォーリーの名前が由来。
──北田さんのフィルモグラフィをたどると「音響効果」のほか「サウンドエフェクト」「サウンドデザイン」「サウンドミックス」とクレジットされているケースもあります。
現場で録った音だけで成立する映画ってあるじゃないですか。例えば爆発とかがない作品。そういう作品で、監督との信頼関係があって全部1人で担当している人は「サウンドデザイン」とクレジットされたりしている。豊田利晃監督の「
──確かにそういうお話を聞いていると、一概に「音響効果マン」とはくくれないですね。
欅坂46(現:
──あのドキュメンタリーを映画館で観たのですが、ライブシーンの音の臨場感がものすごかったです。
すごいですよね。僕もあの作品大好きなんです。監督は
──お話をうかがっていて考えたのですが、今回のコラムでの肩書きは「音響演出」としてよろしいでしょうか。
それでいいと思います。
映画を観に行くのが新宿の中1の遊び
──北田さんは履歴書の「今の職業を志すきっかけになった1本」として、
僕は10歳ぐらいまで北海道にいて、そのあと仙台と立川に住み、中1のとき新宿に引っ越しました。北海道から立川までは違和感がなかった。でも新宿の中1は多摩川に釣りに行ったりしないんです。映画を観に行ったりするのが新宿の中1の遊び。それまでの僕は池で遊んだり川で釣りをしていたから、世界観が違いすぎる。これはヤバいなと感じて、まず映画を観ようと思ったんです。当時は名画座がいっぱいあったので、池袋とか新宿とか浅草の2本立て500円ぐらいの映画館に毎週末行っていました。「ミッドナイトクロス」はその頃観たんですよ。
──どんな感想を抱きましたか?
お芝居もいいし話も面白いし、カメラワークが本当にいいなと思って。
──その段階で「自分もこの仕事を目指そう」とまでは思わなかったわけですね。
全然思わなかったです。ああいう仕事があると知ったきっかけではありますけど、まず映画としてすごく好きなんです。
──ではその後、どういうきっかけで“音”に興味を持たれたんでしょうか。
高校に入ったとき、母がミニコンポを買ってくれたんですけど、つまみがいっぱいある機械が好きだったので、それをずっといじってました。レコードからカセットに音をコピーするとなんで音が劣化するのかわからなくて、グライコ(※注2)をいじって。それから大学生になってバイトを始めて、ちゃんとしたオーディオセットを買ったら、音がすごくよかったんですね。グライコとかで補正しなくてもすごくいい音で録音できるのがわかったので、オーディオにハマっていっぱい機械を買っていました。ちょうどその頃にハイファイビデオデッキも発売されたんですけど、当時ビデオ屋でバイトをしていたから、自分が組んだセットで毎日3本ぐらい映画を観るという生活が5年ほど続いて。で、観ていたのはほとんど洋画だったんですが、たまに気になる邦画があって観ると音が悪くて……。「これなら自分のほうがうまくできるんじゃないか?」と思ったんです。まあ若気の至りですよね。
※注2:グラフィックイコライザー。音質調整をするエフェクターの1種。
──なるほど。
洋画は基本的に音がいいじゃないですか。特にビデオになるような作品は大作ばかりだから音がいい。あとその頃の邦画はほぼモノラル(※注3)で、アメリカは基本的にドルビーサラウンド(※注4)。モノの映画ってオーディオ帯域(※注5)も狭いし、立体的に聞こえない。ただ邦画でも、
※注3:ここでは1チャンネルのオーディオ方式のこと。なおステレオでは左右の2チャンネル、サラウンドでは3チャンネル以上の音声が再生される。
※注4:アメリカのドルビーラボラトリーズ社が開発した音響方式の1種。
※注5:人間が音と認識できる周波数帯域。
──その会社というのが、履歴書の経歴にある「23才 撮影所の中にある音響効果の会社員になる」の会社でしょうか?
そうです。東洋音響カモメ(現:カモメファン)ですね。
たまたまの上にたまたまが乗っかった結果、今の僕がある
──経歴を読んでいくと「29才 もえつきて無職 2年あそぶ」とありますが、この「もえつきて」というのは何かきっかけが……。
ほぼ休まず働いていたからです。朝4時終了で朝9時開始みたいなのが1カ月続いたり、50時間ぐらい寝られない作品があったりして、疲弊して、やる気がなくなっちゃったんですね。
──続いて「31才 フリーランスとしてアルカブースの社長に世話になる」とあります。アルカブースも東洋音響カモメと同じく音響効果の会社ですが、2年のブランクの間はどう過ごされていたんですか?
2年のうち1年はもともと休むつもりで、そのあとも半年休んでいました。うちの奥さんからは「毎月11万円払えば休んでていいよ」と言われていたから、貯金を切り崩して11万円払っていたんですけど、1年半経ったらさすがにヤバくなってきた。で、あるとき、僕とほぼ同年代の岡瀬晶彦さんという音響効果マンから電話があったんです。岡瀬さんが「今、何してんの?」と聞くから「なんにもしてない」と答えたら「柴崎さんが盲腸になっちゃって、映画が1本飛びそうなんだよね」と言う。柴崎さんというのはアルカブースの社長の柴崎憲治さんです。そこから「Pro Tools(※注6)で仕込みができて映画の効果音ができて暇な人間って北田くんしかいないんだけど、できない?」と頼まれたので、翌日から2週間アルカブースに行って作業しました。で、退院してきた柴崎さんと会ったら「今回(ギャラは)50万でいいか?」と聞かれた。それをきっかけに「これからは金のためにここで働こう」と思ったんです(笑)。
※注6:アメリカのアビッドテクノロジー社が開発した、音楽制作および映像用サウンド作成ソフト。
──(笑)
それからアルカブースで3年間いろんな仕事をやらせてもらって、子供が生まれ、自宅で作業するようになって、完全なフリーランスになったという感じです。
──思わぬきっかけで復帰されたんですね。
そうです。たまたまの上にたまたまが乗っかった結果、今の僕があるんです。もともと僕は怠惰で面倒くさがりで、基本的には何もしたくない。でも一緒に仕事をした人たちの要望に応えているうちに、いろんなことができるようになったんですね。
「本当に殺せる音」を追求
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北田雅也 @kitadamasaya
今日放送される「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」の効果音収録中に受けたインタビュー記事です=
音響演出:北田雅也「理想は万能な殺し屋」 | 映画と働く 第6回 https://t.co/3Hrapfpe9R