アメリカの美徳は間違いから目をそらさないこと
ここからは、現在のハリウッドで挙がっている声や考え方を紹介しよう。
黒人差別に抗う「Black Lives Matter」は現在大きな動きとなり、テッサ・トンプソンやマイケル・B・ジョーダンといったスターも変革を求める声を上げている。そんな中、今年6月上旬、「奴隷制に肯定的な表現がある」として、アカデミー賞で9冠に輝いた「
平井は「作品自体を修正・編集することもできたでしょうが『作品を編集することは歴史修正にあたる。作品背景を知ることが歴史を知ることになる』という考えからこの選択がなされました。過去を修正することよりも、この先何ができるかを考えるのはアメリカの性質の1つ。『米国は自らの過ちを認められるうえ、過ちから学べる大国である』という言葉は、アダム・ドライバー主演の『ザ・レポート』内のセリフです。アメリカの美徳は、間違いから目をそらさずに認めるところにあると言っているのです」と話す。
この考え方は、ワインスタインのクレジットが過去作から削除されなかった事例にも通ずるだろう。なお一方で、スティーヴ・カレル主演ドラマ「ジ・オフィス」のように、ブラックフェイスを茶化したエピソードが配信サービスにおいて削除されるというケースも存在する。
広がるキャンセルカルチャーとその脅威
もう1つ、今後の流れに影響し得る声を紹介したい。
アメリカを中心に使われている“キャンセルカルチャー”という言葉がある。これはSNSなどで他人の誤りを指摘し、その人物の存在や創作物の受容を完全に拒否する姿勢のこと。そうしてシャットアウトされた人は、“キャンセルされた人物”と呼ばれる。またこういった行動は、社会的正義や人種差別に敏感な人々=“Woke(「目覚めている」を意味するwakeの過去分詞)”な若者によってなされることが多いとされている。
例としては2018年、アカデミー賞のホストに選ばれていた
アメリカではこのキャンセルカルチャーを危惧する声も上がっていると、平井は言う。2019年10月に前大統領の
ちなみに新作の全米公開中止を止むなくされたアレンは、今年に入ってからも“キャンセル”に見舞われている。出版社アシェット・ブック・グループが、4月に発売予定だったアレンの回顧録「Apropos of Nothing(原題)」の刊行を取りやめると発表したのだ。これは、アレンの実子とされながら「彼の虐待は事実だ」と主張しているローナン・ファロー(#MeToo運動でワインスタインを告発しピューリッツァー賞を受賞したジャーナリストでもある)が、同書の出版に反発したことが影響している。過去にローナンの著書を出版することでハラスメントと闘った同社の社員たちは、アレンの回顧録出版に反対しストライキを起こした。
騒動の末に書籍は別の出版社アーケイドから刊行されるに至ったが、この件に関してジャーナリストのブレット・ステファンズはThe New York Timesのコラムで「虐待疑惑について、誰も確かな真実を知ることはできない。だから我々はそれぞれの言い分を聞くことしかできないのだ。そのために本書は出版されるべきだ。また、もし(アレンの罪を主張する)
映画作品とどう向き合い、どう発信するか
ハラスメントや虐待に関して、平井は「問題提起すること、声を上げることは重要」と断言する。では罪や疑惑のある人物の携わった作品とはどう向き合えばいいのか。これは一概に結論を出せるものでなければ、考えを強要できるものでもない。
「少し話は逸れますが」と言って、平井はNetflixの社訓「カルチャーデック」について教えてくれた。その中には「同僚の仕事に思うことがあれば必ず本人に向かって率直に述べるべきだ」という内容の文がある。「つまり、面と向かって本人に言えること以外は、いかなる場所においても発言すべきではないということ。これはSNSにも、仕事以外の実生活にも言えることだと思います。1人ひとりがメディアリテラシーを鍛え、自分の頭で考え、責任を持った発言をする訓練をしなければなりません」という平井の話は、“映画ファンとして取るべき態度”を考え、それを発信するうえでも参考になるだろう。
賛成派・反対派の対立が露呈しやすく、「意見を言わない人」を攻撃する風潮すらある現代社会について、平井は「なんでも“VS構造”にしない、ということが必要なのでは。ケースの数だけ、そして人の数だけ考え方がある。今後はより一層、違いを認め合うことや対話が求められると思います」と話した。
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木内達朗 Tatsuro Kiuchi @kiuchitatsuro
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