マンガ編集者の原点 Vol.10 小学館・萩原綾乃

マンガ編集者の原点 Vol.10 [バックナンバー]

「天は赤い河のほとり」「花にけだもの」の萩原綾乃(小学館ちゃお編集部)

「ずっと初恋について考え続けた30年だった」

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“人生で初めて手に取る雑誌”として

現在、ちゃおのメイン読者層は小学3年から6年生。人生で初めて手に取るマンガが、ちゃおである子供がたくさんいるということだ。真っ白いキャンバスの上に、どのようなマンガ体験を刻んでいくか――広く一般向けの雑誌よりさらに、編集には責任が伴う。

「お母さんが安心して買って渡せる雑誌ということで、信頼してもらえるエンタメを心がけています。女子小学生にとって絶対的なエンタメであるためには、しっかりしたリテラシーが必要。それに、お母さんが『ちゃおっ娘だったんです』って言ってくれるとすごくうれしいので、あのときのワクワク感を今でも出せるようにしていますね」

自分が小学生だったときを思い出すと、少女マンガ誌における恋愛のクライマックスでのキスや軽い接触など、“ちょっとエッチな描写”は、お楽しみの1つであった。そして、時を経て親としての視点に立つと、子供にいつからそのようなマンガを与えていいのかは悩むところだ。さらに、自分は小学生でも「絶愛-1989-」(尾崎南)などを読んでいたことも思い出し、うちの親がそのような悩みとはまったく無縁だったことにも同時に気づく。今となってはありがたいことだ。お母さん、私は元気です。

話を戻すと、ちゃおでは小学生にとって行き過ぎた表現にならないよう、原稿後に修正を依頼することもしばしばだという。一般的に、修正はネームの段階で済ませることが多いマンガの世界、これもターゲットの特性ならではだろう。

「どこまで描いてOKか、今の女子小学生のリテラシーについてものすごく研究しています。こんなこと言ったら笑われますが、私、ずっとハイティーンのマンガを作り続けてきたんです。Sho-Comi、ベツコミ、Cheese!あたりの編集部がすごく長かったので、今とのギャップに驚いています。」

現在ちゃおでは、「キス以上はNG」「キスも、軽く触れ合うキスまで」というレギュレーションを敷いているという。

「それでも行きすぎちゃうところがあるので、修正は入ります。ちゃおの作家さんって、原稿が上がってめちゃくちゃ疲れているときでも、こちらからお願いすると快く修正してくださるんです。『お母さんが見たときにマズイというのであれば修正します』と。今、ちゃおでは副編集長が3人いますが、そのうち2人はお母さん。Webのちゃおプラス編集長もお母さんなので、この3人ががっつり親目線で見てくれています」

「どこまでなら描いてOKか」──答えのない問いを、今日も続けている。

ちゃおのすごい付録ができるまで

さて、萩原氏にインタビューするにあたり、どうしても聞きたかったのが「付録」の話だ。アラフォーである筆者が小学生の時代から、ちゃおの付録はすごかった。「豪華10大ふろく!」「豪華12大ふろく!」など、どんどん増えていく付録の点数。90年代の当時は紙ものが多い印象だったが、とにかくたくさんついてきて、最初はそれを目当てにちゃおを買ってもらっていた。ところが、付録目当てで雑誌を買っていると、だんだんとマンガの続きが気になるのだ。そのうち、マンガと付録の両方を楽しみに、定期購読するようになっていた。そんな子供は多いのではないだろうか。

「90年代の当時も必死で作っていたと思うんですが、その頃って、りぼんの付録が紙ものでめちゃくちゃかわいかったんです。他方で、ちゃおの付録はダサかった(笑)。そんなときに、なんとサンリオを辞めたデザイナーさんが入ってきてくれて、付録がどんどんかわいくなっていったんです。今もなお、サンリオ出身の人たちが活躍してくれています」

ちゃお2024年8月号

ちゃお2024年8月号

マンガ界では、羽海野チカがサンリオ出身者なのは有名な話だが、ちゃおにおいても、かわいいものを生み出すサンリオ力が息づいていたとは驚きだ。現在もちゃおの付録は進化し続けている。2007年7月号の「きらりん☆レボリューション」のミニ扇風機を画期に、2017年4月号のお掃除ロボ、2019年2月号のATM型貯金箱など、年に何度か発表される「家電付録」は注目の的である。衝撃の付録たちはどのように生まれているのか。

「付録会議は二部構成で、第一部は提案がメイン。あらかじめ、デザイナーさんや印刷所の方にちゃおの方針をお伝えしておいて、それに沿ってプレゼンテーションしてもらいます。第二部では、それも含めたアイディアを全部持ち寄って、実際に付録にできるものがないか探す。最近では、例えばダイソーとかでミニ洗濯機が売っていて、そういうものを付録にできないかと思ったんですが、水を使うものはダメだとか、細かい規定がいろいろあって難しそうです、とか(笑)」

特に人気で、夏になるとこれまで何度も付録になってきたのが「ミニ扇風機」。2017年の「プリちぃファンケシロボ CHI-02」には裏話があった。

「当時、すごくメカに強い男性が編集長をやっていたんです。扇風機だけでいいのに、中に小さい消しゴムが入っていて、扇風機の先につければ電動消しゴムになる(笑)。彼はそんな面白いアイディアをいっぱい出していて、2017年4月号は、『小さいルンバが作れるんじゃないか?』と、お掃除ロボを付録でつけてしまいました。まるで家電芸人ですね(笑)」

当時の編集長は筒井清一氏で、2016年から2019年まで編集長を務めた。それにしても、家電に詳しいことが少女マンガ誌編集の役に立ち、バズを生み出すとは。人生、何が活きるかわからないものである。ここまで豪華で、開発にも手間とお金がかかっていそうな付録、いつも予算がどうなっているのか気になるのだが、豪華付録がつく号は雑誌の値段も調整することで採算のバランスをとっているという。

「今後これが流行るかも?というのを研究するチームがいて、読者にも聞いたり、イベントで女子の持ち物をチェックしたりと、日頃からアンテナをはっています」

現在企画中の2025年2月号でも、「今までに出したことない面白いものを出そうとしているので、ご期待いただければうれしいです」とのこと。果たしてどんなものが飛び出すのか、楽しみに待とう。

新連載を「1本だけ」 萩原綾乃の編集者人生を全ツッコミ

「魂まるごと編集者」――まごうことなきヒットメーカーである萩原氏を見ていると、そんな言葉が浮かんでくる。「編集者の心得」という言葉を投げかけると、好きを貫くことの大切さを語ってくれた。

「編集者になりたいと思う人は、その気持ちを大事にして、覚えていてほしい。出版社は相変わらず狭き門ではありますが、今は出版社以外でも編集をやれる会社はたくさんあります。だから諦めず、目指す人には一度は編集者になってほしい。一緒にマンガを作れる日を楽しみにしています」

そんな彼女が、今後編集者として叶えたい夢は2つあるという。

「まず1つ目。私、50歳を超えてちゃおの編集長になって、改めてちゃおが作っているのは本当に純粋でキレイな世界だと実感しました。裏表がなくて、初恋は美しくて、夢は叶う世界。そういう世界をマンガにしているので、子供たちには読んでほしいし、子供たちが率先して読みたいと思うマンガを作ることですね。だんだん、子供がマンガを読まなくなっているので、初めてマンガを読んだ子供が『マンガってこんなに面白いんだ!』となる作品を作りたいです。女の子が、『小学生になったらちゃお読もう!』みたいな流れがもっとできるといいなと思います。

そして、もう1つの夢。こちらも読者として楽しみでたまらない。

「定年になるまでに、単なる一編集として、上の世代――大人とかに向けた新連載を1本起こしたいです。ここまで、マンガを作るのが本当に楽しい人生だったので、編集長を卒業するときがきたら、1本だけ新連載を起こしたい。卒業制作じゃないけど、マンガで始まってマンガで終わる会社人生だった、となるといいな。

私、“ずっとティーン”なんですよ。担当雑誌がみんな10代向けだったので、ずっと初恋について考え続けた30年だった(笑)。だから、そことはまったく違う、大人の女性が読みたいものってなんなんだろう?って考えるんです。愛とか恋でもいいし、それともファンタジーなのか歴史なのか、あるいは男の子だけのほんわかした料理モノなのか……。最後の最後に、今の自分が面白いと思うものを全部叩き込んだものをやれたらいいな。それでも、ついヒットさせなきゃって思っちゃうんですけどね(笑)」

萩原綾乃(ハギワラアヤノ)

1971年生まれ。1994年に小学館に入社しSho-Comi編集部に配属。以降、ちゃお、ベツコミ、Cheese!編集部を経て、2022年10月にちゃお編集長に就任。担当作品に篠原千絵「天は赤い河のほとり」、北川みゆき「東京ジュリエット」、くまがい杏子「あやかし緋扇」、あらいきよこ「Dr.リンにきいてみて!」、杉山美和子「花にけだもの」など多数。

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