マンガ編集者の原点 Vol.10 小学館・萩原綾乃

マンガ編集者の原点 Vol.10 [バックナンバー]

「天は赤い河のほとり」「花にけだもの」の萩原綾乃(小学館ちゃお編集部)

「ずっと初恋について考え続けた30年だった」

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少女マンガ家たちの天才が輝く 「あやかし緋扇」「花にけだもの」

ここで、少しだけ時間を巻き戻しながら、萩原氏のキャリアをまとめてみよう。Sho-Comiで新人編集者として経験を積んだ萩原氏は、3年でちゃおに異動。以後、ベツコミ、Cheese!と、小学館の女児・ティーン向けマンガ誌を練り歩き、編集者としてレベルアップを重ねていく。2012年にはSho-Comiに戻り、編集長に就任。その後、ベツコミ編集長を経てちゃお編集長に。そんな自らの編集者としての歴史は、そのまま「天才マンガ家と出会ってきた歴史」だという。

「ちゃおではあらいきよこ先生、今井康絵先生、もりちかこ先生、中原杏先生、八神千歳先生。Sho-Comiではくまがい杏子先生、水瀬藍先生、白石ユキ先生、杉山美和子先生という4人がいてくださった。ベツコミのときは小畑友紀先生、相原実貴先生、最富キョウスケ先生、宇佐美真紀先生がいらっしゃって……本当に天才の先生たちを担当させてもらいました。そんな方々に、『頭の中でこんなこと考えていたの!?』と驚くようなことを、作品を通じて教えてもらうことができて、本当によかったと思います」

中でも、忘れられないのがくまがいとのやりとりだ。それまで、リアルラブやスポーツものを描いていたくまがいが、初めてファンタジーに挑戦することになった作品「あやかし緋扇」は、霊が見える体質の少女・未来(みく)と、神社の跡取り息子・陵(りょう)をめぐるダークなラブファンタジー。萩原氏は1巻の途中から担当することになった。

くまがい杏子「あやかし緋扇」1巻

くまがい杏子「あやかし緋扇」1巻

「作品の世界で起きていることについて、何を聞いてもスラスラと答えてくれるくまがいさんに『取材もなしでどうしてこんな世界が作れるの?』って聞いたら、『世界は広いけど、私の頭の中が一番広い』っておっしゃったんです。その言葉を聞いたとき、この作品は売れるなと思いました。1、2巻同時発売にしたんですが、発売1週間で緊急重版。すごい作品を作っているところに立ち会わせていただいたなと思います。改めて、自分の中で世界を作りあげることができる才能のすごさを思い知りました」

「私の頭の中が一番広い」──強靭な想像力を持つ者だけが、そして自分の世界を作品という形で開花させる努力をした者だけが紡ぐことができる、痺れる言葉だ。大人気作「花にけだもの」の連載を始める直前の、杉山美和子の逸話も光っている。

「Sho-Comiで副編集長をしているときに、杉山美和子先生がChuChu(2000~2009年)の休刊で小学館の他誌に移籍する、というタイミングがありました。杉山先生は人気なので、ちゃおもCheese!も当時の編集長がみんな次回作の打診に来ていた。でも月刊誌のChuChuで月31枚描いていた先生に、隔週誌のSho-Comiでは月60枚描いてもらうことになる。それは難しいだろうし、望み薄なのでは?という思いもあったのですが、雑誌のカラーに合うし、ぜひ描いていただきたいので、当時の編集長と会いにいったんです。

杉山美和子「花にけだもの」1巻

杉山美和子「花にけだもの」1巻

そうしたら、杉山美和子先生はおもむろに『私、100万部作家になれますか?』とおっしゃいました。『確実になれます。次の長期作品で、全身全霊込めて描いてくれたら100万部を突破します』と、思っていることを素直にお答えしたら、Sho-Comiに移籍してくださったんです。そして実際に『花にけだもの』という作品は、200万部を突破した。そうした、先生方のすごいところを見せてもらったのが、中堅以降のキャリアの中でものすごく楽しかったです」

映画ならば山場として必ず採用したいエピソードだ。有言実行、くまがいも杉山も萩原氏も、少女マンガを盛り立ててきた女たちの決断と行動は、なんてカッコいいんだろう。

「杉山美和子先生は絶対に諦めない人で、ネームにOKと言っても、『もっと面白くなる』と、さらにすごいネームを描いてくる。ここまで作品にこだわるんだと、日々見ていてありがたかったです。連載終了から10年以上経った今でも『花にけだもの』の千隼(ちはや)がナンバーワンだと言ってくださるアラフォーの読者もいて、うれしいですね。『しめしめ、一生好きでいて』って思っています(笑)」

ちゃお編集長として……ヒロイン像の変遷

綺羅星のような少女マンガ家たちとの、めくるめく大冒険。萩原氏の編集人生もマンガのようだ。Sho-Comi編集長を約4年、ベツコミ編集長を約6年務め上げ、2022年からちゃおに戻り編集長となった。同誌で近年印象的な作品を聞くと、七野ナナの「アクマでこれは恋じゃない!」について語ってくれた。

七野ナナ「アクマでこれは恋じゃない!」1巻

七野ナナ「アクマでこれは恋じゃない!」1巻

「七野ナナ先生にとってデビュー4作目の作品です。企画会議では『そろそろチャレンジングな作品をやりたい』という感じだったのですが、第1回を掲載したら、全3回連載なのにアンケートで堂々の2位となり、長期連載になりました。20代前半とお若い先生ですが、先生のような若い才能がどんどん出てきているので、自分が編集長になってからはそうした才能をバンバン世に出していけたらいいなと思っています」

その一方で、来年でデビュー20周年である、まいた菜穂の活躍にも目を見張るものがあるという。

「ベテランの枠に入るまいた菜穂先生が、『12歳。』や『大人はわかってくれない。』などのリアルラブを経て、サクセスものである『シャイニング!』で行く、というサプライズ! 小学4年生が主人公の話ですが、『ガラスの仮面』ばりにしっかりした俳優の話なんです。こうした2作を経験して、“編集長って面白いな!”と思いました。新人の作家さんがこんな作品を書くんだ!という一方で、ベテランの方たちが才能を輝かせているのを、ちゃお編集長になった1年目で経験できるなんて」

まいた菜穂「シャイニング!」1巻

まいた菜穂「シャイニング!」1巻

現在、ちゃおの誌面を彩るそのほかの連載作品も見てみよう。6月号の表紙となった如月ゆきの「キング様のいちばん星」をはじめ、八神千歳「溺愛ロワイヤル」、森田ゆき「こいしか!~恋はしかく?~」、大木真白「幼なじみと恋する方法」、きたむらゆうか「メイクのお姫様」、寺本実月「今日からパパは神様です。」、かわだ志乃「はろー!マイベイビー」、おのえりこ「こっちむいて!みい子」、環方このみ「ねこ、はじめました」など。ギャグ&ショートでは、東村アキコ「まるさんかくしかく+」、喜瀬りっか「ポケットモンスター~よりみちぼるてっか~ず!!~」、加藤みのり「星のカービィ~ゆるっとプププ~」など、小学生が大好きなキャラクターものも大活躍している。昭和から令和に変わった今でも、ちゃおを読むと、自分の中の小学生女児が騒ぎ出す。

ちゃおと同様にローティーンの読者を想定しているりぼん、なかよしとの差別化についても気になるところだが、3誌の中で「明確に小学生女子をターゲッティングしているのはちゃおだけ」とのこと。

「ちゃおには女子小学生が好きなものと今流行っているものが全部詰まっている。ただのマンガ雑誌ではなく、『ここに興味の源があるよ!』という雑誌を作ろうとしています。1冊買えば、女子小学生の王道として流行ってるものが全部わかる。ポケモンもカービィもあるし、オリジナル連載も恋愛ものも、料理や教育に関する読みものも入っている。そんな雑誌にするべくがんばっていて、小学生についてめちゃくちゃ勉強しています(笑)」

長年マンガを通してティーンが叶えたい女の子の姿を見つめ続けている萩原氏にぜひとも聞いてみたいのが「ヒロイン像の変遷」だ。1977年創刊のちゃおは、実はある時期を境に、表紙イラストのヒロインの口が毎号パカッと開くようになる。背景には、「元気なヒロイン像が基本」というコンセプトがあるというが、ヒロイン像は、時代とともにどう変わってきたのであろうか。

「私が最初にちゃおに入ったのは90年代後半でしたが、この頃は、とにかく読者が主人公に感情移入をする物語を作れ、と言われていました。そうなると、主人公は必ず“普通の女の子”になるんですよね。ところが、今は子供たちの世界や受け取る情報がものすごく広がっていて、必ずしも“主人公像=自分”じゃなくていい。悪魔であろうが宇宙人であろうが、なんでも感情移入できるような土台が小学生にできてきている。これは少年誌にも通用することで、男女問わず、自分の枠にとらわれない主人公像になり、いろんな世界を持つようになってきたと思います」

たしかに、現在ちゃおのヒロインは、昔よりはるかに多様に思える。「悪魔」に「魔王の娘」、「モブまんが家」「美容系インフルエンサー(のイケメン女子)」……ちゃおが創刊された47年前(!)とは比べ物にならないほど情報の多い社会の中で、子供たちが求める多様性も広がっているのだろうか。

「今の小学生はVtuberのコンテンツも楽しめているわけですよね。小さい頃から浴びている情報量がハンパなく多いので、自分と近くなくても、いろんな人の立場を受け入れられるようになっている。だから、必然的にいろんな主人公が出てくるんだと思います。言い換えれば、受容する能力がものすごい高くなっているので、それに応えられるように、いろんな素材を投げてあげないといけないと思っています。だから、ちゃおの今のライバルは、マンガよりもTikTokやYouTubeですね」

いわゆる、可処分時間をいかに自社サービスに使ってもらうか。これは、子供たちをターゲットにしたビジネスでも例外ではないということだ。そうなると、ヒーロー像はどう変わってきたのだろうか? 興味深いことに、こちらは「完璧から等身大」に変化しつつあるという。

「以前は、どちらかというとリアルじゃない男子──運動もできて頭もよくて、みたいな男の子が受けていました。経験豊富な男の子が、主人公に恋を教えてあげる、みたいなパターンとか。もちろん今でも受けているんですが、今は、例えばちょっとしたことに悩んでいる男子だとか、男の子のほうもだんだんと恋に気づいて、一緒に初恋をしていく、みたいなお話もすごく人気があります。

つまり、完璧な男子というより、もっとリアルな男子像。今までは“男の子はこう描けばいいんでしょ”という型があったかもしれないですが、現在は読者の好みも多種多様になって、それが通用しない。だから、最初に先生が“この男の子のコレがかっこいいんだ!”というポイントをしっかり決めないと、キャラクターの人気が上がってこないですね」

小学生もスマホを持つのが当たり前になった時代、超高度化した情報化社会の中で、主人公=女の子像は多様化し、男の子像はリアル化したというのが面白い。

「これまでは、恋愛や男の子について前情報的に知りたくても、調べるのに手段が限られていたり、苦労する時代でした。だけど、今はどんどんインターネットやSNSやらでわかるようになってきた。そんな中で、『私はどういう人が好きなのかな?』という好みを、女の子自身も思考するようになってきた気がします」

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“人生で初めて手に取る雑誌”として

読者の反応

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菊池健 - MANGA総研 @t_kikuchi

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