アニメスタジオクロニクル No.11 Production I.G 石川光久

アニメスタジオクロニクル No.11 [バックナンバー]

Production I.G 石川光久(代表取締役会長)

「I.Gの本質は“未来”」

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アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第11回に登場してもらったのは、Production I.Gの石川光久氏。クオリティの高いアニメを制作すると同時に、早くからビジネス面での取り組みを積極的に行ってきた石川氏が考える、Production I.Gの強み。その裏には、母からの「守ってほしいこと」があった。

取材 / カニミソ / はるのおと 撮影 / 武田真和

若い才能が集った「赤い光弾ジリオン」がきっかけに

Production I.Gが現在の姿に至るまでには多くの紆余曲折がある。その原型となったのは、1987年12月に設立されたアイジー・タツノコだ。創業者の石川氏はタツノコプロ出身で、「黄金戦士ゴールドライタン」「未来警察ウラシマン」などに制作として携わっていた。

「1987年って世間的にはバブリーでしたけど、アニメ業界にとっては新しいアニメを作るのが難しい時代だったんです。特にどんなものになるかわからないオリジナルは厳しかった。だから若い才能が暴れられるような場所があまりなかったんです。

そんな時代に有限会社アイジー・タツノコを作ったのは、竜の子制作分室が制作した『赤い光弾ジリオン』というアニメが大きなきっかけです。僕は当時すでにタツノコプロを辞めて、最後のご恩返しと思い、フリーのプロデューサーとしてこの作品に参加していました。『ジリオン』には20代を中心とした、優秀なクリエイターが集まっていたんです。それこそ従来のTVシリーズの枠では収まらないようなエンジンを持っている人がたくさん。

石川光久氏

石川光久氏

それで、『ジリオン』が終わったからチームも解散してもよかったんですけど、『まだこのメンツで一緒に働きたい』という空気もみんなから感じられたので、アイジー・タツノコを立ち上げたんです」

社名に付けられたアイジーは、創業時の主要メンバーの頭文字から取られている。石川氏の“I(アイ)”、そして「赤い光弾ジリオン」のキャラクターデザイナーである後藤隆幸氏の“G(ジー)”だ。

「当時、後藤はスタジオ鐘夢(チャイム)という作画スタジオを作って活動していました。でも『アニメーター集団をまとめてやっていくのは難しい。自分は絵描きなので、経営面は石川に任せて絵に専念したい』と言う。そういうことならと、プロデューサーの僕とアニメーターの後藤の2人を中心とした会社を作ったんです。

後藤は人柄も真面目で、規則正しくスケジュールもしっかり守ってくれる。会社としては、感謝してもしきれないくらいコンスタントに仕事をしてくれました。少しして大阪でアニメーターをしていた黄瀬和哉が上京して一緒に働いてくれることになりました。黄瀬は社会人としてはまったく褒められたもんじゃない(笑)。でも男気があるというか……例えば内容が重くてスケジュールもほぼ余裕がない、100人頼んだら100人断るような仕事を引き受けてものすごいクオリティで上げてくれたりする。そうかと思えば納期ギリギリまで本当に何もしない、ハラハラしていると最後の1カ月で1年分の仕事を終わらせちゃう。0か100しかない黄瀬と、しっかり者の後藤。そんな対極的な2人がツートップとして同時にいてくれたことは、特に初期のアイジーにとってはとても大きかったと思います」

「攻殻機動隊」シリーズでアニメ制作会社未踏のビジネス領域へ

こうしてスタートした“アイジー・タツノコ”は、1993年にプロダクション・アイジー(以下 I.G)へ社名を変更する。その2年後の1995年、世に送り出された劇場アニメ「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」を、石川氏は同社にとって最大の転換点だったと振り返る。

「『攻殻機動隊』シリーズは、会社が下請けから脱皮できたという点で大きなターニングポイントとなりました。今で言うアニメの製作委員会的なものって昔からありましたけど、それを組成するのはメーカーやTV局、代理店で、アニメ制作会社は委員会が立ち上がったところに後から入る形だった。でも『攻殻機動隊』シリーズではまずうちが主体となって原作出版社である講談社さんと話をして、アニメのTVシリーズと映画、そしてゲームの3形態の許諾をもらったんです。それが決まってから製作委員会を組成したので、下請けではない立場で主体的に作品作りに参加できました。

そうして委員会を作って、集まった資金が45億円くらい。なかなかアニメ作品で、しかも制作会社が集められる金額ではないです。もちろん自分1人の力で集めたというわけではありません。『攻殻機動隊』という原作コミックの持つ力、押井守監督という人の力、そして賛同してくれたメーカー、TV局、ゲーム会社などいろんな人の協力のおかげで集まったお金です。でも、それまでいろんなアニメ制作会社がビジネスの枠組みとして遠慮していた領域に、I.Gは『攻殻機動隊』で踏み込むことができたのではないでしょうか」

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」キービジュアル (c) 1995 Shirow Masamune/KODANSHA・BANDAI VISUAL・MANGA ENTERTAINMENT

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」キービジュアル (c) 1995 Shirow Masamune/KODANSHA・BANDAI VISUAL・MANGA ENTERTAINMENT

こうしたビジネス面での取り組みを、I.Gは早くから行っていた。1990年には株式会社イングを設立。同社はアニメの企画・製作をするための会社だった。

「アニメ業界は下請けで映像制作をしていてもなかなか利益が出ないんですよ。本当に厳しい。だからアニメの制作費だけでなく、その周辺の版権収入である程度収入を得ようと考え、そのために立ち上げたのがイングでした。僕はタツノコプロ時代に同社オリジナル作品の権利運用で収益をあげていたのを目にしていたので、それをやろうと思ったんですね。

ただ、アニメ制作会社が版権だマーチャンダイジングだなんて言うと、すでにその領域で仕事をしている会社さんからすれば『自分たちの畑を荒らすんじゃないか?』というふうに取られるでしょう。だからできるだけ目立たないよう、イングという、I.Gと関係ない社名にしました。本当にたまたま、外出先からの帰りの電車でふっと外を見たときに『イング進学塾』という看板が目に入ったんです。現在進行系の『ing』。これはいいなと思い、名前をいただきました。

そんな会社なので、イングはあまり知られていないし、なんならI.G社内のスタッフだってあまり知らなかったと思います(笑)。I.Gというブランドを有名にする一方で、イングは契約やお金に関するバックヤードを担う会社として機能させていました。『ぼくの地球を守って』や『機動警察パトレイバー 2 the Movie』といった自社の勝負作品に関してはイング名義で出資していました。I.G制作ではない、他社作品で唯一出資したのが『新世紀エヴァンゲリオン』でしたが、この作品に出資できたのもとても大きかったです」

目立つべきはアニメの制作者、ビジネスは影で

この株式会社イングと株式会社プロダクション・アイジーは2000年に合併、株式会社プロダクション・アイジーとなり、2007年には株式会社IGポートと商号を変更しつつ、同時に株式会社プロダクション・アイジー名義の子会社を新設。こうした複雑な変遷がありながらも、石川氏の作品作りとビジネスに対するスタンスはイング時代と変わらなかった。

「2005年に株式会社プロダクション・アイジーはジャスダック証券取引所に株式を上場しました。設立当初は上場なんて一切考えていませんでしたけど。でも、ただの制作会社に留まらないビジネス領域に入ったものの、アニメ制作会社はまだまだ世間的に知られていないし、あまり信頼されていないと感じてもいました。それで上場してもちゃんとやっていけるというのを示したかったんでしょうね、今から振り返ると。

その後、IGポートとして上場維持していますが、やっぱりあまり知られていません。自分もIGポートの名刺を配ることは年に1、2回あるかどうかくらいです。上場したら名前をバンバン出したり、◯◯ホールディングスとか言ってグループ会社を含めて大きく見せたりするほうがいいのかもしれません。ただ、株主の方には失礼にあたるのかもしれませんが、IGポートとしては、やはりグループ会社のI.GやWIT STUDIO、SIGNAL.MDなどの制作現場でアニメを作っている人たちに目立ってほしい。だからビジネスをする人はあくまでバックヤードで働く裏方。それがうちのスタイルなんです」

石川光久氏

石川光久氏

株式会社IGポートはアニメ制作以外の事業を拡大する中で、2007年には株式会社マッグガーデンを子会社する。マッグガーデンは当時月刊コミックブレイドを発行していたコミック専門の出版社だった。

「アニメというと、集英社、講談社、小学館、KADOKAWAといった大手出版社から出版されている原作マンガの映像化の許諾を得て、人気マンガをアニメとして届けるというのが大きな流れでした。それもあってか、どんな大手スタジオも出版社を作るとか抱えるといった考えはなかったように思います。大手出版社と対立するようなことはしたくないからなのかもしれません。その点、マッグガーデンという出版社は魅力的な作品が揃っていて、ほかの出版社さんと敵対するほどの規模感でもなく、グループに入っていただくには最適な出版社だったんです。

グループの1社として仲間になりましたが、だからといってマッグガーデンの作品ならなんでもかんでもI.GやWIT、SIGNALがアニメ化するというのも違うなと思っていました。あくまで作品本位で、『この作品を制作現場が作りたがっている』『この作品なら制作現場の持つ力を発揮できるんじゃないか』というものだけアニメにする方針でした。結果的にはWITが制作した『魔法使いの嫁』(Season1)を始め、グループ会社でいくつかマッグガーデン原作の作品をアニメ化しているのでグループシナジーは生まれたと思います」

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