同じ時代にいてくれてよかった存在
藤田 ちなみに、僕のほうの話をすれば、あのとき、島本さんから話しかけられて素直にうれしかったんですよ。島本さんが「炎の転校生」を連載していた頃、僕はあさりよしとお先生のところでアシスタントをしていたんですけど、毎回毎回よくこんな面白いことを思いつくなって感心してましたから。
島本 本当に?
藤田 本当ですよ。で、それからは、島本さんが活動の拠点を北海道に移されるまで、ちょくちょくお会いしてましたよね。いつも唐突に仕事とも遊びともつかない“何か”を頼まれる(笑)。あるときなどは、いきなりうちの仕事場に女性のアナウンサーと一緒に来て、その場でラジオ番組の収録をやったこともあったでしょう(笑)。
島本 あったね!(笑) 「マンガチックにいこう!」(注:島本がパーソナリティを務めていたラジオ番組)だ。藤田さんは普通に出てくれると思ったし、しゃべりもいけると思ったので、アポなしで(笑)。
──島本先生の「吼えろペン」に出てくる藤田先生がモデルの名キャラクター、「富士鷹ジュビロ」も、そうしたおふたりの関係から生まれたキャラだったわけですね。
藤田 ええ。これはさっき言ったのとは別の年の謝恩会での話ですが、島本さんが僕に向かってツカツカと歩いてくるんですよ。で、「見せたいネームがあるんだ!」って、これもまたいきなりで(笑)。
島本 (笑)。
藤田 勢いに押されて拝見しましたけどね。それが富士鷹ジュビロ初登場のネームで。「どうだ?」と言われましたけど、どうもこうもないですよ!(笑) いや、正直に言えば、めちゃめちゃ面白かったので、僕が描きたいくらいだと思いましたけどね。とにかく島本さんはドラマみたいな人で。一緒につるむようになってからは、僕もついでに面白い人みたいになってますけど、本当に面白いのは島本さん自身なんですよ。
島本 いや、私自身はそんなに有名なマンガ家じゃないから、藤田さんみたいな触媒になってくれる人が必要なんですよ。私自身を輝かせる同時代の存在として、富士鷹ジュビロ、すなわち藤田和日郎は最高のキャラクターなんです。マンガ家にはメンタルの弱い人もいるけど、これだけ売れてて、他人に対してズバズバものを言える人はそうはいませんからね。
藤田 それ、褒めてませんから!(笑) あと、島本和彦が有名じゃないなんて誰も思ってませんから。
島本 でも、藤田さんが同時代にいてくれてよかったというのは本心だよ。
藤田 あと、島本さんとの思い出で言えば、一緒に参加した、遠軽町(北海道)での安彦良和先生主宰のイベントも印象に残っています。安彦先生のほか、萩尾望都先生、いがらしゆみこ先生、一条ゆかり先生、花輪和一先生、星野之宣先生など、僕らにとって神みたいな人たちが集まったイベントだったんですけど、そんな巨匠たちの中に入っていっても、島本さんはいつの間にか中心人物になってるんですよ(笑)。1つは、島本さんがほかの先生方の作品をきちんと読み込んでるから、向こうも話していて気持ちがいいんでしょうね。その様子を見ていて、「ああ、この人がマンガを好きだという言葉に嘘はないんだな」って改めて思いましたよ。「マンガエリート」というか。
島本 やめてくれ! 恥ずかしい(笑)。だいたい、その遠軽のイベントでは、サイン会もやったんですけど、
藤田 それはそれでうれしいじゃない!(笑)
島本 まあ、そうなんだけどさ(笑)。「今度、友人がPKOで海外に行くことになったので、力が出るようなメッセージを書き添えてください」とか。
藤田 そっちだって絶対すごいですって。やっぱり島本さんには、人に元気を与える力があるんですよ。
島本 だから、そういうことを言うのはやめてくれって(笑)。
マンガと社会の関わりについて
──この15年というのは、東日本大震災や原発事故、新型コロナウイルスのパンデミックや異常気象など、予想もつかない出来事が次々と起きた時期でもありました。そして、その多くは未だ収束していませんし、マンガ界にも少なからず影響を及ぼしています。島本先生と藤田先生は、これまでもさまざまなチャリティ企画などにも参加されていらっしゃいますが、「マンガと社会の関わり」について、お話しいただけますか。
藤田 ここ数年、さまざまなチャリティーのイベントの機会は増えてきていて、僕と島本さんも細野不二彦先生の呼びかけに応えて、「ヒーローズ・カムバック」という東日本大震災復興のための企画に参加しました。でも、基本は、普段通りマンガを描き続けることしかないんじゃないかなとも思います。
島本 普段通りって大事だよね。例えば、新型コロナウイルスが最初に流行(はや)り出した頃、SNSを見てるとネガティブな話題ばかりが上がっていました。中には必要な情報もあったかもしれないけど、総じて暗い話題は社会にいい影響は与えないよね。だからというわけじゃないけど、あれ以降、X(旧Twitter)上では、なるべく人を傷付ける可能性のあるコメントや、世の中にアレコレ文句を言う発言は控えるようにしてる。要するに、自分のアカウントでは笑えるネタや、明るい話題しか出さないようにしてますね。人々に元気を与えるって言うとおこがましいかもしれないけど、少なくとも、私のアカウントさえ見ていれば、陰鬱な気持ちにはさせないぞと。それはSNSだけじゃなく、描いてるマンガについても言えることだけど。
藤田 たまにはネガティブな発信をしたくなるときもありませんか?
島本 すっごくあるよ! 不平不満の文章まで打ち込んで送信の前にぐっと耐える。私のポスト(ツイート)やマンガを見てくれる人には全員がハッピーになってほしいからね。だからマンガの中では、藤田和日郎(富士鷹ジュビロ)を殴らせてもらったり(笑)。で、藤田さんのファンに怒られる。
藤田 どうぞどうぞ、思う存分殴ってください(笑)。繰り返しになりますが、やっぱり僕らは“普通”にマンガを描いていくことが大事なんだと思います。これは適切な例えかどうかわからないけど、タイタニック号が沈んでいく中、音楽を奏で続ける楽団。あれですよ。震災が起きてもパンデミックが起きても、僕らは普段のように淡々とマンガを描く。その“日常性”が、読む人に安心感を与えるのだと思う。何も震災みたいな大変なときじゃなくても、例えば学校でちょっと嫌なことがあって落ち込んでいた子が、家に帰って、マンガで島本さんと僕が殴り合ってる様子を見てくすっと笑ってくれたら、それでいいと思いますもん。
島本 そうだね。藤田さんはよく、ラーメン屋さんでラーメンを待ってるお客さんが、自分のマンガを読んで数分間楽しんでもらえればいいんだって言ってるじゃない? あれはひとつの真実だと思う。私もマンガがもし社会のためになれるとしたら、そういうことでしかないと思いますよ。
フィクションを越えたところにある真実
島本 あとさ、これも「マンガと社会」の話だと思うんだけど、この間、バスケットボールの男子日本代表がパリ五輪の出場を決めて、国中が盛り上がったじゃない? 井上雄彦さん、すごくうれしかっただろうなって。彼はマンガでバスケブームを牽引しただけでなく、実際に奨学金制度(「スラムダンク奨学金」)を作ったりして、現実の世界でもバスケ界を支えていたわけでしょう。なかなかできることじゃないですよ。ひと昔前では、「キャプテン翼」の高橋陽一さんが、サッカーの世界に同じような影響を与えていた。これらは比較的わかりやすい例だけど、スポーツに限らず、マンガが世の中の流れを変えるということはなくはないんです。
藤田 あと、日常生活の中でも、ちょっと困ったときなどに、昔読んだマンガの1シーンが問題解決のヒントを与えてくれることもありますよね。
島本 そう、マンガや映画や小説には、そういう力があるんですよ。フィクションだからといって、嘘ばかりが描かれているとは限らない。普段はあまりこういう真面目なことは言わないんだけど、今日はコミックナタリーさん15周年の場だから、あえて言っておきたい。だからナタリーさんは、そういう目に見えない部分で社会と関わっているマンガの存在価値みたいな話も、これまで以上に率先して記事にしていってほしいと思いますね。
藤田 そうですね。それと、ここ何十年も、常にマンガはピンチだと言われ続けているわけじゃないですか。最初はコンピュータゲームが流行り始めたときで、その次はインターネットが普及したとき。さらに最近では、出版不況だのなんだのとも言われています。でも結局、ゲームやネットとも共存していますし、マンガという表現は滅びていませんよね。それは、いつの時代でも、ベテランから新人まで、多くのマンガ家が、自分が面白いと思うものを信じて作品を描いているからなんです。なのでコミックナタリーさんは、これからもそういう現場の情報をまんべんなく取り上げて、僕らと読者のかけ橋になっていただきたいですね。
島本和彦のプロフィール
1961年4月26日生まれ、北海道池田町出身。1982年、週刊少年サンデー2月増刊号(小学館)にて「必殺の転校生」でデビュー。代表作に「炎の転校生」「逆境ナイン」「吼えろペン」などがある。現在はゲッサン(小学館)にて「アオイホノオ」を連載中。同作は2014年に第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2015年に第60回小学館漫画賞の一般向け部門を受賞した。
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藤田和日郎のプロフィール
北海道旭川市出身。1989年、第22回小学館新人コミック大賞佳作受賞作「連絡船奇憚」が週刊少年サンデー増刊号(小学館)に掲載されデビューを果たした。1990年より週刊少年サンデー(小学館)にて代表作となる「うしおととら」を連載。同作で1992年に第37回小学館漫画賞少年部門、1997年に第28回星雲賞コミック部門賞を受賞した。そのほか代表作に「からくりサーカス」「邪眼は月輪に飛ぶ」「双亡亭壊すべし」など。今年9月にはモーニング(講談社)で連載していた「黒博物館」シリーズの最新作「黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ」が完結した。
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