第70回小学館漫画賞の贈呈式が、去る3月3日に都内にて催された。式には受賞者である、「これ描いて死ね」の
とにかく圧勝でした
受賞者たちに賞の贈呈が行われた後、壇上では審査員の講評と、受賞者による挨拶が行われる。ゲッサン(小学館)で連載中の「これ描いて死ね」について、松本は「この作品はすべての審査員が大好きで、大絶賛。(審査員が)とよ田さんの優しい筆致に影響を受けて、優しい雰囲気で語っていたことが印象的でした」と振り返る。また作中で主人公の憧れのマンガ家が、実は自分の学校の教師だったという設定に言及しながら「美しい島の中で繰り広げられるおとぎ話」のようだと評する。そのうえで、「マンガを制作する中で、それまで(自身を)助けてくれていたマンガが、自分を苦しめる状態に陥ってしまうときがある。その部分もきちっと描いておられていて、それが刺さるんですよね。その両面が1つのマンガになっていて、これだけの高い評価になったんだと思います。とにかく圧勝でした」とコメントした。
慢心しないため、戒めのため、『たまたまだったな』と思うことにします
初めて描いたマンガを少年サンデー編集部に持ち込んだ際、編集者に開口一番、「松本大洋先生、好き?」と聞かれるほど、松本に影響を受けていたというとよ田は、松本の講評に「光栄で胸が詰まってしまいました」と笑みを浮かべる。またマンガ家たちの職場に遊びに行った際、彼らの作品の数々がメディア化されていることについて称賛すると、「たまたまですよ」「運だよ!」と反応が返ってきたと語るとよ田。「そのときは『そんなわけないですよね(笑)』と言ったんですが、自分がこんな立派な賞の贈呈式の壇上に立っていることを考えると、本当に“たまたまだな”と思うんです」と述懐し、「著名な先生方が『たまたまだよ』『運だよ』と言ったのは、自分が慢心しないために、戒めのために言っているところもあると思う。自分も今回の賞は“たまたまだったな”と思うことにします」と言葉にした。また「僕、今マンガのマンガを描いていて。この小学館漫画賞を獲ったときに、『あ、これネタになる!』と思ったんですね。なので、取材として写真を撮らせてください。この景色、絶対描きますから!」と壇上からの景色を数枚、写真に収めていった。
熱い熱い、まさに“灼熱”というマンガ
昨年7月に完結した「灼熱カバディ」を講評するのは高瀬。「審査の対象が30巻までだったので(『灼熱カバディ』は全31巻で完結)、読み切りたい気持ちを抑えて我慢して30巻まで読んだときに、この作品について言語化ができなくて。文章にするときに『面白くてびっくり!』『家族にも読んでって言った!』『アクスタも欲しい!』というただのファンみたいなことばかり書いてしまって……(笑)」と作品への愛を滲ませる。また「『灼熱カバディ』は不思議なマンガで、カバディというマイナースポーツを扱っているけど、“カバディマンガ”という、ただのスポーツマンガではなかったんです。いろんな場所でがんばっている人たちが倒れたときにどう立ち上がるかのか、ということが描かれている」と説明。続けて「高校生のみんなががんばっている部活マンガというだけでもなく、周りを取り巻いている大人たちが若者を支えるというところが群像劇としても隅々まで熱く、熱く描かれていて、本当に感動しました」と述べる。さらに「31巻は審査の対象ではなかったので、審査が終わった後に読んだのですが、『ここまで読んでよかった!』と心から思える最終回で、涙が出ました。すべての感情を胸ぐらを引っ張られて揺さぶられるような、熱い熱い、まさに“灼熱”というマンガで、本当に感動しました」と熱のこもった言葉を残した。
僕の描いているカバディのマンガは、王道のスポーツマンガ
武蔵野は「灼熱カバディ」を描き始めたきっかけとして「『カバディ、カバディ』とネタのようにされるけど、実際何をするのかはあまり知られていない。物珍しくていいじゃないか、という単純な理由で連載は始まりました」と思い返し、「選手や関係者の方々に出会って、真剣に取り組んでいる人たちと関わることによって、僕の目線はキャラクターと一緒に『もっと評価されていいスポーツなんじゃないか』と思うようになりました。真剣に競技に取り組む選手の方たち、カバディを好きな人たちに失礼のないように、真剣に取り組んでまいりました」と語る。また4年前にも「灼熱カバディ」で小学館漫画賞にノミネートされていた武蔵野は、その当時について「周りの家族や友人、スタッフさんに『小学館漫画賞、獲ります』と言いました。僕の描いているカバディのマンガは、王道のスポーツマンガで、真剣に描かれているほかのメジャースポーツのマンガと遜色ないという気持ちで、言いました。結果は獲れませんでした」と話す。「そして今回、またチャンスが巡ってまいりまして、僕は今回も言いました。『僕のカバディのマンガは、スポーツマンガ。小学館漫画賞を、絶対に獲ります』と。今度は嘘じゃないです。そして、賞を獲れたことを実力だとは思わないように、『運がよかった』と思って、僕はまたそれを超えていきたいと思います。これからも不撓不屈の精神で精進してまいります」と今後の決意を示した。
島本和彦「ああ……!! ああ……!! ひっくり返った……!!」
第64回から審査員を務めている島本は「ノミネートされた作品がどれもこれも素晴らしくて、審査員としてこれを審査していいのかと考えるくらい、皆さん素晴らしい作品だった。(今回から『でんぢゃらすじーさん』シリーズの)曽山先生が審査員に加わったことで、児童マンガの解像度もすごく上がって、いい審査ができたなと思います」とコメント。また「灼熱カバディ」が2度のノミネートの末に小学館漫画賞を受賞したことについて、「あの熱いマンガを、熱さを維持することがどれだけ大変なことかというのはね、熱いマンガを描いてるもの同士だからわかるんですけども、続かないんですよ、なかなか!! よくあの熱さを続けてこられたなと、感心する内容でございます」と称賛。さらに「これ描いて死ね」のとよ田についても「私もマンガ家マンガを描いていますけど、『エウレカ……!!』と……! 『やられた……!!』と感じました。私は自分のマンガでエウレカを感じさせたことがあるのだろうか?と非常に反省させられます」と評した。
また「夏目アラタの結婚」については「ミステリーとしての難易度が高すぎる! その難易度の高いところをきれいに、見事に着地させて、感動に結び付けていて、何回読んでも面白い!!」と講評。そして作中のエピソードに言及し、「夏目アラタがある重要なものを掘り返すんですが、埋めた本人の気持ちに寄り添いながら、横たわって、もう(山を)降りてどこかに泊まる余力も時間もないから『俺は今日、ここにするぜ』と野宿をするんです。単なる野宿を『俺は今日、ここにするぜ』って……それがすごい美しくて。読んでいる者も“そこにしたい”んですよ!! そういったロマンチックな場面に昇華させる、乃木坂先生の演出力と画面の美しさが素晴らしい」と称える。そして「それだけでも受賞するに値すると思っているのに、最後の最後、『1巻、2巻の読者の気持ちを全部ひっくり返すんじゃねえかこいつは!?』と思ってドキドキしながら最後にいくわけですよ! そして『ああ……!! ああ……!! ひっくり返った……!!』」と声を振り絞り、「ミステリー好きとしては、小説では味わえない、マンガ独自の最後のどんでん返しを味わうことができて、とっても素晴らしい見事な作品でした!! 打ちのめされました!!」と熱弁した。
「夏目アラタ」の連載は、細くて高い鉄塔を登るイメージ
乃木坂は「(『医龍-Team Medical Dragon-』で)20年前にもこの賞をいただいているんですが、そのときに同じ壇上にいた曽山先生が審査員席にいらっしゃって、20年の重さと、賞をいただいた喜びを同時に噛み締めている次第でございます」と思いを口にする。「過去の連載は大きな山を登るイメージがありまして、山のてっぺんにたどり着くときが最終回。そういうイメージでやってきたんですけど、今回の連載は、細くて高い鉄塔を、手をすべらせたら落ちてしまう、そういうギリギリのプレッシャーの中でずっと描いていたような気がします。今回、受賞に至って、なんとか塔のてっぺんにタッチして、戻ってこれたのかなという実感があります」と言葉にした。また「この連載が終わる少し前に、能登で大きな地震がありました。そこは僕の故郷でもあり、『夏目アラタ』でも一部舞台を使っています」と触れる。「まだ復興があまり進んでいなくて、同級生が仮設住宅で暮らしているという話も聞いています。今回の賞金は寄付させていただくことにしました。こういったいいタイミングを与えてくれた小学館さんに心から感謝します」と感謝を述べた。
ぷにるは、オバQやラムちゃんに続く、マンガの主人公の風格を感じる
現審査員の中で、審査員歴が最も長いブルボン小林は「今年は特に4作とも、マンガならではの魅力がある作品だったという気がします。マンガのよさを活かした顔の力、コマ割りや吹き出しというものの面白さが、ものすごく活かされた4作だった」と言う。Webサイトの週刊コロコロコミックで連載中の「ぷにるはかわいいスライム」については「1巻の表紙を見たときに、コロコロと言っているけど、正直、大きいお兄さん向けの萌えマンガじゃないの?と、つい穿った気持ちになってしまったんです」と明かしながらも、「萌えマンガのようであるし、もしかしたらそれも叶えているかもしれないけれども、ものすごく純粋に正しく“コロコロ”である。子供向けであるということに徹している」と感嘆。また「7歳の子供に『ぷにる』を読ませたら、かじりつくように読んでいて。ぷにるに影響を受けて、(口調が)ですます調になってしまいました(笑)」と語った。
さらに「小学館漫画賞の選考を10数年やっていると、小学館のマンガのテイストというか、イズムを感じるわけです。小学館のマンガのクールさや、のんきさみたいなものの根っこのところにあるのは『オバケのQ太郎』だと思っています。イマジナリーフレンドみたいなものがいつもいてくれて、愉快だったり馬鹿だったりしていて、だけど下品になりきれないクールさっていうのも『オバQ』なのかなと。『うる星やつら』もそうですが、クールで何か変なやつがいてくれる。そういうマンガの現在進行系が、ぷにるという、ヒロインなのかヒーローなのかわからないというのが……まさに“今”ですよね。僕は、ぷにるは大げさでなく、オバQやラムちゃんに続く、マンガの主人公の風格のようなものを感じています」と講評した。
好きなものだけを描いて、表彰されるのが一番うれしい
デビューしてからコロコロコミックでマンガを描き続けてきたまえだくんは、「コロコロコミックは、読者が数年単位で変わっていく雑誌」であると説明し、「大人からすると『子供向けですよね』という、自分とは違う立ち位置にあるように語られるのが児童向けマンガ。マンガ好きにとっては“かつての場所”という、故郷の立ち位置だという感じがしていました」と率直な思いを述べる。「週刊コロコロはWebの雑誌ということで、かつてのコロコロが好きだった人たちの目にも留まる場所だというのを聞いたときに、私みたいに大人になっても子供向けしか好きじゃない、異端な人たちに向けた雑誌なんだと、『やっと居場所ができたんだ!』とすごく喜びました」と振り返り、「先人たちが積み重ねてきた“コロコロ”というブランドに乗っているだけの人間なので、それを落とすようなことはしたくないと常日頃思っていたんですが、週刊コロコロという場所を広めるきっかけに、自分の作品が貢献できたことがとてもうれしかったです」と先人への敬意を示した。
さらに「大人向けに描いてみようかと、一回だけ別の出版社に持ち込んだときに、そのときに一番描きたかったラブコメを描いたんですが、『何を伝えたいのかわからない』『“癖”がない」と言われまして。ほかの場所に行ってもメジャーなものを描けないと売れないんだと、じゃあどこにも描けるところはないんだと思ったときに、週コロが始まって。前例がないので、描きたいものを描いたらそれがスタンダードになった。私も『運がよかったな』と。やってきてよかったなと思いました」と笑顔を見せる。最後に「自分はみんなと違うことを恥じたことは一回もない。このたび皆さんからこうやって賞をいただいたり、『このマンガを好きだ』って言ってもらえるたびに、間違ってなかったんだなって、肯定された気になりました。好きなものだけを描いて、表彰されるのが一番うれしいです。ありがとうございます」と晴れ晴れとした表情でスピーチした。
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「賞を獲れたことを実力だとは思わないように、『運がよかった』と思って、僕はまたそれを超えていきたいと思います。これからも不撓不屈の精神で〜」
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