尾上松緑と西森英行が語る“講談を歌舞伎に”、10月は「荒川十太夫」で会いましょう (2/2)

堀部安兵衛や大石主税が登場し、歌舞伎ならではの展開に

──「荒川十太夫」は、神田松鯉先生が昭和初めに出た講談全集から発掘し、口演されている作品。それが弟子である人気若手講談師・神田伯山先生にも伝わっています。松緑さんは数年前に松之丞時代の伯山先生を聴いて講談の面白さにハマり、お二人のご交流が今回の企画につながりました。今回の台本を作るうえでの、ご苦労やご工夫についても教えてください。

松緑 今回脚本は、落語や講談にも造詣が深い竹柴潤一さん(2021年「本朝白雪姫譚話」脚本で「大谷竹次郎賞」奨励賞受賞)にお願いしました。彼は歌舞伎の狂言作者(主に現代の舞台における舞台監督のような役割)で、歌舞伎役者が言いやすい言葉を知り尽くしています。そこに同じく講談が好きな松竹製作部の担当に、柳家三三さんの公演なども手がけてきた西森さんを加え、このチームで相談を重ねて上演台本を仕上げました。まったく講談や演芸に興味のない人たちが資料だけで作ったら、こうした台本にはならなかったでしょう。台本は松鯉先生にも目を通していただき、「講談だとこう言うけれど、歌舞伎ならこちらの言葉にしたほうが良いのでは」といった細やかなアドバイスをいただいたり、伯山先生にも目を通していただきました。皆さんのおかげで、最初の台本としては精度の高いものができたんじゃないでしょうか。

西森 切腹を目前にした安兵衛とのやり取りを、詮議される十太夫が回想する場面は歌舞伎ならでは。潤一さんの脚色が巧みですよね。アイデアをみんなで注入し、豊かな脚本打ち合わせだったと思います。演出的な戦略もこの話し合いで練ることができましたし。

左から西森英行、尾上松緑。

左から西森英行、尾上松緑。

──先ほど読み合わせを拝見していても、もとの講談にあるしみじみとした風情や爽やかさがそのまま流れていると感じました。そして西森さんがおっしゃるように、講談だと語りで処理される回想場面で、安兵衛、そして大石内蔵助の長男・大石主税が登場するのは、歌舞伎ならではの展開ですね。

松緑 僕は割と台本打ち合わせの初期段階から、安兵衛や主税を視覚的に登場させたいと考えていました。西森さんには、セリフで処理する構想はあった?

西森 早くから登場プランを松緑さんから伺っていたので、僕もそのほうが自然だと思っていましたね。

──安兵衛は時代劇や講談でも人気キャラクターですから、単純に「出てくるなんて、気持ちアガる!」とワクワクするアイデアだと感じました(笑)。しかも今回、それを市川猿之助さんが演じられます。

西森 そうですよね。時間をさかのぼり、義士たちの切腹が今まさにその場で起ころうとしている場面へ……という臨場感も演劇として面白いですし。

松緑 安兵衛の登場場面がいかに自然に見えるかについては、今も話し合っているところ。猿之助さんとのご相談含め劇場に入ってから決まる部分も大きそうです。

──若くして切腹する運命の主税を、役と年齢の近い松緑さんのご子息、16歳の左近さんが演じられるのも胸を打たれそうです。演出家から見た左近さんの印象も教えていただけますか?

西森 松緑さんと舞われた「連獅子」で拝見した舞台姿はとても凛とされていましたし、稽古場での立ち居振る舞いもしっかりされているんですよ。歌舞伎俳優として舞台に立つことを宿命のように背負う風情は、主税にピッタリだと思っています。

左から西森英行、尾上松緑。

左から西森英行、尾上松緑。

──1つの事件が人々の中にさざなみを起こす群像劇のようでもあり、その中心には十太夫の繊細な心の動きが据えられています。

松緑 十太夫の中では、安兵衛との出来事を死ぬまで抱えて生きていく覚悟があるでしょうしね。講談に登場する人物は、この武士の“覚悟”というものを描いた演目が多く、そこは歌舞伎にも通じる気がしています。先ほども申し上げた「寺子屋」、あるいは「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」(忠義のためにわが子を犠牲にする熊谷直実の物語)といった演目で描かれるような武士の世界、忠義といったものを、講談は噛んで含めるように説明していきます。そしてこの丁寧さは、古典歌舞伎への入り口にもなりうるんですよね。

──なるほど、武士道を描いた古典歌舞伎との架け橋になる新作……松緑さんならではの角度を持ったお芝居になりそうです。気が早いのですが、今後歌舞伎化したい講談の構想はおありですか?

西森 松緑さんのご自宅の講談ライブラリーがね、すごいんですよ。映像やCDを聴きながら、「これも良いよね」「これもやりたいんだよ」と、そのパッションを浴びています(笑)。

松緑 赤穂義士を描いた講談だけでも膨大で、それぞれの忠義の形の違いを演じていくだけでもやり甲斐があるでしょうし、「慶安太平記」(幕府転覆をはかる由井正雪の波瀾万丈な生涯を描く)、「国定忠治」(侠客講談。新国劇でも有名)、「天保水滸伝」の剣客・平手造酒(血で血を洗う侠客の抗争を描く)など、どれも魅力的なんですよ。

──赤穂義士伝に見せ場だらけの慶安太平記、国定忠治……そして哀れな素浪人、平手造酒! クライマックスの鬼気迫る決闘場面を、歌舞伎ならではの迫力ある立廻りでやったら、さぞやカッコよさそうです。

松緑 コロナで大人数の芝居がやりにくい昨今ですが、グッと緊張感ある芝居の場面から大立廻りの終幕へ……なんて歌舞伎的な芝居に仕立てられたら面白いですよね。“擬古典”といった言葉もありますが、真山青果や岡本綺堂、あるいは昨年出演した山本周五郎「泥棒と若殿」(参照:玉三郎&仁左衛門の強悪な夫婦、中村屋一門による追善狂言「二月大歌舞伎」開幕)のように、20年後、30年後、50年後まで、歌舞伎のレパートリーとして再演が続いていくような演目、見取り狂言の間に入っても違和感ない新作というのが、僕の目指す方向。まずは「荒川十太夫」をそうした作品に作り上げたいと意気込んでいます。

「荒川十太夫」特別ビジュアル

「荒川十太夫」特別ビジュアル

神田松鯉・神田伯山が講談から生まれる“大輪の花”に期待

左から神田伯山、神田松鯉、尾上松緑。

左から神田伯山、神田松鯉、尾上松緑。

9月末、赤穂浪士が眠る東京・泉岳寺の堀部安兵衛墓前で法要が行われ、神田松鯉、松緑、神田伯山がそろって手を合わせた。今回歌舞伎化される「荒川十太夫」は、松鯉が昭和初めに出た講談全集(演者は先代松鯉)で発見したという。「講談には同工異曲の『小田小右衛門(おだこえもん)』もありますが、こんな良い話をやらないのはもったいないし、せっかくだから自分で起こしてやろうと考えました。それを今ではこの人(現・伯山)も受け継いでやってくれています」(松鯉)。「うちの師匠の『荒川十太夫』を聴くと『良いものを聞いたなあ』と、温かい人情に触れた満足感で心がポカポカするんです。弟子が言うのも変な話ですが、神田松鯉の美学、芸そのもののような話。それが今度は、歌舞伎になるわけですから。(十太夫を詠んだ句)『心地よく咲く室の梅』ではないですが……人が『新しいことをやろう』と挑戦すれば、大輪の花が咲くのでしょうね」(伯山)。

プロフィール

尾上松緑(オノエショウロク)

1975年、東京都生まれ。初代尾上辰之助(三世尾上松緑)の長男。1980年に「山姥」の怪童丸で藤間嵐の名で初お目見得、1981年に「幡随長兵衛」の長松で二代目尾上左近を名乗り初舞台。1991年に「壽曽我対面」の曽我五郎ほかで二代目尾上辰之助を襲名。2002年に「勧進帳」の弁慶、「蘭平物語」の蘭平ほかで四代目尾上松緑を襲名。日本舞踊家として、1989年に藤間流家元・六世藤間勘右衞門を襲名。

西森英行(ニシモリヒデユキ)

1977年、千葉県生まれ。脚本家、演出家。1997年にInnocentSphereを旗揚げ。高校教師、大学講師を経て、現在は劇団公演のほか、ストレートプレイ、ミュージカル、2.5次元舞台などの舞台や映画、テレビドラマなど幅広く活動。近年の主な舞台作品に「メサイア」シリーズ(脚色・演出)、ミュージカル「憂国のモリアーティ」シリーズ(脚本・演出)、「僕のヒーローアカデミア The “Ultra”Stage」(脚本)、「HELI-X」シリーズ(脚色・演出)など。

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