“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”をキャッチコピーに、コロナ禍でも工夫を凝らし、毎月多彩な演目を上演している歌舞伎座。8月は、松本幸四郎と市川猿之助の人気シリーズ最新作、「東海道中膝栗毛 弥次喜多流離譚(やじきたリターンズ)」に注目。シリーズ第1作から出演して来た市川染五郎と市川團子が過去4作を振り返りつつ、刺激的な稽古の様子、新作歌舞伎への思い、最新作の見どころについても語った。
取材・文 / 川添史子
早替りに女方、そしてヤンキー!? 挑戦だらけの最新“やじきた”!
──松本幸四郎さんの弥次郎兵衛&市川猿之助さんの喜多八コンビによる抱腹絶倒の喜劇“やじきた”が歌舞伎座に帰ってきます! 今回は、前作最後に伊勢神宮の花火に打ち上げられた弥次さんと喜多さんが、遠く離れた無人島に飛ばされて長崎に渡り、再び珍道中が始まり……という内容になるとか。設定を聞いただけで既にちょっと笑えます(笑)。シリーズを通して染五郎さんは伊月梵太郎、團子さんは五代政之助という若侍を演じて来ました。今回は複数の役を演じるそうですね。
市川染五郎 はい。今回僕は早替りもあると聞いていて、登場はポルトガル人のオリビアという娘役も勤めます。舞台は前作から3年後。もともと江戸木挽町の歌舞伎座で大道具のアルバイトをしていた弥次さんと喜多さんが、歌舞伎座の経営が危ないと知って、古巣の歌舞伎座に戻ろうとする……という旅になります。本役の梵太郎は、今や暴走族の総長になっている設定です(笑)。
市川團子 配信版の図夢歌舞伎「弥次喜多」(参照:今回の“弥次喜多”コンビはよそよそしい?染五郎・團子の不良姿も、図夢歌舞伎「弥次喜多」)で梵太郎と政之助は、万屋(よろずや=コンビニ)“家族商店”に入り浸るヤンキーになっていましたが、その続編のようなイメージですよね。僕はいつもの政之助と、今回はお夏という娘を演じます。
──6月末に配役発表されるやいなや、「(坂東新悟演じる)総長シー子って!?」「(松本錦吾演じる)海賊王ジョニー・テープ?」と、役名だけで歌舞伎ファンの話題騒然ですが、なるほど、そういう世界観なのですね(笑)。
團子 お夏は総長シー子とシマをはっていて、「じゃあ、踊り比べで勝負を決めよう!」といった場面もありそうで(笑)。僕、本格的な女方を演じさせていただくのは初めてなんです。第二部では「浮世風呂」のなめくじ(風呂屋に現れる女の姿をしたなめくじ役)もあり、8月は女方を学ぶひと月になりそうです。
──最新“やじきた”の台本は現在、鋭意詰めの作業中。このシリーズは古典歌舞伎のパロディが随所に盛り込まれており、先輩方は「あの演目のあの感じ」でどんどん立ち上げると思うのですが……まだ十代のお二人にとっては、短時間でもの作りをする現場についていくのは大変ですね。
染五郎 小さいころから作ることが好きで新作の台本も書いていますし、「自分もいつか」と思っているので幸せな現場です。先輩方のスピード感はものすごいのですが、小さいころから歌舞伎の世界にいますので、これが当たり前というか、短期間で作っていくことが「大変」という感覚はあまりありません。三谷幸喜さんの「月光露針路日本 風雲児たち」(参照:涙と笑いが歌舞伎座を包む「六月大歌舞伎」、“三谷かぶき”はトリビ屋の大向うも)は1カ月間の稽古がありましたが、むしろ長いほうが新鮮に感じるぐらいです(笑)。ただ、新しく演出をしていただいた「信康」(参照:市川染五郎と齋藤雅文が新たに作り出す信康像、6月は「信康」で会いましょう)では、主人公として舞台を勤めながら全体のことを考える難しさ、大変さを痛感しました。
團子 幸四郎さん、猿之助さんはじめ先輩方は古典の演技がしっかり身体の中に入っているので、新作やスーパー歌舞伎といった現代的な作品においても、ただ歩くだけで歌舞伎の雰囲気になります。僕はまだそういう基礎がきちんと身体に染み付いていないので、(目の前にある筋書の舞台写真を見ながら)こういうのを見ても過去の自分に言いたいことが山ほどあって……。
一同 (笑)。
團子 稽古場でも皆さんが、「そこは◯◯の感じで」「ああ、そうだね」と、古典が皆さんの共通言語になっているんですよね。僕も即座にキャッチして、ポンポン言えるような役者に早くなりたいです。
梵太郎と政之助と一緒に成長していこう
──ここからはシリーズを振り返って参ります。記念すべき1回目は2016年、“やじきた”がラスベガスにまでたどり着く奇想天外な内容でした。染五郎さんはまだ金太郎時代の11歳、團子さんは12歳でしたね。
染五郎 僕にとって生まれて初めての新作で、「こんなこと、して良いんだ!」の連続でした。個人的に好きな場面は、小さな頃から大好きだったドリフのパロディになっている「義経千本桜 吉野山」の劇中劇。ドリフが作った歌舞伎コントが、逆に歌舞伎に戻ってくる流れはファンとして興奮する仕掛けでした。
團子 僕は1作目のDVDを今でも定期的に見直しているんです。テーマ曲も大好きですし、単純にこの作品のファンです(笑)。
──そうなんですね! 染五郎さんも映像を見返すこと、ありますか?
染五郎 ……しないですね。
一同 (笑)。
染五郎 基本的に自分の映像を観るのが苦手で、公演中は毎日確認しますが、終わったものはあまり見返さないんです……。
──対照的に、團子さんはご自分の映像に抵抗感は感じない?
團子 もちろん、ありますよ。(少し間を置いて)本当にありますよ!!
一同 (笑)。
團子 観るたびに自分の場面は反省モードですが、1作目は、シンプルに作品として大好きなんです。観ながら一緒に動きたいので、スマホスタンドに設置して、ハンズフリーにして観ます。当時も楽屋のモニターでずっと観ていましたし、自分がもう1回出ているような気分が味わえて楽しいのかもしれません。
──続く2017年「歌舞伎座捕物帖(こびきちょうなぞときばなし)」(参照:「八月納涼歌舞伎」染五郎・猿之助コンビで最後の弥次喜多、勘九郎「野田さんの演出は優しい」)は、歌舞伎座で殺人事件が起こるミステリー仕立て。複数の終幕が用意され、その日の観客の拍手で決まるマルチエンディングも斬新なアイデアでした。
染五郎 梵太郎と政之助が謎を解いていく場面が演じていてもすごく楽しく、個人的には、このシリーズで一番好きな作品でした。
團子 この映像も定期的に見直します(笑)。好きな場面は……自分が出ている場面ではないけれど、「四ノ切(義経千本桜 川連法眼館の場)」のパロディのシーンで、猿之助さんの喜多さんが(中村)隼人さん演じる狐忠信の鼓を奪っていく場面です(しゃべりながら上半身を動かして場面を再現)。
──2018年「再伊勢参!? YJKT(またいくの こりないめんめん)」(参照:「NARUTO」に負けない!「八月納涼歌舞伎」出演陣が奮起)は、喜多さんのお葬式の場面から始まって観客はびっくり。幽霊と弥次さんの珍道中になりました(笑)。ぐんっと背が伸びたお二人の成長ぶりにもびっくりしました。
染五郎 染五郎を襲名して初めての“やじきた”でした。大きな経験を経ての公演は、またちょっと違う感覚がありました。
團子 いつか挑みたいと思っている「黒塚」の振りを少しやらせていただいたのが、とてもうれしかった記憶があります。でも僕にとって「楽しい」だけだった舞台が、いろいろと細かいことが気になりだしたのはこの頃からです。いつも付いてくださっている(一門の市川)猿紫さんも「『僕大丈夫だった?』と頻繁に聞くようになったよね」とおっしゃっていて。声変わりの時期だったこともあり、自我が芽生えました(笑)。このときは(弥次さん&喜多さんとの)4人宙乗りもありましたね。
染五郎 宙乗りはこれが初めてだったのでうれしかったです。僕がまだ小さいとき、父が江戸川乱歩の作品を歌舞伎化したんですが(2008年「江戸宵闇妖鉤爪」国立劇場)、2階席から稽古を観ていて、大凧に乗った宙乗りの場面で父が目の前まで飛んできた姿を観てから、ずっと憧れていました。当時家で、宙乗りの真似もしていましたし。
──ご自宅で宙乗りの真似って、どうやるのでしょう?
染五郎 父が僕の身体を持ち上げて運んでくれました。
一同 (笑)。
──お父様は、高所恐怖症でも宙乗りをなさるからすごいですよね。
染五郎 これも乱歩歌舞伎のときだったと思うのですが、父と一緒に歩道橋を歩いていたとき、「高いところが怖いのに、どうして宙乗りができるの?」と聞いたら「お客様に楽しんでもらいたいからだよ」と教えてくれたのを覚えています。これがおそらく、自分の中にある一番古い記憶。多分、3歳ぐらいだったと思います。
──ステキな思い出……。團子さんは初めての宙乗り、怖くなかったですか?
團子 いつかやりたいとは思っていて、恐怖はなかったです。子供のときからじいじ(祖父の市川猿翁)の「四ノ切」や「ヤマトタケル」の宙乗りに憧れていたのと、高い所が大好きなので「楽しい!」感覚しかありませんでした。
──4作目は、過去3作の出来事はすべて弥次さんと喜多さんの夢だった……という設定で、心新たにお伊勢さんを目指すストーリー。とりわけ歌舞伎の名作パロディ場面盛りだくさんの趣向でした(参照:幸四郎&猿之助、“弥次喜多コンビ”が早替りで魅せる「八月納涼歌舞伎」)。
染五郎 「鈴ヶ森」の雲助や、劇中劇「一谷嫩軍記」の「組討」もさせていただき、いろいろな役が体験できた回でした。この直前が「三谷かぶき」で、共演させていただいた八嶋智人さんからみっちりとお芝居の基礎を教えていただいたこともあり、より役を深く考えるようになりました。
團子 稽古初日、いっくん(染五郎)の最初のセリフを聞いた瞬間「ああ、うまい」と思い、「ああ、さらに先に行っちゃった」と、めちゃくちゃ焦りました。
染五郎 あのとき僕も、梵太郎をこれまで通りの幼い少年で演じるのか、今の自分に引き寄せて少し大きくなった梵太郎として演じるべきか、悩んでいました。團子さんと相談して「2人も成長しているんだから、少し大きくなった、今の僕たちなりの梵太郎と政之助で良いんじゃない」ということになりました。
團子 (そんなこと言った?の表情)
一同 (笑)。
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大舞台を経て、さらに大きくなっていく