市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿の誕生を見届けに、11月は歌舞伎座で会いましょう

“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”をキャッチコピーに、コロナ禍でも工夫を凝らし、毎月多彩な演目を上演している歌舞伎座。11月は、市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿の襲名興行が2カ月連続で行われる。新型コロナウイルスの影響で2年越しとなった襲名披露に周囲が湧く中、海老蔵本人はただ静かに、来たるべき時を受け止めようとしていた。

本特集では、これまでもたびたび海老蔵にインタビューしてきた中井美穂が聞き手となり、海老蔵から團十郎へと大きな“脱皮”を遂げる、その思いを聞いた。

構成 / 川添史子

團十郎としての時間軸に自然な形で置かれた

中井美穂 今年開催された記者会見や取材会などでのお話を追っていくと、ご自身としてはお名前が変わることは大きなことではありつつ、「ごく自然の流れである」という意識で受け止めていらっしゃると感じました。

市川海老蔵 もし予定通り2020年に襲名していたら、もっと気負っていたでしょうし、いろいろな思いがあったと思うんです。でも今年に延期になったことで、結果的に、七代目團十郎が歌舞伎十八番を制定して190年、祖父である十一代目が團十郎を襲名してちょうど60年という節目になりました。それに加え、これはまったくの偶然なのですが、三代目から七代目の襲名披露公演はすべて11月に行われていたんです。つまり私は、團十郎としての時間軸の中に自然な形で置かれたのだと理解できました。ですからこの襲名に関しては、すべて運命的に決まっていったのだという気がしています。

中井 海老蔵というお名前での日々を振り返って、今どんなことを思われますか。

海老蔵 いろいろなことを体験した18年間でした。亡くなった(坂東)三津五郎のお兄さんが海老蔵襲名の口上で、「皆様、エビという生き物は何遍も何遍も脱皮を繰り返して大きくなっていくわけです。ですからこの新海老蔵も何遍も何遍も脱皮していくと思いますので、よろしくお願い致します」とおっしゃってくださったんです。脱皮できたのかはわかりませんが、喜びも苦しさも含め、そのすべてが、團十郎の血肉になっていくのだろうと感じています。

左から中井美穂、市川海老蔵。

左から中井美穂、市川海老蔵。

「勧進帳」と「助六」、ひと月でやることは決まっていた

中井 会見でもお話されていましたが、同じ月に「勧進帳」の弁慶と「助六」をやられることは、とてもハードなことなのですね。

海老蔵 ひと月の中でこの二つの役をやるのは、肉体的にも精神的にも大変です。実は海老蔵襲名披露のときも、いっときこの案が出たんですよ。僕はすっかりやる気でいたのですが、父(十二代目團十郎)が「両方をやるのは大変だから、ここはグッと我慢したほうがいい」と。結果「勧進帳」では富樫を勤め、あとは「暫(しばらく)」と「助六」に決まりました。今思えば、父は経験を踏まえた深いアドバイスをくれたのだと思います。

左が「勧進帳」より、市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿扮する武蔵坊弁慶(撮影:操上和美)、右が「助六由縁江戸桜」より、市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿扮する助六(撮影:上田義彦)。無断転載禁止

左が「勧進帳」より、市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿扮する武蔵坊弁慶(撮影:操上和美)、右が「助六由縁江戸桜」より、市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿扮する助六(撮影:上田義彦)。無断転載禁止

中井 大変だとわかっていてもお勤めになる。それもまた自分の團十郎としての第一歩として受け止めていらっしゃるのでしょうか?

海老蔵 そうですね。気概とか気負いとか、そういうこととはまた違う感覚があります。團十郎を襲名するなら、成田屋ならば、「勧進帳」と「助六」をひと月でやることが、生まれた瞬間から決まっていた……ということだと思っています。

中井 「助六」は2カ月連続での上演。11月は片岡仁左衛門さんがご出演されますし(くわんぺら門兵衛役)、12月は坂東玉三郎さんも揚巻で出られて(5~15日)華やかですね。また12月は若手の皆様も大きな役に配役され、見比べる楽しみもあります。

海老蔵 そうですね。そしてご出演くださるすべての先輩方に、ありがたい思いでおります。

子供たちの成長、舞台への思い

中井 前にお話を伺わせていただいたときに、「祖父や父から受け継いだ荷物を自分の代で昇華して、それを倅(勸玄)に渡していくんだ」とおっしゃっていましたね。

海老蔵 はい。ですので今回倅が勤める「外郎売」も「毛抜」も、渡せるものはしっかり渡していきますし、そこでまた彼が培うものもあると考えています。

左が「外郎売」より、八代目市川新之助扮する外郎売実は曽我五郎(撮影:篠山紀信)、右が「毛抜」より、八代目市川新之助扮する粂寺弾正(撮影:篠山紀信)。無断転載禁止

左が「外郎売」より、八代目市川新之助扮する外郎売実は曽我五郎(撮影:篠山紀信)、右が「毛抜」より、八代目市川新之助扮する粂寺弾正(撮影:篠山紀信)。無断転載禁止

中井 勸玄くんの成長について思うところはいかがですか。当初の予定から2年半ずれて、大人よりもお子さんにとっては、体感的に長い待ち時間だったと思うのですが。

海老蔵 2020年だったら彼も「外郎売」をやるので精いっぱいだったと思うのですが、この2年半を経て、そしてその間の成長を見て、「毛抜」もできるようになったのだとポジティブに捉えています。これは襲名披露興行ですから、お客さまには成長を見守るスタート地点に同席いただく意味あいもあります。鷹揚な御見物をお願いできればと思いますし、少しでも皆様の想像を上回っている部分があればうれしいと思っています。

「江戸花成田面影」(2015年11月歌舞伎座)より、左から堀越勸玄、市川海老蔵。無断転載禁止

「江戸花成田面影」(2015年11月歌舞伎座)より、左から堀越勸玄、市川海老蔵。無断転載禁止

中井 お父様が生きていらしたら、いろいろな相談、そして歌舞伎の未来についてお話されたと思います。今考えると、お父様はどんな存在ですか?

海老蔵 やっぱり大好きな人ですね。

中井 以前、勸玄さんの持っている空気感がお父様と似ているとおっしゃっていましたね。

海老蔵 似ていますね。倅は最近、父の映像をよく観ています。

中井 「観なさい」と言わなくてもご覧になっているのですか?

海老蔵 たくさんの資料を渡していますから、その中で彼が父の映像を選んで自然と観ている姿は不思議で面白いですね。周囲の方たちから「似てるね」と言われるので、気になるのではないでしょうか。私も同じなんですよ。「十一代目團十郎に似てる」と言われて育ってきましたから。

「外郎売」(1985年5月歌舞伎座)より、左から十二代目市川團十郎演じる外郎売実は曽我五郎、七代目市川新之助演じる貴甘坊。無断転載禁止

「外郎売」(1985年5月歌舞伎座)より、左から十二代目市川團十郎演じる外郎売実は曽我五郎、七代目市川新之助演じる貴甘坊。無断転載禁止

中井 お父様の舞台は生でご覧になれますが、もう会えないおじいさまを、そうやって感じられるわけですね。素晴らしい感性だと思います。12月にはぼたんさんもご出演。「團十郎娘」で近江のお兼を踊られますね。

海老蔵 彼女はやる気満々ですよ(笑)。

中井 お父様と弟さんの襲名披露の舞台に立てるのは、きっとうれしいことですよね。

海老蔵 そうだと思います。彼女は彼女で外には見えない葛藤があるでしょうが、それも汲みつつ、新之助のことも考えながら、もちろん自分の舞台をしっかりと勤めながら見守ります。