池田はシュテファン・ツヴァイクの代表作「マリー・アントワネット」を読んだことが「ベルサイユのばら」誕生のきっかけになったと話し、「高校2年生の、夏休みの課題図書だったの。いまでも覚えているんですけど、バスの中で読み終えたとき『ベルサイユのばら』というタイトルで、いつかマリー・アントワネットの物語を描こうって決めました。まだその頃は、将来自分がマンガ家になるか小説家になるか、あるいは映画監督になるかわからなかったけど、表現する人になるんだろうなって思っていたんです」と少女時代の思い出を語る。
池田のコメントを受けた凰稀は「そんな小さな頃から……」と感嘆。「私は宝塚に中学2年生のときに出会って、急な状態で宝塚を受験することになりまして。そこで涼風真世さんがオスカル役の宝塚版『ベルサイユのばら』をビデオで観て……」と当時を振り返り、「壮一帆さんのお披露目公演でオスカル役ができると聞いて……もう絶対にやりたかったんですよ! 宝塚にいる間に! だからすっごくうれしくて」と笑顔を見せる。また「ずっとマンガを読んでいたので、そのイメージ通りにやりたいと思ってまして。宙組公演やドラマの撮影の関係で、稽古期間が3日間しかなかったんです。究極の状態だったので、先生の言っていることとかはほぼ無視して、自分の思い通りにやらせていただきました(笑)」と公演の裏話を披露した。
「ベルサイユのばら」の連載がスタートしたのは1972年。世代を超えて読み継がれていることについて、池田は「24歳のときに描き始めたんですけど、連載中にいろいろお手紙をいただきますよね。『この作品だけは、私がお嫁に行くときも必ず持っていきます。女の子が生まれて、マンガが読める歳になったら読ませます』というお手紙をいっぱいいただいたんです。そしたらその10年後くらいに、『お母さんがこれを読めと渡してくれた』ってお手紙をいっぱいもらって。今やもう3世代目かな」と読者への感謝を述べた。
「アムール・デュ・ショコラ」は年に1度、バレンタインの時期に高島屋で開催されるチョコレートの祭典。「ベルサイユのばら」とのコラボレーション企画では、池田が描き下ろした読み切り2本が、「アムール・デュ・ショコラ」のカタログとタカシマヤのアプリにそれぞれ収録されている。カタログは「アムール・デュ・ショコラ」の開催会場にて配布されるほか、公式サイトでも閲覧可能。また「ベルサイユのばら」のフレームで写真が撮れる「なりきり!ベルばらカメラ」を使った画像投稿キャンペーンも行われているので、興味がある人は参加してみては。
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