「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.6 [バックナンバー]

パラサイト 半地下の家族

作品中に漂う“匂い”を表現した音楽

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DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。6回目は、「第92回アカデミー賞」で作品賞など最多4冠に輝いた「パラサイト 半地下の家族」を取り上げる。半地下に暮らすキム一家の様子を描くこの作品の、音楽的な魅力とは。

なおこの記事は映画のストーリーに関する記述が含まれているため、まだ観ていない方はネタバレにご注意を。

/ 青野賢一

匂い

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

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ジョン・ウォーターズ監督の映画「ポリエステル」(1981年)は、劇場で配布される“オドラマ・カード”と呼ばれるカードをスクリーンに出てくる番号に沿ってスクラッチすると、当該シーンの匂いが立ち上ってくるということで一部で話題となったカルトムービーである(のちに発売されたVHSにも同様のカードが付属していたそうだ)。この、映画に匂いを加えるという試みは「ポリエステル」以前にも何本かの作品で行われたが、いずれも成功とは言いがたい結果に終わったという。

匂いが人の感情や記憶に訴えかけてくるということを、私たちはよく知っている。その作用を生かし、実際の匂いを用いた映画については先に述べた通りだが、匂いが漂ってこなくとも画面から匂いを感じてしまう映画というものもある。ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」は、そんな作品ではないだろうか。

貧しいけれど平和な家族

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

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「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「パラサイト 半地下の家族」のオープニングシーケンスでは、半地下に暮らすキム一家の様子がピアノを基調としたリリカルかつ軽快な音楽を添えて映し出される。散らかり、湿気を帯びている印象の狭い家だが、柔らかな光(半地下なので一定時間、日は射すのだ)と先の曲とが相まって、貧しいけれど平和な家族のイメージを醸し出す美しいシーンだ。キム家は、父・ギテク(ソン・ガンホ)、母・チュンスク(チャン・ヘジン)、長男・ギウ(チェ・ウシク)、長女・ギジョン(パク・ソダム)の4人家族。ギテクは失業中、ギウは大学受験に落ち続け、ギジョンは美大を目指しているがお金がないため予備校にも通えない。一家は内職でなんとか糊口をしのいでいるのだ。

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

そんなキム家に変化の兆しが訪れた。ギウが、IT企業を経営するパク・ドンイク(イ・ソンギュン)の長女で高校2年生のダヘ(チョン・ジソ)の家庭教師の口を紹介されたのだ。ギジョンが見事に偽造した大学在学証明書を持って、高台にあるパク一家の豪邸へと向かうギウ。うまくすれば多額の報酬が得られるという期待が持てる展開だが、音楽の方はそれに反してマイナー調の不穏な曲が添えられる。

漂う偽物っぽさ、メッキ感

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

本作の音楽を手がけたのは、映画、演劇、ポピュラーミュージックなど幅広い分野で活躍する音楽家のチョン・ジェイル。「パラサイト 半地下の家族」では、管弦楽アンサンブル、ピアノ、チェンバロ、グロッケンシュピールなどを配したクラシカルな楽曲を提供しているのだが、面白いのは、いくつかの曲からどことなく取って付けたような偽物っぽさ、メッキ感が漂ってくるところだ。たとえばギテクがドンイクの運転手の職を得て、(おそらくこれまで運転したことのない)ベンツを見にカーディーラーへ行くシーンなどのバックに流れる7分強のオーケストラ曲。あるいはチュンスクが家政婦としてパク家に入り込み、一家がキャンプに出かけた留守中に、ぜいたくな暮らしを味わおうとキム一家がパク邸に勢ぞろいするときのゆったりとしたソプラノ曲は“つかの間の優雅な暮らし(借り物の)”といった風情である。その一方で、さまざまな下降のモチーフが登場する場面では、緊迫感のあるシリアスな音楽が聴こえてくる。そしてそこには高所から低きに流れる“水”のイメージも付与されているのである。

本稿の前半で匂いについて書いたが、「パラサイト 半地下の家族」の“実際にはしないけれどなんだか匂いが漂ってくるような感じ”は、音楽によるところが大きいかもしれない。作中で重要な役割を果たしている“匂い”を、ときには消臭スプレーや香水のようにかりそめに包み隠そうとする存在としての音楽、その効き目がなくなってしまう恐怖を表す音楽──。そうして映画にさり気なくも見事な“匂い”を添えてきた音楽は、エンドロールに至り、ギウ役のチェ・ウシクが歌う「Soju One Glass(焼酎一杯)」を通じて何も偽らないストレートな叫びとして提示されるのである。

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「パラサイト 半地下の家族」場面写真(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「パラサイト 半地下の家族」

「パラサイト 半地下の家族」ポスタービジュアル (c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

「パラサイト 半地下の家族」ポスタービジュアル (c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

日本公開:2020年1月10日
監督・脚本:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ / チャン・へジン / チェ・ウシク / パク・ソダム / イ・ソンギュン ほか
音楽:チョン・ジェイル
配給:ビターズ・エンド
提供:バップ / ビターズ・エンド / テレビ東京 / 巖本金属 / クオラス / 朝日新聞社 / Filmarks

青野賢一

東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。

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Kenichi Aono @kenichi_aono

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