是枝裕和×クロエ・ジャオが互いの作品で涙を流す、共通する映画作りの理念とは
2025年11月2日 14:45
1 映画ナタリー編集部
第38回東京国際映画祭が開催されている本日11月2日、映画監督の是枝裕和とクロエ・ジャオが東京・LEXUS MEETS…で対談。このイベントは、映画人が国や世代を超えて語り合う場「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」の一環として実施された。
同映画祭のクロージング作品「ハムネット」の監督であり、黒澤明賞を受賞したクロエ・ジャオ。「ハムネット」では、16世紀イングランドの小さな村を舞台に、薬草の知識を持ち不思議な力を宿したアグネス・シェイクスピアと、作家としてロンドンで活動する夫ウィリアム・シェイクスピア、そして3人の子供たちの物語がつづられる。ひと足早く同作を鑑賞したという是枝は「涙が止まりませんでした。クリエイターがなぜ物語を書くのか、なぜ悲しい話を書くのか、そういうことをすべて肯定してくれたような思いになりました」と感想を伝える。この言葉を受け、クロエ・ジャオは「私は是枝さんの長年のファンなんです。今日、ここに来る前に『ワンダフルライフ』を改めて観て、1時間くらい泣いてしまって。控え室で是枝さんに『ハムネット』と『ワンダフルライフ』は似ているかもしれないと話しました。人生を鏡のように見る体験は有意義であると思わせてくれたからです」と口にした。
是枝はクロエ・ジャオに「『ノマドランド』では、主人公と一緒に旅をして、どこにたどり着くのかわからないような監督の目線が好きでした。題材は違うのに『ハムネット』にも同じことを感じて、意識していることなのでしょうか?」と質問。彼女は「この映画にとって一番感情が解放されるシーンは、もともと脚本にありませんでした。制作が終わる4日前にもなかった。脚本にはもともと用意していたエンディングがありましたが『これでは完成しないのでは?』と思っていたんです。映画作りを始める段階ではエンディングはわかりません。セットに入って初めてわかることがありますし、完成が見えないという点で(映画作りは)人生そのものだと思います」と語る。是枝は「今自分は撮影中で、残り2週間。ラストシーンは撮り終わったのですが、そこに向けてあと何ができるかセットに立って考え、現場で脚本を書き直しています。スタッフはハラハラしていると思いますが、こうして出来上がった作品は間違いないと思っています」と共感した。
「ハムネット」のエンディングについて、クロエ・ジャオは「もともと用意されていた結末に対し、主役のジェシー・バックリーも『これでいいの?』という感じでした。私は当時、大切な人を失って辛い時期を過ごしていました。ある雨の日、ロンドンで車に乗っていたらジェシーからある曲が送られてきたんです。その曲を聞いたら、すごく特別な力を感じました。自分と周りのものが1つになっている感じがして、涙が流れてきたんです。それこそがこの映画に必要だとわかりました。この映画の結末は、ジェシーとのコラボで生まれました」と言及する。
是枝から「母国から離れて映画を作ることの楽しさ、難しさは?」と尋ねられると、中国出身であるクロエ・ジャオは「責任があんまりないのがいいところですね」と切り出す。「以前カウボーイの映画を作りましたが、それまで西部劇は数本しか観たことがなく、アメリカ人の監督が作るより重荷がなかった気がします。難しさを挙げるなら昔は英語がわからず大変でした。不安でしたし、映画作りをあきらめて政治にまつわる仕事をしようと思ったこともあります。ただサイレント映画もありますし、重要なのはボディランゲージや表情だと気が付いたんです。言葉ではない言語を、繊細に感じ取れるようになりました」と言葉を紡いだ。
クロエ・ジャオからは是枝に、俳優との関係性について質問が。是枝は「現場で変わっていくことを楽しんでくれる方とご一緒したいと思っています。例えば(『箱の中の羊』のキャストである)千鳥の大悟さんはポイントだけ決めてその間は自由にしていいと話すと面白く動いてくれるんです。お笑いと似ているのかもしれませんが、あまり細かく動きを決めずに提案するといいみたい。自分のやり方というよりは役者さんに合わせて接し方を決めます」と答えた。
ほかにもクロエ・ジャオは、是枝に「映画ではしばしば人生のハイとローしか見せず、その間をカットされてしまうことがあります。是枝さんの映画は生活の安心感がしっかり描かれていて、油断していたところにガツンと感情が押し寄せてくる。意識していることなのですか?」と尋ねる。是枝は「生活の中にある些細なことから生まれる感情の起伏で物語を立ち上げられたらいいなと思っています。なるべくそういうものだけで映画ができたらいいなとも考えています」と説明した。
続けてクロエ・ジャオが「人生についてどういう理念を持っていますか?」と聞くと、是枝は「今、ワークライフバランスが取れていないんです。今年は2本映画を撮っているので、基本的にずっとワークしてるんです。そしてそれが、嫌ではない体になってしまった。もちろん(スタッフの)皆はそうじゃないから付き合わなくていいと言っていますが、自分は楽しくて仕方ないんです。現場にいる子供たちが60歳過ぎたおじいちゃんが楽しそうだったって印象を残したい。映画の仕事は楽しいのかなと思ってほしい。それが自分のワークでありライフです」とコメント。また彼は「いいと思ってるわけじゃないけど、撮ることを止められなくて悩んでるんだよね。悩み相談の場所じゃないけど(笑)」とこぼし、笑いを誘った。
イベントでは、観客からの質問コーナーが設けられた。次回作の構想に関する質問が飛ぶと、クロエ・ジャオは「ストーリーが私も選ぶんです。準備が終わったら空から降ってくると思っています。私の最初の3作はアイデンティティの話でした。『ハムネット』は人々が1つになる話。私たちが別々に存在しているという幻を打ち破る映画をもっと作りたいです」と述べた。
東京国際映画祭は11月5日まで開催。「ハムネット」はパルコ、ユニバーサル映画配給のもと2026年春に公開される。是枝の新作映画「箱の中の羊」も2026年に公開。
映画ナタリー @eiga_natalie
是枝裕和×クロエ・ジャオが互いの作品で涙を流す、共通する映画作りの理念とは
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・是枝裕和が「箱の中の羊」大悟(千鳥)への演出法明かす
・クロエ・ジャオは「ハムネット」エンディングへの思い語る
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