左から村山章、西森路代、ビニールタッキー

「ラストマイル」大ヒット、A24「シビル・ウォー」の動員1位、イーストウッド新作は配信のみ、中年女性が活躍「密輸 1970」…2024年はどんな年だった?

村山章×西森路代×ビニールタッキー鼎談

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濱口竜介や三宅唱は韓国からの信頼も厚い

村山 韓国に比べると日本は社会問題を描いた映画が少ないとは思いますが、この前観た「HAPPYEND」ではデモの描写がありました。空音央監督がどういう気持ちでこの映画を作ったのかが、しっかりと伝わってきて。監督のQ&A付きの上映会は満席でチケットが買えなかったんですが、これも公開から時間が経ってるのにお客さんがかなり入っていました。派手さはないけど作家性の強い映画って、日本ではなかなかヒットしにくい時代があったと思うんですが、今は小さくてもちゃんと市場が存在している感覚があります。

「HAPPYEND」メインビジュアル © 2024 Music Research Club LLC

「HAPPYEND」メインビジュアル © 2024 Music Research Club LLC

西森 韓国では日本の小・中規模作品の評価がすごく高いです。濱口竜介さんや三宅唱さんへの信頼が厚いですし、映画学科の人とかだと私より邦画に詳しいくらい。韓国の独立映画のことを書いた「0%に向かって」という小説を読んだら、韓国のミニシアターの興行収入はごくわずかで、小・中規模の映画を成立させることが難しいということが書いてあって。そういう作品にお客さんが入ることを日本のよさと考えている人は多いと思います。

村山 なるほど。映画の内容について話すと、日本には端正な作品が多いと思うんですが、「あのシーンはもうちょっと面白く描けたんじゃないか」と感じることがわりとある。一方で、韓国映画は「どのシーンも面白くしたい!」という欲が強いというか、観客をどう楽しませるかにすごく力を入れている気がします。

西森 そこを私たちは日本にないことだとして学ぼうとしますよね。逆に韓国の人たちは、その日本の端正な部分を評価しているのかも。そこはかとないことを、そこはかとないまま描くことと言うか。

ビニールタッキー なんかないものねだりみたいになってますね(笑)。

村山 そうですね(笑)。小・中規模作品にお客さんが入っているという話に戻すと、山中瑶子さんの「ナミビアの砂漠」もロングランになり、自分が観に行ったときも席がかなり埋まっていました。個人的には今年ベストくらいに好きな映画で、20代の監督の作品が世界的に高い評価を得ている。「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの阪元裕吾さんもまだ20代ですし、偉そうな言い方かもしれませんが、邦画の未来は明るいなと感じます。

「HiGH&LOW」で輝き、「光る君へ」でも実力を示した塩野瑛久

村山 邦画の話を続けると、あまり自分の守備範囲ではない「赤羽骨子のボディガード」に飛び込んでみたんです。主演のラウールさんのスター性にも驚いたんですが、脇を固める役者陣の演技がとにかくうまくてびっくりしました。アイドルを中心に据えて、人気がある若い子を集めて……みたいな先入観を持つのはダメだなと、改めて思わされました。

西森 撮影現場へ取材に行くことがたまにあるんですが、若い俳優さんが特にしっかりしていて、NGを出す人って全然いない印象です。監督へのインタビューでも、「今の若い役者にうまくない人なんていないですよ」みたいな話を聞くことが多いです。

村山 昔はアメリカの子役や若い俳優はすごいよねっていう話をしていましたが、今や日本の若手も負けてないですよね。年寄りが無理やり分析すると、今の若者たちは撮られることに慣れているというか、レンズを向けられて何かをすることに長けている人が多い気がします。

ビニールタッキー なるほど。2.5次元の舞台やYouTubeの映像作品など映画・ドラマ以外のエンタメの幅は広がっていますが、SNS上を含め才能のあるたくさんの人たちが世の中に可視化されているので、競争率は高くなっているのかもしれません。

村山 この前、大河ドラマ「光る君へ」が完結しましたが、一条天皇役をやっていた塩野瑛久さんは、劇団EXILEのメンバーなんですよね。そのへんもろくにチェックしてこなかった反省があります。って反省ばっかりしてますけど。

西森 そんな反省しなくても大丈夫ですよ(笑)。塩野さんは「HiGH&LOW THE WORST」シリーズの2作にも出ているんですが、「HiGH&LOW」シリーズでは、やる気のある人はどんどん真ん中に行けると言いますか、輝いていたら制作陣や視聴者が盛り上げてくれるような雰囲気があるんです。もともと演技がうまい方でしたが、それをきっかけにどんどん活躍の幅が広がって、「光る君へ」でより多くの人に知られてうれしいですね。

ビニールタッキー 「HiGH&LOW」には山田裕貴さんや前田公輝さん、一ノ瀬ワタルさんも出演していて、皆さん大活躍中ですよね。

村山 そういえば山田裕貴さんは「HiGH&LOW」に村山という役で出演してますよね? ふと魔が差して「村山 映画」でエゴサしたことがあるんですが、「『HiGH&LOW』の村山さんが大好き!」という投稿がわんさか出てきました(笑)。

A24は褒められすぎ?でもやっぱり冒険的

ビニールタッキー A24の話をしてもいいでしょうか? 「エブエブ」(「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」)がアカデミー賞を獲ったこともあり、今やそんなに映画を観ない人も「いい映画を作ってる会社でしょ?」くらいには浸透している気がしますが、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が10月初週の全国映画動員ランキングで1位になったことには驚きました。

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」メインビジュアル ©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」メインビジュアル ©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

西森 宣伝もしっかりやっていた印象で、まんまと観に行かないといけない!という気分になりました。

ビニールタッキー アメリカでは4月公開だったので日本公開まで半年くらい空いていて、なぜそんなに遅くなったのかを調べてみたら、大きなスクリーンがある映画館でかけたいという思いがあったみたいで。本国でもIMAXを含むラージフォーマットで上映された作品だったので、日本でも製作側の意図に合わせてということだと思うんですが、そういう戦略がうまくいったのかなと。アメリカの内戦の話が大統領選挙の時期に公開されたことも、ヒットにつながったのかなと感じます。

村山 A24は面白い映画をたくさん作っているとは思うんですが、以前までは「ちょっと褒めすぎじゃない?」という気持ちがあったんです。というのも、日本だとA24が製作しておらず配給だけをしている作品も“A24映画”と一緒くたにされたり、面白いけどダサいような映画も作っているのに「A24=おしゃれ」といったちょっと乱暴なまとめ方もあったりするから。でも冒険的な企業であることは確かですし、大手映画会社が作らなくなったような、絶滅してもおかしくなかった攻めた作品をちゃんとヒットさせたりバックアップしている貴重な存在であることは間違いないので、ひねくれた見方をするのはやめようと今年になって思いました(笑)。

ビニールタッキー 正直僕も、日本国内におけるA24をやみくもにもてはやすような風潮はどうかと思っていたんです。でもそれも落ち着いて、ちょうどいい空気感になってきた気がします。

「ウルフズ」は公開中止、イーストウッド新作は配信のみ

ビニールタッキー 配信の現状についてはどうお考えですか?

村山 一時期は中小規模の映画の受け皿になっていましたが、いわゆる“とがった”映画は少なくなっていると思います。配信サービスの運営会社がどんどん大きくなっていって、競争も激化している。印象的だったのは、ジョージ・クルーニーブラッド・ピットが共演したApple Original Filmsの「ウルフズ」。アメリカでは限定的な劇場公開に変更され、日本では予定していた公開が中止になりApple TV+での配信のみになった。

ビニールタッキー Appleとしては、すごく時間と労力を掛けたCMみたいに捉えてるみたいですね。劇場公開はもうけることではなく「Apple TV+ではこういう映画が観られますよ」という宣伝が主目的だった。そういう流れの中で、マーティン・スコセッシの「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」やリドリー・スコットの「ナポレオン」を作ってきたけど、さらにいろんな映画の製作を進める中で「このビジネス、もしかしたらあまりうまくいかないかも?」となってきたようです。その打撃を受けたのが「ウルフズ」で、監督のジョン・ワッツは「もうAppleは信用できない」と怒っていました。

村山 「ナポレオン」は、劇場公開版よりも長い3時間26分のディレクターズカット版が劇場公開後にApple TV+で配信されましたが、正直周りには全然観ている人がいませんでした。長尺版は劇場版よりもはるかにいい映画だったんですが……。あとは(クリント・)イーストウッドの新作「陪審員2番」が劇場公開されず、配信のみになったことも印象的です。

「陪審員2番」キーアート(U-NEXTにて独占配信中)© 2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.

「陪審員2番」キーアート(U-NEXTにて独占配信中)© 2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.

ビニールタッキー 本国アメリカで小規模公開だったので、日本で配信だけと知ったときは仕方ないのかなという気もしましたが、仕方ないで片付けていいのかという思いも正直湧きました。

村山 日本では公開も配信もされない映画がある中、観られるだけありがたいとも言えるので難しいですね。僕は劇場で上映されている2時間、3時間の作品が映画だと思って育ってきましたが、劇場で観ること=映画体験という考え方はもう時代と合ってなんじゃないかと思い始めています。

西森 コロナ禍をきっかけに考え方を変えた映画人は多いですよね。韓国ではコロナ禍によって映画館に人が全然行かなくなり、映画監督・映画俳優が配信ドラマに関わるようになりました。それ以前は映画とドラマがしっかり区別されていたんですが、今はその障壁が低くなっている状態。それによって配信作品のギャラが高騰しすぎて、世界的な配信プラットフォームの運営企業以外は著名な俳優、監督、脚本家を呼べなくなっているということも起こっているとか。

ビニールタッキー なるほど。日本でも似たようなことが起こっているという記事を読んだことがあります。ある俳優に出演してほしいと考えても、高額なギャラを支払っている配信会社に長期間スケジュールを押さえられているとか。でも俳優や監督の独占みたいなことが発生し得る一方で、そういう状況をバネにして「じゃあ私たちで面白いものを作ろうよ」と一念発起する人たちもいるかもしれないですね。

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