ヒット作はこうして生まれた! Vol. 8 [バックナンバー]
「THE FIRST SLAM DUNK」演出・宮原直樹インタビュー
制作の中心メンバーが語る舞台裏
2023年3月3日 12:15 61
原作者の
ヒット作の裏側を関係者に取材する本企画では、映画が本格的に始動する以前から関わっていた立役者の1人、
取材・
映画が実現する可能性は半々だと思ってた(笑)
──最初にプロデューサーの松井俊之さんが井上雄彦さんに映画の企画に関するビデオレターを送ったのが2009年。そこからパイロットフィルムを3本作り、2014年の4本目でやっとOKが出て、製作が正式に決まったと伺いました。実際にアニメの制作が動き出したのは2018年夏。とても長い時間がかかった作品かと思いますが、宮原さんが関わり始めたのは、いつ頃からですか?
4本作ったうちの1本目からなので2010年頃ですね。途中にいろいろ別のプロジェクトに参加もしていますが、期間としてはこれまで僕が携わった作品の中では最長です。映画が実現する可能性は半々だと思ってました(笑)。
──1本目から振り返って、パイロットフィルムはどういった内容だったのでしょうか。
桜木が桜木らしく映る。原作をいかに映像化するか、再現するかというテーマで作っていました。本編につながる映像の方向性として、そこで固まりつつあったと思います。
──井上監督は「脚本」としてもクレジットされていますが、文字ベースのシナリオは用意されていたんでしょうか。公開後に発売されたメイキング本「THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE」のインタビューでは、まずはネームを描き始めたと語っていました。
自分の知る限りでは、いわゆるシナリオとして最初から最後まで1冊になったものは存在してないと思います。すべてとは言い切れないんですが、ネームもある程度は拝見しました。宮城の生い立ち、幼い頃のドラマがけっこうなボリュームで描かれていました。
──主人公が宮城と知ったときの驚きは?
もちろんありましたが、「リアル」や「バガボンド」も読んでいたので、井上監督が現時点で「SLAM DUNK」を違った角度で描こうとするとき、桜木が主人公じゃないことは、すんなりと納得できました。ネームからは、宮城を主人公にして描くとは「こういうことなんだ」とストレートに伝わってきましたね。
──ネームには本編の10倍、20倍も描写があったとか。例えば完成版にないものだと、どういった描写があったんでしょうか。
自分のほうから具体的なことは言いづらいのですが(笑)。リョータと兄ソータのちょっとファンタジックな描かれ方をしたシーンがあって印象に残っていますね。そこから試合をどれくらい描くか、過去のことをどれくらい描くか。だんだんと内容をシェイプアップしていって、削るところは削る形だったと思います。
構成はかなり時間をかけた
──宮原さんは演出としてストーリーボードの検討、取捨選択に関わっていますね。山王戦と宮城のドラマを交錯して描くというアイデアは、どの時点からあったんでしょうか。
その構成は最初からありましたね。まずは山王戦を描き切る。その中のポイント、ポイントで宮城のドラマを描く。僕らのところに降りてきたときは、井上監督の中でもそういう構想は固まっていたと思います。自分は絵コンテや監督が描かれたネームをアニメーション的に表現するなら、こういう順番がいいのではないか、こういうカメラワークにしたらいいのでは、と。映像にするときの指針になるようなことを提案させていただきました。
──映画は試合後半の展開と回想の見せ方がとても複雑でした。最初に提示した宮城の話を一度保留して、赤木、そして三井のドラマに移り、試合の攻防を見せつつも、また宮城のドラマに戻ってくる。とんでもない構成になっていると驚いたんですが、現場ではどのように作り上げていったのでしょう。
構成に関しては、かなり時間をかけています。通常のアニメ映画だと、監督が最初に描かれる絵コンテがあり、その通りに進めていきながら、細かい調整をするんですが、今回に関しては井上監督のネームがあり、原作のコマがあり、演出が描き起こした絵コンテがある。絵に限らず、監督の簡単なメモも画に落とし込んでいたので材料が多かったです。出そろったものを一度編集でつなげて、監督と演出の人間たちで観てみるという作業が何回もありました。そこで重さや軽さのバランスを見て、シーンを入れ替えたり、エピソードを削ったり。そういった作業はどの段階でもやっていますね。
──では制作の最後のほうになっても、入れ替えは常に?
そうですね。キーになるような編集は何回かあって。通常の映画より多かったです。そのたびに大きく順番を入れ替えたり。細かいカットごとの入れ替えは最後の最後までやっていました。
──後半で大きく変わったところもあったんですね。
自分が試写でほろりときてしまったような、今の本編よりたっぷりと情緒があったシーンも監督の判断でキュッと縮めているところはあります。エモーショナルな感情の盛り上がりを「控えめに、控えめに」という編集の指針はあったと思います。本編では、そこが非常にうまく機能していますね。
──山王戦の試合で見逃してほしくないポイントは?
画面の後ろにいる選手がどう動いているかも時間をかけて設定しています。例えば(河田)美紀男がプレーを失敗したあと、お兄ちゃんから「こうやるんだ」といった指導を受けているカット。モーションキャプチャの収録でプレイヤーの方々がアドリブで「試合中はこういう動きをするよね」と試してくれたところで、それが最後まで残っているんです。そういうところは観てほしいですね。
いかにCGモデルで“井上雄彦の絵”を再現するか
──宮原さんが関わったキャラクターモデルの監修についてもお聞きしたいです。これはCGで動かすためのモデルということですよね。
はい。通常のアニメはキャラクターデザインがあって、キャラクターモデルを作るのがベーシックな流れです。ただ今回はキャラクターデザインの方がまだ参加していない最初の段階で、いかにCGモデルで“井上雄彦の絵”を再現するかというところで監修しています。
──その再現モデルから、さらにブラッシュアップしていった、と。
原作の絵と、今の井上監督が描かれる絵は違うので、本編は僕が当初監修していた原作の再現よりは一歩進んだものになっています。モデルの制作には、メイン5人のキャラクターに関して1人ひとりに担当の方がいて。監督が描く今現在の細かいニュアンスを拾っていくことが、大変であり、喜びでもあったと思います。
──5人の中でモデルが作りやすい、作りにくいという差はあったんでしょうか。
あくまで自分は監修の立場ですが、わりとゴリ(赤木)は骨ばっていて、似せやすいし、動かしやすいし、作りやすい。そのあたり、作っていて楽しかったかもしれないですね。やっぱり難しいのは、原作における主人公格の2人。桜木と流川はニュアンス1つで表情が変わってくるので、難しかったと思います。今回の主人公であるリョータは合わせやすいのかな。特徴があるので。
──その特徴というのは? 素人目から見ると、5人とも特徴があるのかなと思えてしまうんですが。
そうですね(笑)。ここではわかりやすく主人公の顔、脇役顔とあえて分けますが……主人公は主人公だけあって、かなりニュアンスが細かい。ちょっと違うだけで、急に乱暴者の顔に見えてしまったり。リョータはどちらの側面もありますね。特徴的でわかりやすいところもあるし、主人公としてナイーブな顔も見せる。今回、すごく腕のいいモデラーの方に最初からとても似せて作っていただけたんです。このプロジェクトが成功した、最初の功労者の1人だと思います。
──各キャラクターの表情に関して、井上監督のこだわりはどういったところに?
目へのこだわりはすごかったですね。構想的なところから言うと、宮城はタレ目で厚ぼったい表現がちゃんとできているか。流川はまつ毛の数に関して、顔に寄ったときはもう少し増やしましょう、このサイズでは外側は1本抜きましょう、とか。とても細かいこだわりがありました。実際に比べてみると「なるほど、そういうことか」と、非常に納得できるんです。
──実際に井上監督が描かれた絵がそのまま映っているシーンはあるんでしょうか。
オープニングはそうですし、本編の中にも「そのまま」はあります。ソータのスナップ写真やインターハイのポスターなど、必要であれば!と快く引き受けていただけました。
監督・井上雄彦は安西先生のような佇まい
──公式サイトのインタビューで宮原さんは「井上監督が『次回作は』と言ってくれたら僕らの勝ち」と話されていました。あのインタビューから映画の公開を経て、半年以上が経っていると思いますが、井上監督から「次回作」に関するお話は……?
映画の初号試写以来、井上監督とはお会いできていなくて。今回のことで「映画作りって面白いな」と思っていただけて、またどこかの機会でご一緒できたらうれしいですよね。スタッフ一同、もう1回やりたい気持ちはあると思います。
──映画好き、マンガ好きとして「THE FIRST VAGABOND」とか観たいと思ってしまいました。
いろいろ観たいですよね(笑)。実際にご一緒して、ドラマの作り方も勉強になることばかりでした。アニメにこだわらず、井上監督の実写作品も観てみたい気はします。本当にいろいろな経験を積んだベテラン監督のオーラがあって、物腰もものすごくやわらかい。まさに安西先生や「バガボンド」の沢庵和尚のような佇まいの方でしたね。
宮原直樹(みやはらなおき)
1965年生まれ、長崎県出身。1986年に東映動画(現・東映アニメーション)に入社。「ドラゴンボール」や「プリキュア」といったシリーズで作画監督、CG監督を務めた。監督作には東映アニメーションの60周年を記念した劇場アニメ「ポッピンQ」、2017年の短編「Petit☆ドリームスターズ!レッツ・ラ・クッキン?ショータイム!」がある。
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