第97回アカデミー賞で脚色賞を受賞した本作。3月20日に全国106館で封切られると、各地で満席回が続出し、週末観客動員ランキングでは8週連続でトップ10入り。5月25日までの動員累計は71万1381人、興収累計は10億2309万6146円を記録している。ヒット作の裏側を関係者に取材する本企画では、「教皇選挙」の配給会社であるキノフィルムズの宣伝部・赤羽根英之にインタビューを実施。社会派ミステリーとしてのターゲット構築や、「把握しきれないほど」と語る本作の影響、作品の持つ力を信じる宣伝について語ってもらった。
なお本記事には作品に関するネタバレが含まれるため、これから映画を観る読者は注意してほしい。
取材・
「とにかく面白いから観て。話はそれから」という空気感
──公開後、メイン館のTOHOシネマズ シャンテを中心に大盛況となりましたよね。初週の結果を受けてどう感じましたか?
びっくりしました。前売り券が異様に売れていたので予兆は感じていたのですが……。初週末4日間で合計128回の満席回が出て、初日から5日間で興行収入が1億円に到達しました。今までに経験したことのない勢いで、まさにロケットスタートでした。その成績を受けて4億円くらいを最終興収の見込みとしたのですが、2週目以降も数字はほとんど落ちることなく、ほぼ毎週1億円ずつ興収を重ねて、10億円に達しました。10週目に入った今なお満席回が出ている劇場もあります。都市部では老若男女の皆様に幅広く足を運んでいただいていますが、地方では最初の頃は年齢層が高めでした。でもだんだんと都市部のように若い世代にも広がっていったんです。
──ここまでの成績になった要因は?
今も検証している段階なのですが、まず言えるのは圧倒的な作品力と口コミですね。試写会では約4000名の方に観ていただき、純粋に作品のよさを広めていただけました。しかも物語の結末を明かすようなことをお客様自身の判断で控えてくれて、「とにかく面白いから観て。話はそれから」という空気感ができたのは大きかったのかなと。SNSで「#conclave」と入れるとわかるように、ファンアートを描いてくださる方も多かった。映画のキャラクターに深掘りできる部分もありましたし、リピートいただけたことが動員維持にもつながりました。
──ちなみに、もう1回観るとしたらどこに注目してほしいですか?
“対称性”やコントラストに注目してほしいですね。例えば、冒頭のシーンにはローレンスが乗ったエレベーターの扉、最後の場面には窓を開閉する描写があります。投票が行われるシスティーナ礼拝堂もそうですし、故教皇の部屋のシーンでも扉やドアの開閉が描かれます。ある種、入れ子構造のようになっていて、“開く”“閉じる”が物語の要所で登場します。また聖と俗、光と影、男性性と女性性、保守派とリベラルといった対照的なものが綿密にちりばめられているので、探しながら観ていただけると新たな発見があると思います。
洋画好きの中高年・シニア層をメインに設定しつつ、若い人たちにどう広げていくかがテーマ
──北米配給はユニバーサル傘下のフォーカス・フィーチャーズでしたが、この映画会社の作品は日本だとパルコやビターズ・エンドが配給することが多いイメージです。そもそも「教皇選挙」はキノフィルムズとしては異例の買い付けだったんでしょうか?
弊社が買い付けたのは2022年のカンヌ国際映画祭で、フォーカスが北米配給を行うことが決まったのは2023年の秋頃と聞いています。なので弊社のほうが先で、そういうことはしばしばありますね。まだ作品ができあがっていない段階でしたが、買い付け担当者が脚本を読んで「これは日本でもヒットする可能性がある」と感じたことから交渉に動いたそうです。
──なるほど。そのあとにベルガー監督の「西部戦線異状なし」が2022年から23年にかけての映画賞で評価を受けたことにより、次作となる「教皇選挙」にも注目が集まったのでは?
そうですね。「西部戦線異状なし」と同じくアカデミー賞でも評価される映画だと思い、公開日は授賞式後のタイミングである3月20日に設定しました。
──宣伝の構築を考えたときに「宗教」「政治」の要素が固い印象を与えるという懸念はありましたか?
本編一言目のセリフが「猊下(げいか)だ」ですから、かなりパンチが効いてますよね。原作が日本では刊行されていないということや、渋めのキャストが多い点も懸念ではありました。でも一見小難しそうながらも娯楽性の高い映画ですし、そのギャップの幅も広い。だから観てくれれば響くだろうという期待はありました。北米では大統領選に近いタイミングで公開されたので“政治スリラー”といった売り方をしていましたが、そういう幅広い捉え方ができる映画だとも思いました。
──類似作品として意識された映画は?
ポジショニングの参考に置いたのは、最近のアカデミー賞関連作として「
──ターゲットや宣伝ポイントはどのように設定しましたか?
まずは洋画好きの中高年・シニア層をメインに設定しつつ、若い人たちにどう広げていくかがテーマでした。そのためには本作が社会派であることはもちろん、ミステリーとしても楽しめる作品だという認知を獲得する必要がありました。宣伝ポイントとしては「世界中が注目している密室」「賞レースへ絡む質の高い作品」「二転三転する物語」「荘厳な美術や衣装」の4つを設定しました。
“ネタバレ”というのがこの映画にとって正しい言い方なのか…
──ここからは具体的な施策についてお伺いしますが、まず「監督編」「作曲編」「美術編」「編集編」「撮影編」と特別映像をたくさん出されていたのが印象的でした。
北米公開から日本公開まである程度時間があったので、本国からいい素材をたくさんいただくことができました。あまりにも大量だったので取捨選択をするのが大変なくらいでした。本作はリアリティを追求する部分と、フィクションとして作り込んでいる部分の両軸がしっかりありましたので、舞台裏の映像は隠すことなく出したいという思いが前提にありました。作品を観終えたらいろいろ調べたくなる映画ですから、鑑賞後の追加コンテンツとしても楽しんでいただけると思います。
映画「教皇選挙」特別映像 <美術篇>
──公式サイトには「<ネタバレ注意>キーワード徹底解説」というページがオープンしており、読むことでさらに作品理解を深めることができました。パスワードを入れないと開かない仕様というのは面白いですね。
ライターのISOさんにお願いして執筆いただきました。はじめに私のほうで「こういうキーワードを入れたい」というものを提案したのですが、最終的にその倍くらいの内容が届いて。そのすべてが面白かったので丸ごと入れちゃおうと。パスワードを入れる仕様にしたのも映画のテイストに合わせた狙いで、コンクラーベに“鍵をかける”という意味があることから思い付きました。システィーナ礼拝堂の扉を開いていただくようなイメージで(笑)。
※編集部注:以下、物語の結末に触れる部分があります
──パスワードを設けたのには、もちろんネタバレを気にする意図もありましたよね?
そうですが、“ネタバレ”というのがこの映画にとって正しい言い方なのかずっと疑問に感じているんです。劇中で描かれるインターセックスの要素を“衝撃のラスト”というネタのような扱いにしたくなかったし、実際にそんな演出意図はないんですよね。監督はベニテスに関して「彼に票が集まっていく中でキャラクターやバックストーリーを少しずつ浮き立たせ、静かに存在感が増すようにしていった。映画ではシスターたちの存在も然り、“フェミニニティ”が世界最古の家父長社会と呼ばれるカトリック教会にヒビを入れる過程を描きたかったので、最後のあの展開があまりにもサプライズっぽくならないように、徐々に明かして、紐解いていったつもり。ほっと一息がつける、安堵のラストにしたかった」と言っていました。
──なるほど。
だから今回のキーワード徹底解説だけにとどめて、宣伝でその表現を発信することは避けていました。
フランシスコ教皇には映画のキャラクターと重なる部分も
──第97回アカデミー賞で脚色賞を受賞されたということは効果的に働きましたか?
品質保証になりましたが、それよりも前哨戦で賞レースの多くの部門にしっかり絡めたことが効果的だったと思います。本作は受賞数が突出して多いわけではなかったのですが、ノミネートはたくさんされて、それが総合力の高さの裏付けになりました。また、賞レース後半で有力作が競い合う様子は劇中の展開を見ているようでもありましたし、結果的にほかのアカデミー賞関連作との差別化につながったのかもしれません。
──ふたを開けたらスマッシュヒットということになりましたよね。またフランシスコ教皇死去の報道が出たことで、映画の注目度はいっそう増す展開となりました。新教皇のレオ14世も実際のコンクラーベの直前に本作を鑑賞したそうですし、「教皇選挙」の持つ力や影響は計り知れないものになっていったと感じます。
世界中でいろいろな報道が飛び交いましたし、弊社で把握できていないこともたくさんあると思います。私は旅行から帰ってきたときにニュースで教皇が逝去されたことを知り、公式アカウントで追悼の意を表すSNS投稿をしました。映画はフィクションなのでノーアクションという手段もあったのかもしれませんが、そのときにどうしても伝えたかったのは、「教皇選挙」の原作者ロバート・ハリスが、フランシスコ教皇が選ばれたコンクラーベの報道を目にして原作を執筆したということ。都内で行った試写会ではカトリック市川教会の主任司祭である晴佐久昌英神父がフランシスコ教皇の魅力的なエピソードをお話ししてくれましたし、映画のキャラクターと重なる部分も私は感じていました。
※編集部注:晴佐久神父が登壇したトークイベントレポートは映画公式サイトの「キーワード徹底解説」に掲載されている
映画ファンの母数が増えるよう努力する
──プロモーションを行う中で、改めて“映画宣伝”について気付いた点はございますか?
本作の宣伝をしていてうれしかったのは、SNSで「『教皇選挙』を観るために初めて1人で映画館に行く」という内容の投稿を見たことです。今までは誰かと一緒に行っていたんでしょうし、誘われたから行っていたのかもしれない。でも今回は何かしらの理由で「1人で行く」と決めて、そういう投稿をしたんだろうなぁ……と思って。「いい1人映画デビューになったらいいな」と思ったし、本当は連れ立ってご覧いただいた方が興行的にはありがたいのですが、それはまた別の作品でと(笑)。映画ファンの母数が増えるよう努力する。それが、宣伝を行ううえで忘れてはいけないことなんじゃないかなと思います。
──「教皇選挙」の宣伝からは作品と丁寧に向き合っていく真摯さが感じられました。
ヒットさせたいとはもちろん思っていますけど、宣伝していながらも不安な部分は多々ありました。企画書を作っているときは気持ちが乗っているので、「絶対にヒットする」と変に錯覚してしまう部分もある。キャッチコピーを考えたり宣材を作ったり施策を打っていくと自分1人で盛り上がってしまうことがあるから、そういうものを自制して冷静に、シンプルに作品を届ける目線を持つということが必要なのかもしれません。
──それは作品の持つ力を信じるということでもあるのでは?
おっしゃる通りですね。「教皇選挙」は作品力で勝負したいと思った。だからブレずに肉付けをしない宣伝構築ができた。映画を観た人にはキャラクターの深掘りをする人、セリフの裏側を読み解く人、装飾のディテールに注目する人など、あらゆる形で楽しんでいただけています。お客様自身がこの映画に付加価値を見出し、作品のポテンシャルを引き出してくれたように思います。
「教皇選挙」(全国で公開中)
あらすじ
全世界に14億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派、カトリック教会。その最高指導者にしてバチカン市国の元首であるローマ教皇が死去した。悲しみに暮れる暇もなく、首席枢機卿のローレンスは新教皇を決める教皇選挙<コンクラーベ>を執り仕切る。世界各国から100人を超える枢機卿が集まり、システィーナ礼拝堂の扉の向こうで極秘の投票が始まった。票が割れる中、水面下では陰謀と差別がうごめき、スキャンダルの数々も明るみに。ローレンスの苦悩が深まる一方、新教皇の誕生を目前にバチカンを揺るがす大事件が勃発する。
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大躍進中『教皇選挙』の宣伝を担当したキノフィルムズの赤羽根英之さんのインタビューが公開!ありがたいことに自分のことにも言及してくれてます。作品を信じ誠実に宣伝と向き合った結果、口コミが広がりヒットに繋がった理想的なケースということがわかる。
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